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 がやがやとした教室内。二日目の私たちにとっては結構居づらい場所……というわけでもなく。想像していたよりも氷帝の女の子というのは、親しみやすかった。中等部からエスカレーター式である氷帝の中でも一番人数が少ないこのクラスでどれだけ浮くだろうかと初めは心配すらしていたのだが、逆に少なすぎるのでまるで転校生のように扱われ割と周りの関心を引くのだ。ツンケンされて無視されたらどうしよう、というくだらない不安は見事に吹き飛ばされた。数人の仲良しグループに入れてもらい、ささやかながらの情報交換をしていると担任の先生の渡辺が入ってくる。歳は四十代後半といったところだろうか、優しそうな表情でとんと黒板を軽くノックした。それだけで視線はまっすぐ教卓は向う。いくら親しいメンツが揃っていたとしても緊張しているのは私たち外部組だけではなさそうだ。

「さて、昨日もいいましたが、ご入学おめでとうございます。……もちろん、圧倒的でしょうが中等部から進学された方も進学おめでというございます」

 丁寧な物腰の彼の口からは心地よい低さの音が漏れる。担当は確か古典だといっていたような気がするが……この様子だと授業が始まった十五分後にはクラスの半数がつぶれてしまいそうな気がする。もちろんそこにはしっかりと私も含まれている姿が安易に想像できる。さらさらと昨日の形式ばった言葉を簡単にまとめた渡辺は、生徒個人の自己紹介を求めた。

「出席番号一番、跡部景吾だ」

 かたり、と椅子を鳴らして立ち上がった一人の男の子に自然と目がいった。こういう時に一番最初になるのって緊張するよなあ、と思いながら彼を見つめていたけれど、どうにもその様子は違った。さらっと涼しげな目元を晒す彼はとことん落ち着き払っている。ぺらぺらと語りすぎることもなければ、笑いをとりに走るわけでもない至って普通の自己紹介。しかしながら、そこに垣間見える雰囲気というのが少しばかり異質に感じた。率直的に、オーラのある人だな、と。私が記憶しているのはそこまでの印象で、次の人が立ち上がった時にはもうすでに彼のことなど頭から抜けさり次の人の自己紹介に耳を傾けていた。

 私も千佳も、自己紹介のときに「外部から来ました」ということを強調していたので、その後はなんとなく内部生の子たちに話しかけられてグループとして所属することができた。友人関係で難しいのは女子の場合はこのグループ関係が命になるところだろう。例えバラバラになってもとりあえずクラス全体として纏まりがとれるクラスであれば一年間、とても楽しく過ごるのだが。今日一日はいろいろとクラス内のことを決めるので終わってしまいそうだ。二限目のチャイムが鳴り終え改めて別の話題が持ち上がった。

「じゃあ、次はクラスのことでいろいろ決めたいと思います。……まずは、学級委員ですね。誰か希望者はいませんか?」

 静まり返る教室。進んで学級委員をやりたいという人が果たして出てくるのだろうか、と互いに顔を見合わせている。こういう時に率先して手を上げられる人はまずいない。もしいたとすればよほど学級委員に誇りを持っているか、もしくは世話好きかのどちらかである。こういうのはたいていじゃんけんで決まるのがセオリーなのだけれど……私は、実は上の二つに当てはまる人物を知っている。随分と近くでその人を見ていたせいか、学級委員という役柄に抵抗がまるでない。ましてや、外部から来た分氷帝のことをもっと知りたいと思っているので学級委員が溶け込める一つのきっかけになればいいなと感じているくらいだ。ほら、いろいろと皆に話しかける機会が増えるということにも繋がることだし。辺りを見渡して―いないな、と判断した後に手を挙げた。

「跡部くんとさんですか」

 ……どうやら、タイミングが上手く被ってしまったらしい。ぱっと手を降ろしたのだが、先生に目敏く見つかってしまい彼の視線がこちらへと寄ってきた。クラス中の視線が一気に集まったので頬が火照る。

