吐く息はすっかり白く染まるようになった、冬の夜。寒いからといって毛布で身体を包み込みでっかい瓦の上に腰をかけたものの、やっぱりひんやりとしていて熱を帯びるどころか冷気を吸い込んでしまっている。冷たいけれど、それでも、今日の私はそんなことを気にする余裕なんてほとんどなかった。ヤケ酒だ、なんてもってきた焼酎一升瓶と、甘いお饅頭をつまみに持ってぐびぐびやっていた。何事も気にせずにマイペースに歩んでいければそれはそれでよいのだけれど、私の場合はそうも行かない。とことん、落ち込むところまで落ち込んで、嘆くところまで嘆いて。そうでもしなければ前へ進めないのだ。今日の私もそんな感じ。新月の月を見ながら、アルコール度数の高いお酒をぐいと引っ掛けて、さめることのない睡魔を待ち続ける。そうでもしないと嫌でも考えてしまって、朝が来たら真っ黒いくまが私の目元に住み着いてしまうのだ。きっと、明日も忙しい。どうしても早めに寝なくちゃいけない。だから私は今日も飲む。

「となり、失礼するさ。」
「……天化。」
「ん、俺にも一杯頂戴。独りで飲むなんてずるいさ。」

 「しかもそれ、スースが取っておいたやつじゃねぇか。」なんて、苦笑いしながら私の傍に腰を下ろす。多分、どこかから私が飲んでたのが見えたのだろう、準備がよろしいことに自分も杯を一つ、そして温かそうな毛布を持って来ていた。くるりとそれを私と天化の肩に掛ける。2人の体温が合わさって、ぽかぽかと温かくなってきた。うんともすんとも答えないでいると私の手から酒を引っ手繰ってとくとくと注ぐ。「ちょっとまだいいとか言ってないんですけど。」、とか文句を言う前にごくりと喉が鳴った。ああくそ、せっかく太公望から勝手に拝借してきた一等物の酒なのに。

 天化と私にはそんなに接点がない。崑崙山にいた頃は幾度か顔を合わせたこともあったけれど、入ってきた時期が違うので同期とかそういった類の縁がさっぱりなくて、この封神チームに参加して降りてきた時にようやく言葉を交わしたという感じ。元々、友達付き合いとか苦手な私だから人懐っこい天化は余計に苦手だった。ここの人たちは皆そんな感じなんだけれど。無愛想な私の傍に、しかも傍から見てもヤケ酒の最中ってときにやってくるなんて、ホントにこの人。

「変な奴。」
「……ずばっといったな、ずばっと。」
「だって、こんな寒い中、外で酒飲むなんて馬鹿じゃない?風邪引いてもしんないよ?」
「そりゃだって同じさ。まあ、俺っちは飲みたい気分だったから、いいんだ。」
「ふうん、ばーか。」

 あ、酔ってるなこいつ、っていう顔をされた。かっこよく「飲みたい気分だったから。」なんて言ってんじゃないよこのやろーっていう言葉ももしかしたら口に出してしまったかもしれない。酔ってしまうとものすごくお喋りになってより気持ちの表現がストレートになってしまうんだよなあ。

「あーつまみもってる、…て、こんな度数高い酒にまんじゅうとか、ありえねぇ!」
「うっさいわねー。人の勝手じゃない。」
「味覚やべぇな。信じられねぇさ。」
「太公望だって、よくあまぁいのと一緒に飲んでるじゃない?あれと一緒よ。」
「うぇ、想像するだけで吐き気がする。」

 彼は口を押さえる仕草をしながら私がぱくついてるおまんじゅうを恨めしげににらんだ。こんなに美味しいのに、その美味しさがわからないなんて可哀想。見せびらかすようにちびりちびりかじってやったら視線をそらされた。

「いっつもここで飲んでんの?」

 天化が問う。私はあいまいに首を振った。いつもというほどここの常連ではない上に、人の秘密を探られているようで嫌だったからだ。こうやって月を見ながらお酒を飲むときはむしゃくしゃしているときだけなのだが、ある一定のいらいらが通り過ぎてからはとてもこの景色が好きになっていた。どこから見ても月は一緒に見える、なんていう突っ込みはなしにしておいて、一人で居るという空間がどうも私にとっては心地が良いものらしい。だからといって突然進入してきた天化を突っぱねてまた一人に戻ることができるような人間でもない。

「天化は?飲みたいなんて言ってたけど、なんかあったの?」
「別に何も。ただ、飲みたいだけさ。」
「そんなもんかねぇ……。」
「じゃあ、そういうは飲みたい理由でも?」
「おっと、そこはプライベートラインでしょ。進入禁止ー!」
「ははっ。」
「……なぜそこで笑う。」
「だって、そんな饒舌な、俺っち初めて見るさ。」
「あー、私ね、酔うとこうなんの。初めての人はみんなびびるね。何考えてるかわかんないとかよく言われてるから。」

 普段こんなこと考えてるだなんてみんな、これっぽっちも思わないんだろうね。別に気難しい顔してたって腹の中では今日の晩御飯なんだろうなんて考えてたりもするし、反対にお腹すいたなあなんて考えてそうな顔してるときに過去の自分について考えてたりもするものだよ。されども、これをいわゆるポーカーフェイスっていうんだろう。すっかりお酒でぐでんぐでんに崩れてしまっているけれど。へらへらと感情の篭ってない顔で笑っていると、ふと、天化は探るような視線をよこした。

「でもさ、さっきの問いの返しなんだけど。」
「うん?」
は、進入禁止なんだろ?俺っちもホントはそんな気持ちで、そんなこと軽々しく言えるわけねぇだろって思ってんじゃないのかって疑ったりしないさ?」
「私はそこまで天化のこと興味ないもの。嘘つかれたって構わないし、教えたくないなら教えなくていい。そんな義理ないもん。そんなことより、一緒に飲んでる今の事態のほうが大変。」
「大変って、何でさ。」
「だって、あたし、天化とそんなに話したことないし。ぶっちゃけちょっと苦手なんだよね。ここら辺で私が苦手じゃないのって太公望くらいなんだけど。彼はね、そんなに詮索してこないから好きなの。それに、無言で隣に座ってても何も言わない。ってそりゃたいてい寝ているからなんだけどね。そういうところに余裕を感じるわけよ、あたしは。だからすごく居心地がいいの。でも天化はよく笑ってるし、話してるし、聞き上手だし。うらやましいけど、苦手。」
「…ってスースのこと好き?」
「アンタいったいなに聞いてたの。そういう好きじゃなくて太公望へは尊敬の好き。ああ、誤解しないでね、天化のことも嫌いじゃないのよ。でも苦手なの。ないもの強請りっていうのかな、なりたい自分を貴方は持っててでもあたしは到底それになれないから苦手だと思っちゃうの。むしろ好きなの。……うんごめん、なんだかそろそろ眠くなってきた……。」

 ごとん、と頭が固い何かにぶつかった。そこでやむなく視野は暗転。好きなだけしゃべって好きなだけ愚痴を言ったら、どうやら心もすっきりしてしまったようで気持ちよく睡眠モードに突入だ。もう目なんか開かないので手探りで暖かい毛布をぐいと引き寄せて丸まった。

「……え?」

 残された彼がぽつりと呟いた言葉なんて、私の耳に入るまずもなく、そのまま放置の刑が続行された。






躓く、それで気づくこと
それは一体どっちの好き?


*081007   ( title by.cathy