☆ このお話はGiedさま(18禁、高校生不可、BLサイトさま)原作のキャラクターをお借りしております。また同時にキャラクターの背景を勝手に想像させていただいております。原作とはあまり関連がないものとしてお読みいただけると幸いです。







 初めて見たときはなんて気持ち悪い人だと思った。ひょろりとした背に、片目が隠れるまで伸ばされた前髪、大きな目にとれることのない隈。友達の兄じゃなかったら恐らく一生付き合いがない人だっただろう。否、友達の兄だったとしても付き合いを持つべき人ではなかったのかもしれない。パトリック・アール・ネイサン。数年後に終身刑として刑務所行きになった男。そして同時に私の心の中にずっと存在し続ける人。

 パトリックの妹のヴィクトリアとは所謂、幼馴染というやつで歩いて5分の場所という近場に家があった。その上、学校でも同じクラスになることが多く、幾度もお互いの家を出入りする仲だった。そんな私だから彼女と彼女の兄の不仲を幼いころから目にしていて、どちらかといえばヴィクトリアが一方的にパトリックを避けているようなそんな印象を受けた。細かい彼の素行なんてただの友人である私が知るはずもなかったし、また知る権利もなかった。だからどうしてんそんなに毛嫌いをしているのだろうと常々疑問にこそ思っていたがヴィクトリアは繰り返して「不用意に近づかないことが一番。」と私に言い聞かせていた。もちろん、私だって第一印象から最悪な人に進んで近づこうとは思わなかったし、彼女が徹底して彼がいないときに私を呼んでいたのでばったり出くわしたことなんて数える程度しかない。けれど、たまにすれ違った時に見た大きくて不健康な隈を添えた目は私の視線を奪った。怖いくらいあの瞳に引きつけられた。




 ある日、私は都市部で買い物をするために一人電車に乗って街を離れた。そして大量になった荷物を抱えて自宅まで帰っているときのことだった。夕暮れ時とはいえあと数刻でどっぷりと太陽は隠れてしまう。田舎町なので遅くなれば人通りも減少する。人知れず足音は速くなりカツカツカツ、とブーツの音が路面に響いた。電灯を目印にしながらとりあえず抱える荷物に思考を集中させていると、ひとつの足音が割り込んできた。そのペースは私のそれよりも断然早く、重く、鈍い。どくどくと心臓が高鳴りそうになった。背後から近づく不気味な音に駆け出しそうになったそのとき、抱えきれなかった荷物がどさり、と落ちた。振り返ってみると薄暗い電灯に照らされた知り合いともいえない人物が立っていた。彼は私の姿を追っていたのだろうか、振り返れば容易に目が合った。

「…何してるの?」
「それは僕の台詞だと思うけれど。どうしてこんな遅くに君みたいな女の子が出歩いているんだい?」

 話したことなんて記憶にないのでたった一声だけでも声が震えてしまった。思いがけず会話が成立したことにほっとしている自分がいた。―このときの思考から私がどれだけ彼を危険人物とみなしていたのかが伺えるが、その原因はヴィクトリアにあると思う。ひょいとおとした荷物、おもに洋服とか靴が入っている大きな袋なのだがそれを彼はその細身のどこに力があるのかぐいっと肩に担ぎあげてしまった。盗癖があると聞いていた私は丸ごと盗まれるのか、と一瞬ひやっとしたがどうやらそのまま運んでくれるようで私の隣に並びたった。

「ありがとう、パトリックさん。」
「パットでいいよ。君はなんていうんだい?」
。ヴィクトリアから話を聞いたことはないの?」
「あいにく彼女は自分のことを僕に話したがらないからねー。」