「他に誰かやりたいという方はいますか?……なければ、そうですね、二人は廊下でどちらが委員長になるか話し合ってください」
「分かりました」

 すっと立ち上がった彼に続いて私も廊下に出る。タイミング悪すぎだろう、自分。もう少し遅ければ、きちんと彼に学級委員を譲れたというのに。肌寒い廊下に出て二人で対面した。視線がすごくこちらに集中しているのがいたたまれない……っていうか少しばかり殺気だっているのは気のせいなのだろうか。

「ええと、私、副でも構わないので……跡部くんがやりたい方を」

 先手必勝と選択肢を彼に投げた。すると彼は眉間に皺を寄せて迫力のある顔をした。……綺麗な顔をしている分、恐ろしい。素直に思った。

「お前はやりたくないのか、委員長」
「いや、それはやりたいけれども。……話し合いって言われてもどうまとめればいいのかよくわかんなかったから。他にジャンケンしか思いつかないんだけど」
「適当だな」
「じゃあ、譲歩・ジャンケン以外に何か方法ある?それとも、跡部くんは委員長やりたくないの?さっきのも仕方ないから挙げてやるか、っていうそういう感じだったり」

 揉めることは嫌いだし、そもそも揉めるような話題でもないのでここは公平にジャンケンが一番手っ取り早いと思う。彼に、ん?と問いかけると控えめに右手を出してきた。顔はいいけれどもなんだか扱いにくい人だな……この人。そもそも学級委員なんてめんどくさいことを引き受けると覚悟した上でここに出てきているのだから、やりたくないというのは語弊があると思うけど。最初はぐー、じゃーんけんぽいとお決まりのフレーズを口から流したところで結果が出た。彼がぐーで私がぱーだった。

「委員長がで副委員長が跡部になりました」

 がらっとドアを開いて先生にそう告げれば、吃驚したように目を見開いたクラスメイト達と視線が合った。なんだろうこの居た堪れない空気。私は何かいけないことをしでかしてしまったのだろうか。え、と首をひねっていた理由を私はこの時知る由もなく、後日になって痛感するのだった。



 そして、バタバタと一日は終わる。部活見学は来週からじゃないと出来ないみたいなので、放課後はさっさと帰ることにした。千佳に付き合ってもらって近辺を散策するつもりだ。神奈川からやってきた私にとっては一度も足を踏み入れていないところばかりなのである。編入―といっても私と違って元々東京で暮らしていた彼女にお願いするのが一番手っ取り早かった。それに、色々と話もしてみたいのも事実だ。ただ、帰ろうか、と彼女の席へ駆けつけたとたんににやにやとした半笑いの表情に出迎えられた。

、あんたやるねえ」
「なんの話?……綺麗な顔が見事に破損してるんだけど」
「学級委員の話だよ。もしかして、知らなかった?」
「だから、何が?学級委員ってやりたかったら立候補しただけだし、そんなに可笑しいかな」
「そういうことじゃなくてね」

 まあ、いいかと呆れたように話しを区切られた。気になるけれど、さらりと何処へ寄って帰ろうかなんていう話題を出されればそちらへすぐに移ってしまう。やっぱり、服とかコスメだとかそういう関係のお店が何処にあるだとかはきちんと把握しておきたいのだ。姉に教えてもらうにも特に服に関しては好みが分かれるので、お洒落に精通していそうな彼女にならまかせやすい。それからおいしいケーキ屋さんとかパン屋さんとか。色気に食欲に随分と忙しい。

「あ、あとね、ストリートバスケできるところってこの辺りにある?」
「ストバス?……さあ、どうだろ」

この辺りにあっただろか、と視線を迷わせる千佳。

ってバスケ部だったんだ」
「うん。でも高校ではやらないつもりでさ、ストバスで偶にできたらいいかなって」
「別の部活に入るとか?」
「そそ、それにここ部活の数多いしね。新しいことやってみたいから」

 本音をいうとバスケ部に入らないというのは一種の抵抗だったのかもしれない。ある人へ向けた些細な反抗の表れの一部。対して大きなことではなかったけれど、バスケをこちらでも部活として続けようとは思えなかった。それよりも、自分にしかできない何かを私はその時求めていたのかもしれない。

「部活動紹介は明後日だっけか。いいの見つかるといいね」

 千佳の言葉に頷きながら学校を出た。さて、散策と行きますか。とりあえず、千佳お勧めのソフトクリーム屋さんへ向おう。






  
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