私のとは違う、広くて大きな部屋。持ち主の性分故かまるで引っ越してきた時のままのように何もない。あるのはベットと真っ白なソファ、そして薄型の液晶テレビだけだ。冷蔵庫もちょこんとあるけれど、なかに入っているのは食料ではなくビールとかワインとかお酒ばっかり。どんだけお酒を飲めば気が済むのか。そんな面白いものがなに1つない部屋だから私は言われるまでも無く退屈を持て余していて、ごろごろとベットの上で横になっていた。早く帰ってこないかなぁー…、なんて零すもそんな様子は一向になく。ボスがスクアーロを連れて任務に出たのは、2日前だった。時間が掛かるかもしれない、といっていたけれど、今日も帰ってこないの、かな。ぶちぶちと嘆くがそんな言葉すら無残に響くだけで届きはしないのだ。広い天井に向けて無意味に拳を突き出した。帰ってくる、とわかっている。こんな些細な任務で倒れてしまうほど彼は弱くない。でもこんなに不安なのは何故なの。

 最後に会ったのはどのくらい前だったか、覚えていない。どういう運のめぐり合わせなのか、私とスクアーロの任務はすれ違いばかりで。休日にはどちらかがいない、という状況がかれこれ一ヶ月は続いていたように思う。割と淡白な性格のせいか、特別なことが無い限り逢いにいこうとしない性格も物が祟ってホント、彼の感触だってほんの記憶の片隅にあるくらいだ。こうして今は彼の部屋にいるから匂いだけは十分に貯蓄することができたけれど、心はすごく物寂しい。…あああ、こんなことになるんだったらもっと頻繁に逢っておくんだった。今日だけはどうしてもあいたかったのに。今日のこの日に彼に逢えないということがこんなにも悔しくて悲しいとは思ってもよらなかった。今頃、ボスと一緒にいるのだろうか。戦いの刹那なんだろうか。ギラギラした瞳で軽やかに剣を振っているのだろうか。どちらにしても、ボスだとしてもターゲットだとしても、あまつさえ剣だとしても。私はそれが単純に羨ましかった。

 きゅ、と床を摩擦音を立てながら歩く靴の音がした。記憶が途切れている。どうやら私は眠っていたようだ。布団の上から覆いかぶさって寝ていたので下は体温でぽかぽかしているけれど、上の背中はひんやりとして寒い。もぞもぞと布団中に包まろうと動いた。そのときちらりと長針が目に入る。ベットの上に置いてある時計から時刻がもう残り二十分を切っていることを知った。結局帰ってこなかったのか、ちくしょう。会いたかった。会いたかったよ…。じんわりと涙が出てくる。どうしたんだ、私。こんなことキャラじゃないっていうのに、悲しくて仕方が無い。そもそも、たかだかスクアーロの誕生日だっていうのにどうして私が泣かなければいけないのだろう。そうだ、ただの誕生日。いくらそう心の中で叫んでも、はらはらと流れる涙は止まらなかった。

 その時、ふぁさと背中に暖かいぬくもりが広がった。なんだ、ろ。まだ布団に潜りきれてなかった私はそこで初めてこの部屋に私以外の気配があることに気が付いた。この部屋は私のものではないから入ってくる可能性があるといえば、持ち主のスクアーロくらいなものだろう。ばさっと私はその黒いマントをぶっ飛ばして起き上がった。

「…スクアーロ。」
「あ゛ぁ?…起きたのか、。」

 ま、そりゃ起きるわな。なんて呟きながら黒いネクタイをするするとといて。ちょっと汗が滲んでいる上着のコートをばさりと脱ぎ捨てた。久しぶりに見る彼の顔は私の記憶よりももっと繊細で、人間味があって、うわやばい。なんだろうこのもぞもぞとした心の奥を擽るような感じ。気が付いたら私はベットから飛び降りて彼の腰に手を回してぎゅううと抱きついた。自分でも信じられない。普段クールで冷静なキャラで通している私がこんなこと、するなんて。頭の中が正常に働かない。ひく、と喉が渇いたように鳴った。

「何してんだ?」
「………。」

 わかんないのか。わかんないのか、この大馬鹿者。そもそもスクアーロも悪い。なんなんだ、この淡白な態度。久しぶりにあった恋人にそりゃないんじゃないか。私がただ単に枯渇していて異常に彼を求めていたから、何気ない態度でもとても冷たく見えてしまったのかもしれない。後から考えると、そう思う。何も答えない私にスクアーロは不思議そうに首を傾げて振り向いた。白い髪の毛がぱさと私の皮膚に触れる。ああ、悔しいけど嬉しくて、ほっとする。

「今日が何の日かわかって言ってるなら、それほど残酷なことはない。」
「はぁ?……待ってた、のか?」
「……そう。」
「俺の、誕生日だから?」
「生と死は対になっているの。これほど、生を感じさせる日はこの世に存在しない。だから、……そう、怖かった。生まれた日に死んでしまうことだって、あるんじゃないのかって考えて。怖かったの。…さっさと帰ってくれば、こんなこと考えなくても良かったのに。」
「なめられたもんだな。俺はそんなに弱くないぜぇ。」
「そんなことぐらい知ってる。」

 真っ赤な目でぐ、と睨み返したらふって笑われた。らしくねぇな、なんて言葉が振ってくるけど、そんなこと分かりきってるんだから言わないでほしい。ぐい、とそのままの勢いで抱き上げられてベットへと連行された。腕を広げて抱擁をねだればぎゅうぎゅうと隙間無く腕を回して抱きしめてくれた。そして、惜しみなく顔中にキスを落としてくれる。久しぶりなこの感じが、必要以上に嬉しかった。数時間前まではここは無人の空間だったというのに、今目の前にはスクアーロがいる。足りなかったパズルが埋まったかのように私の心はすっきりとしていた。こういう時のことを、嬉しくて死にそうだ、というのだろうか。その時、かちかちとなる秒針が耳元に聞こえてきて肝心なことを言っていないのを思い出した。手で求めてくるスクアーロを制す。あぁ?と囁いた彼の顔の眉間は皺でいっぱいだ。でも、これだけは言いたかった。もしかしたら、他の誰かに先を越されてしまったかもしれない言葉。だからこそ、今日の一番最後に言うのは私でありたい。

「誕生日おめでとう、スクアーロ。」






潰れるくらい、抱きしめて、

それから、キスをして



*080204   (「Rainy Drops」さまに献上します。お誕生日おめでとう、すぺるびさん!あまりへたてない彼を目指したのですが、どうなんでしょう、ね。こんな素敵企画に参加させていただくことができ、本当に嬉しかったです。ありがとうございました…!)( title by.むく犬