 けらけらと愉快そうに笑う彼はヴィクトリアの話とは程遠いというわけでもなく、かといって全く違うわけではなかった。ところどころ含むその笑い声とか表情とか、確かに身内といえどぞくりと震えてしまうような何かを持っている。隣に並んでいる今が信じられない状況だ。けれど、私はそこではたと気づいた。近づくな、と言われ続けていたが私は何よりも彼女の家に行く時には彼の姿があるかないか気にしていた。それは会いたくないからか。それとも逆だったのか。ざわざわとする胸を必死に抑えつけながらも、送って行こうか、と言い出したパットの申し入れを受けたのであった。




 それから私がヴィクトリアに隠れて彼に会いに行く時間が増えた。お互いにそうしたいと思ったわけではない。あくまで私の一方的な行動だった。同じスクールの木陰に隠れて本を読み漁っている彼を見つけたことから、そこへ通う時間が増えたというわけで。同級生からもいろいろな意味で邪険にされていたのか隠れ場のような人目につかないところだった。私がそこに来て隣に腰掛けても彼は特に拒絶を見せなかった。調子こいて、会いに行く時間が増える。

「物騒なものを読んでるのね。」

 手にした本はグロテスクな挿絵つきのホラー小説。こんなものが学校の図書に存在しているのかというくらいグロテスク。あと人体の本。何を目的にそれらを読んでいるのか理由には触れたくなかった。

「面白いんだけれどね。君は興味なしかい?」
「ないね、どうせ読むなら恋愛小説の方が断然面白いし。」
「僕には全く理解できないねぇ。まず恋愛って言葉がむずかゆくなる。」
「確かにパットには一生縁の無さそうな言葉っぽい。かわいそうね。」
「…それってどういう意味ー?」

 骨格に似合った大きな手がゆっくりとした手つきで紙をめくる。この男に恋愛なんて期待しても返ってくるわけがないというのはわかりきっていたことなのに、自分で口にしてみたらなんだかやるせなくなってここに通っている意味さえ皆無のような気がしてきた。時間を共有したいと思っているのはそれこそまさに私の一方的な思考であり、彼にとってはいてもいなくても変わらない存在なのだろう。一度でもいい、その大きな角張った手が私の頬を撫でてくれたなら私はそれだけで満足なのに。

「なんで近づいてくるの?」
「キスしたくて。悪い?パットも薄々気づいてたんでしょ?」
「あー…。」

 宙を見るようにして視線が上へ向く。濁った返事の答えは曖昧だが少なくとも全く感じていなかったわけではなさそうだ。そうか、それならまだ私がやってきたことにも意味はあるのだな、と一人納得した。大きな手がつかんでいるその小さな本を取り除いて乱雑にその辺に置く。また気の抜けたようなあー、という言葉が聞こえてきたけどそれはあえてのスルーだ。にんまりとパットの無駄にでかい体のスペースに入り込んで笑ってやった。

「逃げたら殺す。」
「…物好きだねぇ。」
「自分でもわかってるからそれ以上言わないで。」

 ぐっと右手を首元にあてて、左手はほっそりとした頬に添えた。パットは嫌がるそぶりも見せず、かといって迎えるように私に手を伸ばすわけでもなくされるがままにしている。ぺろりとなめた唇はとても乾燥していてしょっぱかった。もう少し、もう少し、と幾度となく繰り返して。そのときは無我夢中だった。貪ることで自身の欲求を満たそうとしていた。これが私のファーストキスなんてありえないでしょう、と心のどこかで嘆きながらも。

 それから数年後、彼は刑務所に入った。終身刑。仮釈放まで随分とかかるそうだ。私とパットは所謂体の関係というものを続けてきたが、そこでようやく終止符を打った。気を利かせてくれた両親のおかげでか私は嫁ぎ先が決まった。来年、結婚することとなる。けれど、私の心の中ではいつもあの顔が笑っているのだ。赤い髪の毛をしたゴーストのように笑う彼、パットの姿が。いつになった私の心は彼から解放されるのだろうか。いっそのこと、全てなかった真っ白だったあの頃に戻ってしまえればこんなに苦しみ続けることもなかっただろうに。






秒針は君にとまったまま



*090928   this character from 狗哭. title from cahty. thank you very much.