vampire Vol.05



 扉を開けば、すぐそこにいる筈だ。コツン、といつもなら躊躇無く石を放り投げて窓から侵入するのだが、今日ばかりはそういうわけにもいかない。伸ばしかけた手をだらりと中途半端に投げ出して、深く息を吐いた。

(情けねぇな……。)

 たった1回の事情で――しかも、未遂であるのだからこれほどまで深刻に考えなくても良いだろうに、と昔の跡部ならばそう考えたかもしれない。けれども、今回ばかりは対象が違う。今までは、血を奪いやすいからといってスレンダーでアダルトな婦女やら犯し盛りの女子高生までさまざまな人間と行ってきた。手馴れたように自分に寄りかかる彼女たちは扱いやすく、食いやすい。しかし、今回は別にとくに腹が減ったわけでもなくご無沙汰だったわけでもない。(むしろ、その数時間前に頂てきたばかりであった。)つまり、自分の性欲の赴くままに行動したというわけであって……こんなこと、今までに一度もなかった。

 そもそも、跡部は正真正銘のヴァンパイヤなのである。長年の時を不老不死という名目で過ごす彼らには、人間の最大欲である、食欲も睡眠欲も性欲も備わっているが最も強いものが食欲で最も弱いものが性欲であると言われている。特に跡継ぎが必要というわけではないからだ。不老不死という名目上、次々に生まれてきてはこの世界が全てヴァンパイヤで染まってしまう。

 今まで跡部が犯してきたのも、なんの疑いも無く首元にそっと歯をもっていくのに最適のシチュエーションを得るためで性による快感を望んでいたわけではない。それなのに、昨日、必死で喉の渇きを潤すようにを押し倒したのはどうしてなのだろうか。跡部は不思議でならなかった。

 まるで、血に飢えたときのような理性を崩した状況に、はっと我に返れたのも奇跡と言えよう。あのまま、が自分の服を引っ張って止めなければ事態は最悪な展開に転んでいたかもしれない。跡部はふと明かりのついた二階の部屋を見上げた。

 どうしてだかわからないが居心地の良い部屋。いつも窓から不法侵入よろしく入っていく跡部に無糖のコーヒーを差し出してくれる彼女。言語に詳しい跡部によって読まれるべくそこに置いてあったのではないかというくらいの本の数。自分の屋敷にも腐るほど書物はあるが、500年という長い年月の中でそれは全て読み掘り出されてしまった。不思議とあの部屋には自分好みのものがたくさんあって、退屈させない。――もちろん、それにはも含まれている。

「………。」

 との出会いはある意味奇妙な出来事だった。はっきり言えば他の女性との事情の間にこっそり我が家に進入してきたのだが、あの時はただの小娘程度にしか思えなかった。しかし、帰り際に吐かせたセリフにどうも興味をもち、自身の勘で家を探り当てて入ってみればそれはそれは自分好みの女性だった。毎日、彼女の家に通うたびに子供らしい一面が見えてきて……、雰囲気の良さに気が付く。初めて入り際でコーヒーを差し出されたときは本当に驚いたものだ。ずっと、1人であの屋敷に住んでいたのだから誰かが何かを用意して待っていてくれるなんて出来事は――本当に久しぶりだった。

 昨日の出来事でわかったことがある。それは、跡部がに惹かれているという事。これは、紛れも無い事実だ。今まで、何度かそういう風に自分で考えることもあったが認められなかった。いや、認めたくなかった……。

(魅入らせてやるつもりが、まさかこっちが引っかかるとわな……。)

 どちらにせよ、自分はまたこのくそ狭い部屋に入る権利をもらわなければ。今頃、警戒まっしぐらでピリピリしているかそれとも嘆いているかはわからないが、……なんとか、拒絶だけはして欲しくない。これから入って謝罪の言葉を述べようにも一言めを口にする前に、二度とくるな、なんて大声で泣き叫けばれることが安易に予想できる。しばらくは、……近付かない方が良いだろう、と自分でそう納得し、今日もまた窓際に薔薇の花を2輪置いて立ち上がった。


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