01 私には大切な人がいる。 初恋、というにはもう歳を重ねていて、けれど恋愛に慣れているかといえばまだまだ不慣れな時期に出会った人だった。いつの間にか私の中の多くを彼が占めていて、気がついたら真ん中にいた。私にとって、恋というのは一種の楽しみだったのかもしれない。彼の声が聞けるだけで、彼の姿を見ることができるだけで、それまで退屈だった一日がぱっと華やかになる。段々と近づいていく距離に期待で胸を膨らませて、何時の間にかもっともっと近しい距離を望むようになった。欲望が大きく膨れ上がってしまったのだ。 夏の日差しがまだ残るある日、私は彼と一緒に帰っていた。珍しいことではない。何しろ、私と彼は学校の中でも部活のメンバーを除けば一番に近しい存在だと思っているくらいだからだ。実際に、この学校で初めてできた友達が彼なのだからこればかりは私の思い込みでも何でもない。目線の真横にある首元を流れる汗をぱっと見たときにどうしようもなく意識して、隣を歩いているという日常の光景にもどかしく感じて私は思わず口を開いてしまった。 「好き」 と。ずっと心の中で呟いていた言葉を口にしてしまったのはほんの少しの勢いと期待に後押しされたからだった。陳腐な飾り気のない言葉をどう受け止めたのかわからないけれど、彼は一瞬ぱっと目を見開いて、……そして悲しそうに笑った。近づきたいと思っていたのは私の一方的な思いに過ぎず相手にとって私はただの友人だったらしい。 「俺はお前さんのことそういう目では見れん」 小気味いいほどざっぱりと振ってくれた。後腐れがないようにきっぱりと告げてくれたのはありがたいと思っているし、私としても変に誤魔化されて付き合いを始めるよりは最初から断ってくれたことを誠実な態度だと思っている。 しかし、それを簡単に吹っ切ることができるかといえばまた別問題なのである。同じクラスというわけではなかったけれど、グループで作られることが多い学校の友人関係の間で私と彼は見事にその輪の中に入りこんでいた。下手に空気を濁すやり方もしたくはなく、かといって何もなかったようにはできない。彼はとある仇名の通り、嘘をつきとおすことに自信はあったようだけれど……はっきりいって私には皆無である。段々と心が痛々しくなっていくのを感じた。私にはまだ無理だった。傍にいればいるほど私はまた彼のことが欲しくなる。諦めきれないという気持ちが心の中で葛藤するのだ。手に入れることができるのに、できない……こんなにも傍にいてほしいのに。好きなのに。伝わらないのだ。彼の心の中には別に好きな人がいるから。だからこそ、私は彼を諦めなければならない。どうも心というものは素直にまた都合よくはできておらず毎日顔を合わせることが苦痛になり始めた。 偶に、彼が寂しそうな目でこちらを見ていたのも感じた。大勢でいるときはまだいい。周りに溶け込んでしまえばそれで済むのだから。だが、いざ二人きりで取り残されるとどうしていいかわからなくなる。一度、亀裂が入った関係は簡単には元に戻らない。 「のことを友達以上で見ることはできん。けど、友達として俺はお前のことを大切に思っとるけぇ、……このままの状態は嫌じゃ」 「随分、勝手だね」 「俺がそういう奴だって、知らんかったかの」 苦笑いと共に吐き出された言葉は今考えればとても無神経だと言わざる負えない。けれど言われた当初はとてもうれしかったのを覚えている。嫌われてはいないということはわかっていたけど、それ以上に必要とされているということが殊更私を喜ばせた。ただ、時がたつにつれて、手の届かないと分かりきっている彼をすれすれの距離で見続けるのは私には耐えられないことだということがわかった。幼かった、と言ってもいい。もし私がもっと大人だったら上手くこなしていたのかもしれない。もっと精神的に落ち着いていたら邪な気持ちを奥底に隠しながらでも彼との友好関係を続けていけたのかもしれない。だけど、とあることをきっかけに無理だということを私は悟ったのだ。 別のことに気を向けようとしなかったわけではない。他に好きな人を作ろうと思わなかったわけではない。ただ、忘れよう忘れようと思い続けているうちは相手のことを本当に忘れられないということで。ましてや彼の場合は友達であるのだから、好き、という感情だけを忘れようとするのは困難なのである。告白してから一年と半年考え続けて、私はようやく結論を下した。友達として接することができるようになるにはまだまだ時間がかかるのかもしれない。誤魔化しつづけて傍で何もなかったように笑うのはとても、辛い。そしてその気持ちは―進学に合わせて、この学校を去るという決断へと繋がった。 願わくば、もう一度彼の友達として再会することができるように。きゅん、と締め付けられるような感情を過去のものだと認識し、彼の前で再び笑うことができるように。そんな願いを込めて、私はこの地を去った。 ( material by.zirco:n ) 100117 |