今日の時間割はお昼まで。水曜日の真ん中デーなので、割と軽めに教科を入れている。午後からはバイトの予定だから学食じゃなくてバイトの近くのソバ屋さんで大抵、私は昼食を取る。ソバは安くて美味くてなにより暑い夏には涼しげで、寒い冬には温かい。あ、ちなみに言っておくが別に毎週食べにきているわけではない。もちろん近くのマックやカレー屋にも行ったりするが夏になるとやっぱりソバが一番多くなってしまう。 いつものように暖簾を潜って「こんにちはー。」と中へ入る。随分と昔から変わらない懐かしい座敷がお気に入りだが、今日は1人っこなのでカウンター席へと腰掛ける。カウンターは端っこに座るのが一番好きだ。「あー、おじさん。いつものー。」そういってカラリと鳴る氷水を飲み込んだ。 (うーん、冷たい。やっぱ夏はここに限るねえ……!) ほのかなクーラーとくるくる回る扇風機の風が心地よい。「はいよ。」っておじさんが返事をしてから大体10分くらいかかるので(いや別に計ったわけではないですよ?)それまで私は携帯をつついて溜まっていたメルマガとかメールの返事とかをいそいそとやっていた。 と、其の時ガラリとソバ屋のドアが開いた。おじさんの元気のいい「いらっしゃいー。」という声がかかる。一番入り口に近いところに座っていた私の背中に生暖かい熱された空気が掛かった。ふんわりと香る香水のにおいに、「あらいいところのお姉さんかしら。」と思って後ろを振り向いた……ふりをしてTVの甲子園を見つめた。あ、地元のチーム勝ってら…。 「うぉ゛おい、ここホントにうめーのか?」 「日本食が食べたいって言ったのはスクアーロでしょう?この辺りでも評判の店なんだから、早く座りなさい。」 「あ゛ー……わぁったよ。」 ストン、と彼は大人しく椅子に腰掛けた。…のは良かったのだけれど、ええもうだって私ここのソバ屋のファンだしさ、評判の店だなんて言われてこっちも嬉しいけどさ、何故か彼はお隣に座ったんです。私の。せめてこう一個空席にして座るとかさ、そっちのイケイケ系のお姉さんみたいな人が隣に座ってくれれば良かったのに。座る動作に沿って銀色の長い髪の毛がふぁさりと私のむき出しの腕に当たった。 (すっごい……綺麗な髪の毛だぁ。) 「ちょっとお手洗いに行ってくるわね。」 「おぉ。」 おおおお、座ったばっかりなのに早速、お化粧直しですか。外は暑いですからね、メイクも崩れて大変…って普段ナチュラルすぎるほどのメイクしかしない私には関係ないが。って……なんだ、この微妙な空気。コレってちょっと待ってくださいませんか。隣同士なんだからちょっと無言で座ってるのって気まずく無いですか…?!あーもう、早くソバこないかなあ。野球見るにも首疲れるしさ、携帯ももう全て返事返しちゃったしさ。無意味に携帯開くの嫌いなんだよなあ…、充電が無くなるの早くなるから。 「注文は何に致しましょう?」 「あ゛ー……そうだなぁ…ソバなんて食ったことねぇからなぁ。オススメなんかあるかぁ?」 「それだったら、普通のソバがいいんじゃねぇでしょうか。」 「んじゃそれ2つ。」 ふーん。さっきも言ってたけど、この人どうやら日本人じゃないみたい。まあサラリとした銀髪も少し藍色がかった瞳も日本とは掛け離れていて。でもだからこそ特有に綺麗に見えた。特に長く伸びた髪の毛は光に反射してキラキラ、輝いている。チラリ、とできる限りの横目で覗き見しようとしたら、カチリと視線が合った。うわやべぇこの人、目つきがとんでもなく悪い…!こわっ!! 「なんだぁ?さっきからチラチラ見てよぉ。」 「え、や、……オススメだったらここのSPソバが一番美味いのになあ、って思ってただけデス。」 「へー…なんでソレを先にいわねぇんだぁ。もう注文しちまったじゃねぇか。」 「だって、私、あなたの知り合いじゃないし!それにまた来た時に頼めばいいんじゃないですか。」 「また、ねぇ。来るかどうかわかんねぇけどなぁ。」 「正確には来れるかどうかだけどなぁ。」なんて呟いて、彼は一気にぐいっと水を飲み干した。どういうことだろう。観光旅行に来てるだけだから数日経ったらすぐ帰る、とか、そんな感じかなあ。それにしては日本語が流暢な気がするんだけど。(時々変な語尾が混ざっているけれど。)カラン、て氷を鳴らして私も水に口をつけた。……大分、温くなってるなあ。 「あいよ、嬢ちゃん。いつもの。」 「お、きたきた。どーも、おじさん!」 パチン、と箸を割って早速それに口付けた。あー…やっぱ夏はコレだね!今日も一日頑張れるよ。ズズズズ、と音を立ててソバをかっ込むと隣でちょっと嫌そうに眉を顰める外人さんが。…あ、やっぱコレは文化の違いですかね。めちゃくちゃ嫌そうな顔されてるよ。 「ソバは音を立てて食べるのが基本ですよ?」 「そんなのわかってらぁ…、馬鹿にすんじゃねぇよ。」 