レイブンクローには孤高の女という肩書きを持っている生徒が一人いる。彼女はといって、冷たい顔の作りやしっかりしている態度、その責任感からそう呼ばれているらしい。顔自体は美しいと言ってなんの障りもないのだが、如何せん、整い過ぎて逆に怖いという印象をもたれるそうだった。色素の薄い髪の毛や目の色も彼女のクールさを際立たせる。男性にも人気だが、どちらかといえば、女性からの人気が圧倒的。休日は大抵図書館で読書をしているか、勉強をしているか。今まで特定の彼氏はおらず、美人なのに勿体無いけれど彼女に見合う男性がいないだけなのだろう、と妙に周りから納得されていた。 そんな彼女に最近、アタックを始めた勇敢な男がいた。彼の名前はシリウス・ブラック。グリフィンドール、否、ホグワーツでも一、二を争う女ったらしだ。ころころと隣にいる女性が変わるその様はまるでマジックでも見ているかのようだった。彼の暴挙は近頃収まっていたようだが、ここにきてターゲットを変えて新たに始まった。 彼の過去の女性歴からいってしまえば、のようなクールなタイプは珍しかった。彼が好むのはピンク色のチークが似合う、可愛らしい女性ばかり。甘い香水の匂いを漂わせて、はにかむ笑顔が愛らしい、いってしまえばとは正反対の子だ。周りも彼の新たなターゲットに戸惑いを隠せなかったけれど、据え膳食わぬは男のなんとやら、経験の多さだけでなく深さもある彼ならば、彼女の魅力に気がついてアタックしていけるのも頷けた。それに、シリウスは見目もすこぶるいい。孤高の彼女の隣に立っても見劣りしないのは、もしかすると今のホグワーツでは彼くらいかもしれなかった。 レイブンクローとグリフィンドールが鉢合わせる機会は滅多とない。なので専らシリウスがを口説き落とそうとする場所は図書館が多かった。普段は全く本を読まない癖に、彼がそこへ頻繁に行き来する姿はある意味不気味だと彼の悪友は語る。基本的に私語厳禁である図書室のなかで、シリウスはを発見してもすぐさま話しかけたりはしなかった。静かにパラパラと本を捲っている彼女の目の前の席に腰かけて、ひっそりと彼女の姿を眺めているのだ。しばらくするとじっとりとした熱っぽい視線に耐えられなくなった彼女が呆れたように顔をあげる。そして、目があった瞬間、シリウスは嫌味なくらい綺麗な笑顔で微笑み返すのだった。 「もう読まないの?」 「貴方がいると集中して読めないの。邪魔」 「目の前に座ってるだけなのに、酷いな」 何度も繰り返された台詞を届くはずないとわかっていても、もで迷惑しているのか飽きることなく口にする。そして、引く気がないとわかったら黙って本を手にとって外の池の傍の芝生に腰を下ろすのだった。嬉々としてシリウスはその後ろをついていく。今回もシリウスの粘り勝ちだった。柔らかい芝生の上に腰をおろして、機嫌良く話しかけた。 「さん、今度のホグズミート一緒に行こう」 「嫌だ。何回も断ったはずだけど」 「だって頷いてくれないから。一度、試しに行ってみるのも悪くないだろ」 「グリフィンドールって強引な人ばっかり」 はあ、と呆れたようには溜息をついた。誉め言葉だよ、とシリウスは笑う。少々、強引でないと勇敢に立ち向かえるような鉄の心臓をもてないんだ、と彼は尤もらしく続けた。 にしてみれば彼のこのような粘着質な行動は大変不愉快だった。シリウス・ブラックという人は大の女好きで、それも年下の可愛い女の子が好きなようだというのは有名な話。それが、何を間違ったのか自分の様なかわいいの、か、の字も見いだせない女に通い詰めている。どれだけ邪険に扱おうともめげることもなく、定期的に図書室にやってきてや今日の様なやり取りを繰り返していた。どうせ、遊びなのだろう。卒業も間近に控え、最後の最後に孤高―聞こえによっては鉄壁の―女性を落として、ホグワーツ生活に終止符を打ちたいのだろう。は冷静に彼の行動を見極めていた。ここで逆上せるような女ではないのだ。すっとした男性らしい辛めの香水を仄かに感じながら、パタンと分厚い本の表紙を閉じた。おちおち、読書もしていられない。 「わかった」 「お、やっと折れてくれたか」 「ただし、今後一切付き纏わないって約束してくれたらの話」 「……それは無理な話だな。まあでも、さんが楽しくないって感じたらそうしてやってもいいけど」 「自信過剰すぎ」 苦々しく吐き捨てた言葉に、彼は、当然、といって余裕の笑みを浮かべた。 ホグズミードへ行く当日はあっという間に近づいた。がやがやとホグワーツの生徒で賑わうその間をすり抜けるようにとシリウスは歩いた。一緒にデートをして気が付いたことがあるが、さすが経験豊富なだけあってシリウスはエスコートが上手だった。