*立花視点

 鉢屋は真っ直ぐに立花を見やった。彼が何を自分に問いかけようとしているのか、それは聞くまでもないことだ。どうして貴方がここにいるのか。年齢差が合わないのはなぜか。貴方はこの任務の結末を……知っているのかどうか。二つの問は、久々知が立花に浴びせた問と全く同じもの。特に、二十代も後半になるとそれほど童顔でもない自分の顔がとてもではないが彼らの一つ上に見られることはないだろうことはわかっていた。元々大人っぽいと言われることが多かった自分でも、実際に年を重ねることで得た落ち着きというものは、隠せないものだ。頭の回転が速い鉢屋に掻い摘んで説明してやれば、彼は簡単に自分が鉢屋が成そうとしていることの結末に気付いているのではなく、もう体験してしまったのだということに勘づいた。―そうだ。自分は知っているのだ。彼が成そうとした事柄の結末を。

「結局、私は失敗に終わるのですか」

 微かに、首を動かした。それで、鉢屋は納得をしたようだった。必死で動き回ってきた時間が無駄になるのだと知ることへの悲壮感は甚だしいものだ。しかし、彼は悲痛そうな表情を浮かべやしなかった。どこかで予想をしていたのかもしれないし、そういった表情を立花に見せたくなかったのかもしれない。

「だが、まだ、そうなると決まったわけではない。お前は」

 歳が五歳以上離れてしまったせいだろうか、昔は五年の中でも憎たらしい底の見えない感情を彼から感じていたが、今の立花には鉢屋がとても痛々しく見えた。彼が何を守ろうとしているのか、立花は知っている。何のために彼が任務をこなしているのかということも。驚くべきほど、優しい鉢屋の本心に触れてしまったあとでは、悪戯が大好きだった過去の彼でさえも可愛く見えてしまうのだから不思議である。慰めるような憐れんだ目を鉢屋に向けた。お前は、と語尾を強調するように呟く。彼は自分が言わんとしていることに気が付くだろうと思ったので、態とそうした。眉を少し顰めた鉢屋は、立花の思惑通りに自分が何を言わんとしているのか気が付いたようだった。ぱっと顔が自分の方へ向いた。

「未来を、変えようとしているということですか」
「確証があるわけではないが。境目となる時間が存在しているのだと未来の鉢屋は言った。あの時、その事実に気が付いていれば事情が変わったのだろうか、と嘆いてもいたな。私はそれを託された」
「……良い方向へ、変わってはいるのですか」
「それはわからない。私は、言われたままのことをしているだけだから」

 何もしないよりはマシであるからというその信念だけで、立花は此処にいた。はっきりと確証を持たずに口にしていることに、自らもどかしさを感じる。ここではっきりと、勇気づけるようなことを告げられれば良いのだがそれはできなかった。自分が持っているのは、真反対の残酷な未来だけだ。せいぜい、そうならないように、という忠告をすることしかできないのである。

「何故、先輩はそこまでして未来の私に肩を貸してくれようとするのですか」
「ああ、それは最もな質問だ。何故だと思う」
「……あの組織に勤めていた城が崩壊させられてしまった、とか。その筋でしょうか」
「それでは、私とお前を繋ぐものがないだろう。お前は表向きは、あちら側に属していたのだし」
「では、どういう経緯で。まさか個人的に手を貸して下さった、なんてことはないでしょう?」

 むしろ、それだけはあり得ないと言わんばかりに皮肉気な笑みを口元に添えた。
 
「仲間のためだ」
「仲間、とは?」
「もちろん、学園の同胞だ。覚えているだろう」

 潮江、七松、中在家、食満、善法寺、と彼の一つ上で、立花と同じ学年であった者の名前をあげる。当時の彼らからしたら、目の上のたんこぶのような存在だっただろう。年が近い分、敵対心が強かった。仲が悪かったというわけではない。人それぞれ人格も異なるのは当然で、上手く付き合っている者もいた。しかし、全体的に良好な関係であったとはもちろん言えなかった。立花が彼ら五人の名前を口にしたことで、もう理解してしまったのだろう。ひくりと、鉢屋の喉が鳴った。それに呼応するように立花は自嘲のような笑みを浮かべた。自分にも鉢屋と同じように失いたくない存在があったのだ。自分の手で殺さなければならない、その可能性がもちろんあるというのに、なんと矛盾した感情なのだろうか。いざ、他人の手によって亡くなったと聞けば途端に取り戻したいと願った。惜しむばかりではなく、時を超えてしまうような禁忌までも起こしてしまうほど、強くその感情が自分の胸に宿ったのだった。

「じゃあ、……あいつらは?」

 ここに来て、初めて鉢屋の表情が動揺に染まった。あいつらとは誰のことを指すのか、そんなことは問わずともわかることである。

「どうして、鉢屋が私にこのようなことを依頼するのか。それを考えればわかるのではないか」

 あの自尊心の高い鉢屋が、頼みたくもない相手に頭を下げてまで託した。そうさせるほどの動機を持つのは、この世界に偶然にも―というには聊かできすぎた組み合わせではあるが―共にやってきたあの四人の未来を末永く続くものにしたいから、ということに他ならない。ただ、未来の鉢屋と現在の鉢屋は考え方も異なるだろう。理解できない様な表情を浮かべて、疑がわしい視線を立花に投げつけた。軽くため息をつく。疑い深いことは忍の世界では良いことである、が、時と場合があることを理解して欲しかった。

「私はお前の味方だよ。それだけは忘れるな」

 肩の重荷を抜くように軽く、ぽん、と彼の背を叩いた。これ以上、話すことは存在しないだろうとそのままその場を後にした。鉢屋はしばらくその場に立ち尽くしていた。





 home 
*110131