幻かと思った。バフン、と大きな音を奏でて煙幕が周りを包んだ。一瞬にして目の前の風景は消え、視界にいっぱい白が広がる。今、何が起こった?何が見えた?……私には全く分からなかった。いつも通りの帰り道、同じくらいの年頃の中学生の笑い声の交差する中、ぎらぎらと輝いている太陽を疎ましく思いながら、涼しげな我家を思い浮かべながら歩いていた。交差点の向こう側で、やけに小さい男の子が走っているのをちらりと見たけれど「あぶねーな。」なんて思ったくらい。そこを渡り終え、角を曲がったところでボフン!…世界が消えてなくなったのかと錯覚してしまいそうになった。 爆発音のせいでびくりと大きく反応してしまった体は当たり前のように前のめりになって倒れこむ。薄っすらとした煙の中でも見えてくるコンクリートの地面。思い出されたのは、小学生の時の記憶。やたらと生傷を作っていた当時の膝からの出血の地味な痛さ。 やばい、と思ったときには既に私は支えられていた。細身でもしっかりとした腕に。 「やれやれ、大丈夫ですか。」 やけに落ち着付いたトーンの声色。まさか目の前に人がいるとは思わず、吃驚と目を見開く。驚いたのは……この突然の煙のせいもあるが、人にぶつかってしまったという動揺も少なからずあるだろう。掴んでしまっていた手をわずかに力を込めて握られて、私ははっと顔を上げた。すぐに視界に色が戻ってきた。目の先にあるのは白と黒の縞々…牛柄? 「……耳に入っていますか、お嬢さん。」 「え、あ、はい。」 慌てて掴んでいたシャツを手放したが、重心がどうやらあさっての方向に傾いていたようで今度は後ろへくらり。牛柄の彼はすかさず肩を掴んで前へ引き戻してくれた。もちろん、私も即座につかまるものはないかと咄嗟に手を伸ばした。再び手に掴んだ牛柄のシャツ。勢いよくビリッ、という音がしたのは私の幻聴か。ヒラリ、とうっすら綺麗に筋肉がついた腹部が目に入った。 「すいません、本当にすいません!」 いきなり女子中学生に服を破られたその人は、目をまん丸としていた。頭から滝が汗のように流れるとはこのことだ。ただでさえ暑かった気温が一気に40℃を超した気がする。この夏、最高気温だ。 「フム、もしかしてあなた痴女「じゃないです。すいません、本当にごめんなさい…!」 頭をこすりつけんばかりに深く下げた。くすり、と笑う声が真上から聞こえる。ふ、と肩に手をかけられた。 「冗談です、頭を上げて。…少しからかいすぎましたか?」 「……!」 ( か ら か っ て た ん で す か !) 声にならない叫びを上げた。うっすらと目を細めて笑う彼に、申し訳なさが吹っ飛んだ。顔にそれが出ていたのか、彼は可笑しそうに口元を緩ませる。 「変わりませんね。」 「私、貴方とどこかでお逢いしましたっけ。」 「いえ、全く。今日が初対面です。」 「あ、もしかしてナンパですか。」、そう喋ろうと思って口を開けかけたが途中で止めた。あまりにもバカバカしいからだ。彼は軟派な格好をしているし、髪の毛はちょっともっさりしているが、顔立ちはとても美しく綺麗でこんなところでチンケな中学生をナンパするはずが無い。それに、私よりももっと年上だろう、この人は。 「なにかご不満でも?眉間にいっぱいの皺が寄ってますよ。」 そう、と伸ばされた手が額に触れた。思いのほか冷たかった。角ばった手のひらが柔らかく眉間を撫で、皺もゆっくりと伸ばされる。そのまま、彼の右手は頬へと降り立った。長い爪がちょん、と当たってチクチクする。人差し指の腹で焦らすようなしぐさで唇をなぞられた。ゾクゾクと背筋を遡る感覚、皮膚から直接伝わる体温。両方に酔ってしまいそうだった。 「うわ、なにこれ、気持ち悪い。」 「…失礼なところも既にご健在のようで。」 「普通にキモイと思うけどね、これは!」 内心ドキドキとしている鼓動を隠しながら(そりゃあそうだよ、だってまだ中学生だもん!)挑戦的に彼を見上げた。彼の口は相変わらず弧を描いていて、遊ばれているのが直接伝わりすぎる。けれど、突然、両頬をがっしりと掴まれて固定される。 「覚えていてくださいね、今日という日を。」 (じゃないと、何のためにわざわざ策を練って今日の、この時間の、この場所でバズーカを撃たせたのか意味がなくなってしまいますから。) 彼の瞳が真っ直ぐ私を射抜いた。唇だけが唯一の人間らしい体温を宿していて。むしろ熱すぎるくらいの暖かさで、そのまま重ねられる。トクン、と反応する心臓。 「なんなんですか、貴方は。」 「もうすぐ、会えますよ。ホラ、あと1分後。」 ぽん、と頭をあやすように撫でる。ひょい、と抱き寄せられてたどり着いた彼のはだけた胸元。囁かれた謎に包まれた言葉に囚われることとなることも知らず、脳内に響くように伝わってくる、シュガーボイス。 「ホントのオレに会えるのは、十年後。待っててくれますか。」 直感的に弾きだされた、意外な真相をぐっと飲み込む。止まらない鼓動の音。耳にリアルに伝わる生の感触にそう、と彼の牛柄シャツの裾を1つずつ手探りで確かめながら掴んだ。脳裏に掠めた映像は幸せそうに笑う……私。 「貴方が忘れないでいてくれたなら。」 もっさりとした髪の毛に手を伸ばして、彼の頬に触れる。誓いの口付けを言わんばかりに触れ合った、唇と頬。瞬間……再び、真っ白な煙が舞い上がる。白い世界の合間に見えたのは、彼の柔らかな笑みだった。 「あ、ランボさんの飴!」 世界が変わったのはそれからすぐ後。目の前にはかっこいい男性の変わりに、小さな牛柄の服を身にまとった男の子。(しかも目ざとく私のポッケから零れ落ちた飴ちゃんを拾っている。)どこがどう変化すればああなるのかわからないくらい、性格はまるで反対なイタズラっ子だったが、飴さんを要求するその瞳はやはり暖かかった。 「ランボ、…くん?」 「ん、アンタ誰。」 「だよ。約束忘れたら、承知しなから、ね?」 「?忘れるわけ無いじゃん、ランボさん天才なんだよ!」 *071209 |