ちゃぷん、と跳ねたお湯に体を付ける。バスオイルを入れてないので、無垢なままの透明なお湯はの体を隠しはしない。全てを曝け出したままその体を包み込んだ。つま先から頭のてっぺんまで余すことなくじんわりとした暖かさが広がった。んん、と解されていく筋肉に声が漏れる。ふ、と浴室の前から笑い声が聞こえた。

「先に入るとは、失礼な奴よのう」

 恥ずかしげもなく中に入ってきた。白い体に思わずごくりと喉が鳴る。外観からして少年のような彼は、脱いだら尚のこと若者に見える。これで二十歳をゆうに超えているのだから、人は見かけによらないものだ。これまたいかつくもない胸板と、女の自分よりも細いのではないかという足をこれでもかというくらいしげしげと眺めた。あまりの視線の痛さにか、じとり、と怪しい目で睨まれる。

「……に視姦の趣味があったとは知らなんだ」
「隠さずに入ってきたのは太公望の方でしょうが」
「おおそうだった。ではわしも同じくさせてもらおうか」

 ざっぱん、と洗面器で体を一通り流し終えると狭い湯船に押し入ってくる。何しろ一人暮らしのアパート用のバスタブなので奥行きも深さもそれほど大きくは無い。足が当たるだの、絡まるだの、言い争っている内にくしゅん、と太公望がくしゃみをした。

「だから一緒に入るの嫌だったのに」
「……よかろう?わしの上でも」
「乗れ、と?」
一人分くらいじゃ潰れんよ。それともまた増えたのか」
「増えてません!……曲がりなりにも太公望も男だもんね」

 失礼するよ、とは太公望の膝の上に収まった。丸くまった体制のまま、同じ方向に四本の足が伸びている。すっきりと収まった形に、初めからこうすればよかったのだ、と後ろからため息が聞こえた。背中に触れる暖かさに彼女の方は恥ずかしさが押し寄せているというのに、何を呑気なことを、と心の中で悪態をつく。口にするのはもっと恥ずかしいので言えたものではない。太公望の手がの右手に触れた。ぴくん、とそれだけで大げさに反応してしまう。明らかに飛び跳ねた肩に、太公望は驚いたように目を大きく広げた。そして、くつくつと喉仏を震わせる。

「何を緊張しておるのだ。裸など今更ではないか」
「そりゃあ、今更っちゃ今更だけど。こんな明るいの初めてだもん……」
「意外に乙女なのだな。もっと凄いことを昨晩のおぬしはしておったぞ」
「ひいいいっ可愛い顔してさらっとすけべなこと言うな!このムッツリが」
「可愛いって……わしは男だっつの。それに、これくらい普通だ普通。天化にでも聞いてみればよかろう。あ奴は正真正銘のムッツリだよ」
「……!そんなこと知りたくなかった」

 太公望の馬鹿、とガラ空きの左腿をつねった。細いだけあって脂肪分が少なく、大凡皮と筋肉のそれは抓まれると酷く痛いはずだ。ぎゅむ、と思いっきり九十度に回転させると、っつ、と引き攣った呼吸音が耳に届いた。天化を穢した報いだ、とはぷくりと膨れる。普段から口が達者な太公望に勝てた試しがないので、究極的な手段に彼女はよく肉体的制裁を使った。それでもいくら外見が女の子っぽい太公望でも、女である彼女とは力の差が当然存在したが、彼はけして喧嘩の際に手を出さないので専らはそちらで攻めるようになった。実質的に精神と肉体もどちらも傷めつけられればそれなりに痛いもので、喧嘩両成敗となっている。しばらく無言で膨れていると、小さな溜息が聞こえた。

「すまん。朝起きて隣に誰もおらんのが正直きつかったのだ」

 ぽつり、と漏れた本音に、え、とぱちぱちと瞬きをした。胸の下に腕を通されて、ぐいっと強く抱きしめられる。艶々とした黒髪がの頬に張り付いた。幾分の隙間もないほど、彼と彼女の距離は縮まった。子供のようにぎゅうぎゅうと抱き寄せた腕に力を込める太公望の行動に少しばかり頭がついていけない。

「……どうしたの?」
「別に、何かあったわけではない」

 ただ、無性に不安になることもあるだろう、と甘えるように唇を肩口に寄せた。太公望と朝を迎えたことはもう数え切れないほどあるが、今までこのようなことを言われたことは無かった。彼女自身、朝起きて隣に太公望がいないという体験をしたことがないわけではないが、それほど寂しさが心に残ったわけでもない。薄情な女なのだろうか、と手繰り寄せた彼の右手を強く握りしめた。だけど、こうやって普段は年上くさった余裕の笑みを見せている彼が、真反対の一面を見せるということは嫌な気分ではない。

「やっぱり可愛い」
「そう言われるのが嫌だったのだが……まあいいか。、こっちへ」
「うん?」

 くるりと向きを反転させられて、振ってくるのは柔らかな口付け。おしみなく注ごうとする彼の気持ちが伝わる。答えるように、すぐ手前にある頭に手を回した。胸が痛いほど幸せとはこのことを言うのだろう。甘く緩やかでこのまま溶けてしまいそうだと思った。




全てを受け入れる心の広さ

*100208  (title by.precious days / タロットカード22のお題より)