vampire Vol.04




 窓を振動させるコツコツという音に耳を傾けた。普段通り、平然とした顔で窓から侵入してくる跡部に苦笑いを零しながらもことりとコーヒーの入ったコップを差し出す。わかっているじゃねぇかという表情を見せた彼に、どことなく嬉しさを感じている自分を見つけ心の中で大きく否定した。仕方なくやっているのだ、と。しかし彼女は知らなかった。いつの間にか訪れたこの風景を壊すことはいたく簡単だということを。まさかそれが今日起こるとも知らずにいつも通り平然とした態度で跡部を招き入れていた。

「今日はやけに静かじゃねぇか。」

 ぽつりとつぶやいた跡部の一言に、は何を問いかけているのか最初はよくわからなかった。普段から二人きりであったのでとくに雑音など感じた記憶はない。しかし、彼はヴァンパイヤという特殊民族である。人間であるには聞こえないごくわずかな声も聞こえるのかもしれない。そして彼の一言が何を察するのか、はた、と思いだした。

「今日、両親がいないんだ。」

 そう何気なく発した一言によって事態は一変した。引き起こるまでこれが彼にとっての禁句になるとはは考えもしなかった。たった一言、それも何気ない会話の中に挟まれた言葉である。突然、跡部の表情がぴきん、と突然凍りついたような無表情になり、口元だけがゆるりと笑った。それは彼女の脳内に深く刻み込まれた。


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「普通、こういう時に男と二人きりなるなって、習わなかったか。」

 じりじりと迫ってくる跡部の顔がにやりと歪んだ。両親がいない、この部屋でどれだけ対抗できるだろう。兎に角、警察に連絡を。そう思って携帯を握り締めるが、あっという間に腕をとられて両手を拘束されてしまう。飢えた血を求めるように、そっと彼はの首筋で唇を落とした。ぺろりと際どいラインに舌を這わせながら、銀色の跡を残す。

 抵抗しようともがくも、男女の対格差によりいとも簡単に抑えられてしまう。徐々に腹部に添えられていた手がし下へ下へと降りてきた。そこから先は彼女も無我夢中で体を動かした。どうにかして彼の手から逃れなければ、結末は目に見えている。何が彼の正気を失わせたのかはわからないが、彼は完全にいつもの彼とは違った。まるで見たことがない雰囲気をまとっている。特に、そういった事情に精通していないにしてみればそれはとても恐ろしかった。何が起こるか理解できているはずなのに、抵抗するべきなのに、力で抑えつけられてしまう。際どい部分を撫でる手の冷たさにひっと喉が震えあがったときに、ふと跡部と目が合った。彼はふんと鼻で笑う。

「初めて、か?」

 かあ、と顔が赤く染まった。なぜそのようなことを彼に言われなければならないのか。図星を指されたこともあったが、なによりも彼のその目つきがあまりにも扇情的で、あの小馬鹿にしたような顔つきでは一切ない表情がひどく怖かった。その一言をきっかけに、も負けじと口を開く。

「何を血迷ってるのか知らないけど、止めて!」
「馬鹿いってんじゃねえよ。…感じてるんだろ?」

 ぴくん、と跡部に触られたところが大きく震えた。が口とは違い、きちんと彼の行為に答えて大げさに反応していることを感じた彼はくつりと喉で笑った。恥ずかしさが増す。跡部の指摘はもっともで、初めてにもかかわらず彼女は次第に感じ始めていた。小さく漏れた喘ぎ声が彼女の耳にも届いた。この声は一体どこからでているのだろう、と疑問に思うくらい甘い。そんな自分が自分ではないような気がして、彼女は泣きたくなった。ちゅ、ちゅ、と印をいたるところに落としている彼をきっと睨みつけた。

「やだっていってんでしょ、止めてよ!」
「どれくらいその威勢が持つだろうな。…抵抗してると痛いぜ?」
「も、いい加減にしてよ……!」

 触れ合う部分が段々と内側に迫り―水音が耳に入ってきたときには息をのんだ。何が行われているのか想像しただけでも顔から火が出そうだった。かちゃり―と、独特の金属音が響いた時にはっと我にかえる。熱い。今度こそ、瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

「やめて……お願い跡部、やめて…!」

 そのすぐ後感じた高ぶった男の性。もう駄目だ、そう思って怖さゆえに目をぎゅっと閉じ脱ぎかけの跡部の服の裾を掴む。振ってきたのは暖かなぬくもりだった。瞼に彼の唇がゆっくりと触れる。

(………?)

「……はあ。ったく、お前、狙ってやってるのか。」
「は……?」
「やる気なくした。帰る。」

 そう、一言呟いた後の行動は素早かった。いや、襲い掛かってきたときも服を脱がすのは瞬きをする合間の出来事であったが、今回はそれにも勝るほど。自分のもののみならず、 の衣服までもいつの間にか着せられていて。ぱちくりと目を大きく見開いてしまった。一体、何が彼を踏みとどませたのかはわからないが兎に角自分の初体験は守られたようだ。

 帰り際にいつも置いていく薔薇の花がいつもよりも数本多かったのは、謝罪の気持ちなのか。彼の考えていることは全く理解できない。とりあえず、両親がいないときは跡部を入れないこと。これは決定事項だ。


091127 改正
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