※ 原作の世界を勝手に捏造した上で話を進めております。かつ、不破以外との絡みもあります。それでもよろしければ続きをお読みください。 木々の葉が紅く色づき、はらりはらりと枯れて宙を舞い始めた頃に学園の上級生の間では少しずつ雰囲気が変わり始めていた。特に、くのいち教室の辺りでは殺伐とした空気が流れている。無理もない話た。生徒たちの覚悟を確認する瞬間がやってきたである。 山本シナは静寂に包まれた教室の中で淡々と実習内容を告げた。色の実習が始まろうとしていた。 「指南の相手はこちらで選択します。受講者に選択権はありません。これも、実際の任務と同様です。標的を自ら選ぶことなどできませんからね。割り切れなければ実習は務まりません。それを心得た上で、受けるか否かの選択を行ってください」 大勢のくのたまはここで二択に分かれる。花嫁修業として学園に入学したために本来のくのいちの勉学とは反れた教育を残り一年間で行われるもの、もう一方は将来忍という職業に就こうと考えている女子に対して施される教育の二つである。座学の分野ではそれほど変わりはしない。異なるのは実技の方である。忍というものはそもそも間者としての役割が大半である。情報を入手する、操るなどといった影の仕事が多く、表向きに動くような任務はそれほど多くない。特にくのいちの場合は自身の性、女ということを武器に情報操作を行う場合が男性に比べて増すのである。自分の身を守るためにも本格的な色の教育は必要であった。その選択を迫るのが五年の後半のこの時期なのである。 これまで、色を使用した課題は数多く出されていた。手を握る、隙を見て接吻をする、相手を誘惑する等。しかし、ここからは難易度が増すものばかりだ。軽い気持ちで実習を受けることを選択してはならない。 は、忍の職に就くことを望んでいたためにこの決断に悩むことはなかった。それでも、やはり心のうちではなるべくなら避けて通りたいと思わずにはいられない事柄である。は仕事と割り切ってそのような事が行えるようになるのか、自信はなかった。しかし、いずれしなければならない時がやってくる。それがただ今なだけだ。ぎゅうと色に関する実習の説明を聞いている間、服の裾を握りしめていた。 くのいちの数が男性のそれと比べて圧倒的に少ないのはこれも多くの要因かもしれない。どれだけの子がと同じような道を選択するのであろうか―できれば少ない方がいいと彼女は思う。自分はこの道を選択すると決心したのだから、迷いはないけれど。 結局、実習を選択したのは十名にも満たなかった。相手は同学年ではなく関わりの少ない六年生に限定して当てられる。それは男子も同じであり、くのいちの六年生が五年生は色の実習の相手として選ばれるのである。まず最初に出されたのは、相手を誘惑しその気にさせること。押し倒されたらくのたまの勝ち、押し倒したらにんたまの負けである。実習日は一人ずつ異なり、それ以上のことがないように試験監督もこっそりつくそうだ。の場合、相手が最悪であった。なにしろ六年の中でも特に難攻不落な立花仙蔵という男なのである。と立花とはある程度の面識があるが故に尚更嫌悪感が大きかった。 けれど、その日はついにやってきてしまう。寝静まった六年母屋を忍び足で歩きながらこれからの実習のことを考えては溜息をつきそうになっていた。身体を好いてもいない人間に弄られることに嫌悪があるのはもちろんだがその感情を隠してどう相手を誘惑するか。無事に合格できるのだろうか。様々な不安が入り混じっていた。は剣術等の成績は男子に引けを取らぬほどの腕前であったがこと色の場合は自信を持つことができずにいた。 立花の自室の前に立つ。「ですが」と囁くように名を名乗れば、からからと音を立てて襖が動いた。と同じく寝巻に身を包んだ立花がそこに立っていた。 「いらっしゃい」 「お邪魔します」 普段は一つに纏められている彼の長い髪の毛が、さらりと下ろされている。学内でも綺麗だと有名なそれは立花の肌の白さによく映えて、酷く扇情的だった。 立花の部屋は、綺麗にきちんと整頓されていた。同室の潮江といい、彼ら二人は几帳面そうな印象を持っていたので想像どおりであった。中央部分に一組だけ敷かれた布団がこれからの行為を意識させ、妙に艶めかしく見えた。「まあ座れ」と立花に促され布団の手前に二人して腰を下ろす。静けさが耳に痛かった。それを遮るように低い笑いが彼の口から零れた。 「まさかとこのような実習をなすことになろうとはね。