「そ、それなら良いんですけど……。」 「……それが、さっきのSPソバ、か?」 「もちろん。あ、ちなみにこれ私のいつものですから!」 「美味しいですよ。」とそう言えば、「ふーん。」ていうなんともない返事。でもちょっと興味ありげな返事で、チラとソバに視線がいったのを私は見逃さなかった。次、来る機会があったら食べてくれたらいいのにな。そして母国に帰ってソバを広めてくれればいいのになあ……なんて、今ものすごく国際グローバル的な考えしてたよね?!うわお、凄いな、私! 「ソレ一口食っていいかぁ?」 不意にパチンと新しく箸を割る音が聞こえて、耳に聞こえた言葉。私はまじまじと彼を見つめてしまった。普通、見ず知らずの人間に食い物を強請るか…?いやでも、何にせよ外人さんがソバに興味を持ってくれたことは嬉しい。コレ、私の大好物ですから!それに、ちゃんと新しく箸も割ってくれたみたいだし。まあ、……別にいいか。 「いいですよー。ハイ、どーぞ。」 ずずいっとソバを差し出すとものめずらしそうにジロジロと眺める彼。 「あ、ソバはこの専用のタレをつけて食べてくださいね。じゃないと味もクソもありませんから!ちなみに緑の奴は山葵っていってツーンとするんで辛いの嫌いだったら入れないでくださいね。私は入ってるほうが好きですけど。」 「なんつーか、お前、ここ常連?」 「水曜日のお昼限定ですが!」 胸を張ってそう答えるとくっ、と彼は喉で笑った。そして「へぇへぇ。」と苦笑しながらソバを掬い上げ、口に運ぶ。もぐもぐと細い顎が動いた。 「……ま、なかなかだなぁ。」 ム、なんか微妙な返事。知らず知らずのうちに感情が表に出ていたのか彼は苦笑して「バーカ。」と投げつけた。 「俺にとってはほめ言葉だぜぇ?」 「そうなんですか?ま、また来たときに頼んでみてくださいね。」 「あぁ、そうしとく。…つーかお前名前は。」 「名乗る時は自分からお願いしますー。」 「……S.スクアーロ。これでいいんだろぉ?お前は。」 「です。…ところで、もう二口食べてますよね?早く返してください。」 「へぇへぇ。」 ソバを返してもらって一安心。私はまた無心でソバを口に含んだ。ズズズ、ズズズ、と響く音。うーんいい音。(ちょっとソバに酔いすぎたかしら…?)幸せそうに顔を緩ませていると、隣でクツとまた喉で笑う音がした。ム、また笑ったな、なんて顔を上げると、ひょいと私の丸々とした頬を掴まれた。そして……降ってくる柔らかい感触。 「あ゛ー……お礼、だぁ。」 「………。」 「ついでにコレ、俺の携帯。」 「……。」 信じられない出来事ってこういうことを言うのでしょうか。嘘だろ、と思ってカウンターテーブルに置かれた紙を見て、それが真実なんだといまさら気が付く。いや、つーか、あなた先ほどどうみても彼女らしい年上のおねーさん連れてましたよね?こんなチンケな女子大生にこんな物渡して良いんですか。視線だけでそう訴えて見せると、彼は口の端っこだけを吊り上げてイタズラっぽく笑った。 「あいつには秘密だぜぇ。」 受け取れるか、こんなもの。そもそも私は遊び男なんか嫌いです。でも……なんとなく、私はその男に惹かれていたのかもしれない。変なしゃべり方とか。真夏なのに黒い服着てるところとか。すらっとした長身とか。髪の毛とか。日本人にはあまり見られない馴染みやすい馴れ馴れしさとか。……結局、あのおねーさんが戻ってきたからその紙を自分の手には収めなかったけれど。 「あら、スクアーロ。貴方箸使えたのね。」 「うぉ゛おい、俺を馬鹿にすんじゃねぇよ。」 うーん、やっぱお似合いじゃないか。ちくしょう。……ん、ちくしょう、なんてまるで自分が悔しがっているようなそんなこと思ってたりするんだ?え、私もしかしてこのスクアーロさんに気が合ったのか。ありゃま、それは初耳だ。惹かれているとは思ったけどそんなまさかもろ恋愛対象に思うなんて、考えても無かった。 ものすごい素早さでソバをかっこみ、おじさんに「ごちそうさま。」と声を掛ける。そしてお金を払ってお釣りをもらって、ガタンと席を立とうとしたとき目に入った白い紙。まだ風に飛ばされること無く私とスクアーロさんの間にちょこんとあった。数秒、それと睨み合い……私は迷うことなくソレを握り締めた。くはっ!て隣で笑う声が聞こえたけれど、そんなの気にするもんか。だってこれは必要だ。少なくとも、今の私には。 「ねえ、今度はいつココにくるつもりですか?」 そう、電話で聞かなければならない。そんな使命が新しく出来たのだから。 うぉ゛おい、んなの決まってンじゃねぇか。……来週の水曜の昼だぁ。 *070823 (「プリムラ・オブコニカ」さまへの献上物、です!秘密というテーマで愛人しか浮かばなかった私は一体…。素敵企画に参加出来て嬉しかったです!ありがとうございました!) |