「おっしゃあ、勝った!」 廊下の前で果敢にガッツポーズを決めた。隣でがくり、と崩れるのは負かしてやった一人のおっさん、否、男。よほど自信があったのか、嘘だろうと隈ができて真っ青な顔を余計に青白くしていた。そろそろ倒れそうなので夜更かしは自重した方がよいと思う。にまにましながらがポンと肩をたたくとぎっと鋭い目で睨みつけられた。ああ怖い、とわざとらしく呟く。 「ありえん……なんで俺がに負けるんだ」 「私が本気を出せばこんなものさ。……さーて、願い事一つだったよね。何にしようかな」 意地の悪い顔で思案する。何故こんなにも彼女が得意げになっているのか。勝負の内容が内容だからだ。在り来たりな中間テストの総合結果を競う、というものだったけれど毎回三十位以内をキープしている潮江にとってはとの賭けは楽勝だと余裕に思っていた。最初に彼女が、次のテストの総合点を賭けて競おう、と言い出した時には何を血迷っている、と嘲笑した程である。だが、彼は知らなかった。掲載されるのは三十名の枠の中。それに彼女が入っていないだけで、そのすぐ下をちろちろと蠢いていたということ、そして大きな協力者として背後には立花という頭脳が待機していたということを。本気を出して彼に教えを請えば、潮江など、十位くらい這いあがるなど余裕の結果であったのである。ふふん、と鼻を鳴らして腕を組むに言いようのない敗北感を感じた。 ぺらぺらと、自分の勝因を語る彼女にぎろりと彼は冷たい目を向ける。 「できんなら最初っから全力で挑めよな」 「……負け犬の遠吠えっていうんだよそれ。ていうか私はご褒美がないと出来ない性質なの」 「甘いこと言ってんじゃねえよ。……マジ悔しい。こんな奴に」 「いい加減ぶつぶつ言うのやめなよ。女々しい」 それよりも、敗者に課す願い事をアンタはきっちり実行しなさい、とはぴしゃりと言い切った。ここで逃げ出すわけにもいかないので、ぐ、と押し黙る。どんな経緯があるにしろ、負けたのは事実のことである。それも、普段から全力でテストに挑んでいる潮江なので精一杯出し切った結果の末に。くそう。イライラする気持ちを抑えながら、彼女を一瞥した。 「で、その願い事は何なんだよ」 「どんな願い事でも聞くってアンタ言ったよね。うん、確かに言ったよね。言った言った」 「……大金は払えねえぞ。小遣い少ないんだから」 「そういう意味じゃないっての。……うーんとね」 途端に歯切れが悪くなった彼女に、ん、と首を傾げて。念を押すように、なんでも、を繰り返す様に、とんでもない悪事ではなかろうな、と聊か不安になってきた。立花と仲の良いが考える悪戯にはほとんど彼の知恵がふんだんに入れ込まれている。……よくよく考えるとこれほど恐ろしいことは無いのだ。 「見たい映画があるから、来週連れてって」 言いにくそうに紡がれた台詞に、言葉を失くした。喧嘩友達―といっても潮江と食満のように激しいぶつかり合いではないが―として長らく付き合ってきた二人の間で交わされた内容とは到底思えない。口にしている彼女も相当恥ずかしいのか、いつもなら真っ直ぐ潮江を見つめているその目を伏せていた。 「映画……だと?」 「ラブストーリーじゃないよ。アクションだよ」 「そういう意味じゃねえよ。連れてけってことは、俺と、二人でってことだろう。それって……」 「あーあーあー!四の五の言わず連れてけっての!いいよね?なんでも言うこと聞くんだもんね?」 「……いいけど」 デートなんじゃねえのか、と続けようとした言葉を見事に遮られる。心無しか耳を赤くした彼女は早口で決め台詞のように叩きつけると、詳細はメールするわ、と言って逃げるよう教室へ戻った。なんだ一体、と肩をすくめてもう一度言われことを頭の中で再生する。デートという単語に今度は自分がリアルに感じてしまった。デート。 「俺とが」 言いようのない恥ずかしさが全身を襲った。妙に言いにくそうにしていたのは、彼女も恥ずかしかったからだろう。その時、ポンと後ろから肩をたたかれる。同じクラスの立花だった。今回も余裕綽々で十位以内に食い込んでいた彼はさらりと掲示板に目を通して微笑む。 「どうやらが勝ったらしいな。おめでとう」 「なにがおめでとうだ。……肩入れしてたんだろう」 「必死こいて女性に頼まれたんだ、断るわけにもいかないさ。……それに、初めてみるほど努力していたぞ」 全てを知っているのか、立花はからかう様に潮江を見た。最初からあの願い事が目当てだったとすれば。もどかしい感情が胸を駆け巡る。やばい、と口を抑えた潮江を怪しげに立花は一瞥する。 「……が可愛く見えてきた」 「彼女はあれでとても女らしいよ。文次郎が見てないだけで」 今回の様にな、と彼は続けた。先ほどまでの言い争いを回想して、そうかもしれない、と潮江は呟く。真夏の気温のせいというだけでは誤魔化されないほど頬は赤みを帯びていた。 手にした勝利 *100207 (title by.precious days / タロットカード22のお題より) |