思ってもみなかったよ」 「それは私も同じです。できることなら先輩だけは避けたいと思っていましたから」 「……これはこれは。思ったよりも嫌われているようだ」 「無駄な口を叩いている暇はないんで、とっとと始めませんか」 「はいはい。……では、どうぞ」 くすくすと笑いながら立花はを導かせるように左手を差し出した。黙っては彼の手に右手を重ねた。立花の行動一つ一つがやけに色っぽい。緊張で鼓動が速くなっていくのが自分でもわかった。このような人にあてられてどうするのだと自らを叱責しながら実習に意識を集中させる。やや戸惑いながらも積極的に立花を導こうと握りしめた彼の手をそっと胸元に寄せた。柔らかな膨らみに細い手が触れる。十四にしては大きく育っている方の胸にやんわりと立花は手を這わせるが、輪郭をなぞっただけですぐさま動きを止められてしまった。の口元が引き攣る。自ら立花の寝巻を肌蹴させ、現れた胸板に唇を寄せて吸い付いた。 「仙蔵さま」 震える声で急かすように彼の名を呼ぶ。しばらく、どっちつかずの攻防が続いたが、どうも彼もその気にならぬようだ。淡々との精一杯の誘惑をかわしてしまっていた。それに見かねたのか、立花は一つ一つの仕草をどうすればより扇情的に見えるのか助言をし始めた。 「一番の問題は心がこもっていないことだ。動作が適当に感じられる。色の実習、苦手なのか」 「得意というわけではありません」 「好いている者を思い浮かべてやってみろ。それが一番手っ取り早い」 ぴくりとの指先が動く。そしてそのまま腕を持ち上げ、もどかしい位の速度で立花の頬を撫で始めた。触れるか触れないかのその曖昧な感覚は先ほどの愛撫とは異なった。立花のその言葉に、の脳内に出てきたのは誰だったのであろうか。どちらにしても、格段に表情が色っぽくなり立花は軽く目を細めて笑った。それに自信がついたのかはそっと彼の首筋に顔を寄せて擦りつけるようにして甘えた。ちろりと鮮やかな色をした舌が鎖骨を嘗めあげ、寒さから出た暖かい吐息が立花の肌をくすぐる。ぞくり、と彼の肌が波打つように震え、途端に両腕をぱっと拘束された。 「こんなものかな」 緩やかに組み敷かれたのちに、小さな音をたてて唇に接吻された。口元ににんまりとした笑みを浮かべている彼に「合格だ」と判断されても、全く達成感はなかったがそもそもこの実習は相手側の上級生にまず試験の評価権がありその上で教師陣が更に評価を下すという仕組みになっている。この辺りで「合格」をもらえたことを幸運に思うしかない。相手によっては、ねちっこく苛め抜く性質の者もあると聞いた。どこぞの体育委員に所属する者だと聞いたが詳しい名前をここで挙げるのは恐ろしいので伏せておくことにする。 すりすりと唇が触れた個所を手で拭い、肌蹴かけていた寝巻を元に戻した。先ほどの妖艶な空気はさっと後腐れのなかったように引いてゆく。元々、そのような対象にも入らない存在なのだから当然のことである。くしゃくしゃになった布団を綺麗に並べているとふと立花が口を開いた。二人ともそれまで無言であったので、小さな部屋にその声はよく響いた。 「そういえば」 「なんですか」 「不破との一件、聞いたぞ。なんでもここのところ不破がお前に気がある素振りを公にしているとかいないとか」 「……今言うことですか、それ」 の眉間にこれ以上ないほど皺が寄った。般若を思い浮かべるほどの形相に立花は思わず噴き出した。は手を唇に添える彼を恨みの籠った目で見つめて、苦々しくはきだす。 「実習のことは他言無用なはずです。私をからかってどうするつもりですか」 「からかうわけではない。ただ話を耳にした時に面白そうだなあと考えただけだ」 「興味本位で関心を持たないでください。迷惑です」 着物の乱れを急いで確認し、そのまま「失礼します。お相手ありがとうございました」と頭をさげて出ていった。動揺はその表情から読みとれなかったが、聞かれたくない話題であるということは立花によく伝わった。ほんのりと温もりの残る布団に手を置き、不敵な笑みを浮かべる。がさりと先ほど茂みの奥で物音がしたことに気が付いたのは恐らく、立花と控えていた教師陣だけであろう。可愛い立花のからかいに反応していたが気配を見落としていたのは確実である。もし気が付いていたなら廊下を使わずに天井を這って去っていったはずだ。 「さて、不破はどうでるかな」 心底楽しそうに零した立花の言葉を聞き咎めたものは誰もいなかった。 |