店から出るときは必ず先に出てドアを引いてくれるし、歩くペースもゆっくりしたものに合わせてくれる。一息つくためにはいったランチのお店でも、いつの間にか彼が会計をしていて驚いたほどだ。 「さて、お嬢さん、次は何処へ行く?」 散々、本や服などの彼女が通っている店やシリウス御用達の悪戯専門店なんて普段は訪れないところを歩きまわった後、彼はそう口にした。もう両手いっぱいに荷物を抱えているし、そろそろ帰ってもいい具合の時間だ。だが、としてはもう一つ物足りないことがあった。でもそれをこの男に知られるのは嫌だ。帰りましょうか、と口を開きかけたところで、ふと彼の足が止まった。 「もう一つ、良かったら付き合ってよ」 「いいけど」 中心の道から外れて奥の奥の方へ彼は歩いていく。しかしが知らない道かといえば、むしろ良く知っている道だった。毎回、ホグズミートに出かけた際は必ず訪れる御用達の店。まさか、と内心ドキドキしながら彼の跡をついていくと、まさしく見慣れた看板が目に入ってきた。 そこは、知る人ぞ知るお菓子の名店だった。ほどよい甘さの、質のいい品が置いてあるということでも一つ上の先輩からその場所をこっそり教えてもらい、以来常連となっている。少し値段が張るのだが、その美味しさには払っても申し分ないという気分にさせてくれる。どういうことだ、とまるで睨みつけるようにシリウスを見かえす。彼は肩を大げさに動かして、中に入ろうかと先を促した。 「何食べる?」 「チーズケーキ」 「苺タルトね。飲みものはいらない?」 「ブラックコーヒー」 「彼女はホットミルクティーで。俺はブラックコーヒー」 有無を言わせずが口にした言葉を無視して、違うものを頼んでいく。店員は困惑していたが、ぐ、と苦虫をかみつぶしたような表情で大人しくしている彼女を見て、さらさらと伝票に書き込んでいった。反論のしようがなかったのだ。苺タルトもホットミルクティーもがここに来ると必ずと言ってもいいほど注文する品だったから。一種の気味悪さも覚え、なんで知っているの、と店員が下がってから彼に問いかけた。 「なんで知ってるかって。そりゃ、たまたま見つけたからだよ、ここにさんが通ってるの。近くに、悪戯専門店があっただろ?俺はよくそこにいるから」 「注文するメニューまで見てるなんて。……いつから知ってたの?」 「もう随分前だよ。じゃあ、逆に俺から質問だけど。なんで隠すの?本当は甘いものが大好きだっていうこと」 痛いところをつかれた。は普段、ホグワーツの食生活の中では甘いものを進んで食べようとはしない。紅茶も無糖、トーストにはバターオンリー、食後のデザートもフルーツだけ。甘いものを口にするのはここに来た時だけだと自分で限定していた。よく観察されていたんだな、改めて彼の眼力の鋭さを評価する。 「イメージと違うでしょ」 「ん?」 「冷たくてクールな女が、甘いもの大好き。なんて、イメージに相応しくないじゃない」 「そっかな」 くくく、と彼は喉を震わせた。彼女が自分思っている以上に、周りの目を気にしていることに彼は気がついていた。そのイメージを崩さない様に、無意識のうちに努力していたということも。彼女は期待されるとそれに答えてしまうタイプなのだ。周りの、こうであってほしいというイメージは恐らくそれに近しいものはきっと彼女の中にあったのだろうけれど、段々と作り上げられていくイメージに自分から近づこうとしていた。この小さなお菓子屋さんで可愛らしく甘ったるそうな苺タルトを幸せそうに頬張る彼女を見つけた時はシリウスも酷く驚いたほど彼女のイメージづくりは完璧であった。 「俺、さんのそういう可愛いとこ、好きだよ」 だが、イメージと違うと知って失望するどころか逆に関心を抱いてしまった。恥ずかしがるわけでもなく、まじめ顔でそう口にしたシリウスをは半ば呆れたように見つめた。そのような内容をさらっと口にできるなんて少なくともまともな神経ではない。だが、どうしてだが、段々と心がうるさくなった。他人にはけして受け入れられないであろうという部分を許容されたことは少なからず彼女の心を動かしていた。 「馬鹿じゃないの」 運ばれてきた苺タルトを恥ずかしさを誤魔化すかのように口に含む。その瞬間、ふっと彼女の口元が緩んだ。そこが好きなんだけどな、とシリウスはけして言葉にはせずに心の中で呟いた。糖分が一つの欠片も存在しないブラックコーヒーを喉に通した。全く甘くないはずのそれが今日ばかりは酷く、甘く感じた。 望みがかないそうな予感 *101114 (title by.precious days / タロットカード22のお題より) |