*尾浜視点

 次の日曜日、は普段より身嗜みに気を使った格好をしていた。ふんわりとした女の子らしい黒のスカートを履いているところなんてこの一ヶ月見たことない。化粧もどこか気合が入っている。普段が無理をしない薄化粧なら、今日は濃すぎない程度にばっちり装備した、という感じだ。滅多に付けない甘い香水をしゅっと気にならない程度振り付け、完ぺきだと言わんばかりに居残りメンバー組に笑顔を向ける。

ちゃん、付いていかなくて平気?」
「うん、一人で出かけるわけじゃないから。心配してくれてありがとね」

 やんわりと不破がそう提言しても断る始末。この一言で全員が確信しただろう。男だ、と。尾浜にとってはに彼氏がいようがいまいが全く関係ないのだが、隣で興味がないふりをしながらテレビを見ている竹谷は気が気じゃないに違いない。さすが忍といったところで動揺すら顔に出てはいないが、事情を知っている尾浜からすれば彼が気にしていないはずがないと確信していた。じゃあいってきます、とひらりと片手をあげて出ていく彼女を見届けると、あーと低い声が聞こえてきた。そんなに嘆くことか。

に彼氏がいるって知らなかったの?」
「初耳だっつの」
「兵助も?」
「ああ、俺も知らなかった」

 大体、この二ヶ月ともに暮らしてきて全く男の影すら見えなかったのだから、当然彼氏持ちだとは思わなかった。竹谷は拗ねたようにそう零す。忍者の性質ゆえに色恋沙汰には大抵敏感であるはずのこの二人に悟らせなかったのだから、よほど束縛を嫌う相手なのだろうか。それとも双方が連絡を頻繁にとるようなマメな人物でないのだろうか。まあ、自分には関係ないけれど、と深くのめり込みそうになった思考を閉じる。悶々とした表情で、ごろごろと横になる竹谷をちらりと一瞥した久々知が耐えかねたように告げた。

「気になるなら、尾行でも何でもすればいいんじゃない」

 さらり、と口にした久々知の顔を竹谷は睨む。冗談じゃない、とでもいいたげな表情であった。

「そんな情けない真似ができるかよ。任務じゃあるまいし」
「あ、じゃあ、俺がはっちゃんにの彼氏を確かめてこいっていう任務出してあげるよ。報酬はコンビニのからあげね。はいいってらっしゃい」
「からかうな、勘右衛門」

 そんなつもりはない、ときっと彼は尾浜に鋭い視線を寄せる。尾浜はその恐ろしい表情に一つも動じず、微笑みを浮かべていた。もう冗談だよはっちゃん、と緊張感のない声で発言ができるほどに。ただ、その会話についていけてない人物が一人いた。不破だ。ぽかん、と竹谷を見つめて首を傾げる。

「はっちゃんって、ちゃんのこと好きなの」

 ここで、うんそう、と竹谷は答えなかった。代わりに、苦い顔を見せる。肯定したも同然だった。不破はぱっと出の発想が真実だということを態度で示され、なんとも言い難い複雑な表情をした。尾浜としては彼が竹谷の感情に気がついていなかったことが驚きだった。が、竹谷の態度もそこまであからさまではない。本人は気がついていないだろうし、自分だってあの強請が無ければ気がつかなかったかもしれない。ただ、竹谷自身はには隠そうとはしていても、それ以外の対象に関してはばれようがばれまいがそれは時の運だと思っているところがある。どちらにせよ、叶わない気持ちだと腹をくくっているのかもしれない。不破が言葉を発しようと唇を動かす前に、咄嗟に竹谷はそれを止めた。                                                                                

「尾行なんてこと俺はしたくねぇの。アイツは俺らを信用して、好きかってやらせてくれてる。それにそむきたくない。が言わなかったのは、知られたくなかったからだろ。だったら知らないままでいい」
「よっ、はっちゃん男前!」
「……だから、勘。茶化すな」

 きつい眼差しで一瞥される。はいはい、と尾浜は笑みを顔いっぱいに浮かべてぽんと竹谷の肩をたたいた。

「じゃあ、俺はちょっと出かけてくるね」
「あ?……今さっき尾行すんなって言ったばかりだろ」
「それははっちゃんの事情でしょ。俺は個人的に気になるから行って来るだけ」

 不破も竹谷と一緒になって口先で駄目だよ、と止めはしたが、不破は不破で鉢屋が接触してきたときのことを懸念しているのだろう、その声は迷っているような印象を受けた。彼はいつ、どこで彼女と接触するかわからない。忍びとしての実力は此処にいる誰よりも上なのだ。こういう一瞬の穴が命取りになることもある。だから隠れて尾行することも必要なのではないか、と言った。尾浜としても鉢屋との接触の機会を逃すわけにはいかなかった。彼女が駅前で待ち合わせだということはそれとなく聞いていた。鉢屋は女性に化けてしまう可能性だってある。つまり、女子トイレで狙われることも想定できるのだ。そうなった場合、彼氏という名の一般人が役に立つだろうか。そうぺらぺらと告げる尾浜は、本当のところは気になってたまらないだろう竹谷の頭を一撫でした。

「大丈夫、邪魔はしないよ」

 少し、不満そうにしながらも竹谷自身が赴くことは決してない。そこには私情が見え隠れしている。不破は、あまり大っぴらに鉢屋と対面させない方がいい。久々知は止めも勧めもせずましてや関わりもせず、のうのうとの教科書に目を通している。総合的に見てここは自分が一番適任であろうと判断し、渋る竹谷を軽く宥めて尾浜は家を出た。





 あの男が出てくるまでは、尾浜も竹谷に告げた邪魔はしないという言葉通りのつもりであった。が、まさか本当に彼がこの場に現れるなどと想像もしていなかった。不破の顔を借りているその顔がひょっこりと人ごみから顔を出した時は、やはり彼は毎日ずっと彼女の行動を監視し続けていたのではないかと改めて確信する。今までは必ず四人のうち一人がずっと彼女の傍にいたので、近づけようにもできなかったのだ。やはり、着いてきてよかったと、彼の胡散臭い笑顔を見て軽く息をついた。鉢屋は不破の顔であっても、鉢屋らしさがにじみ出ていた。雰囲気はまるで違う。だからこそ、自分たち同級生は見分けられたのであろうし、またもいち早く彼が鉢屋であることに気がついた。

「話したいことがあるから、お茶にでも誘おうと思って」

 鉢屋はふわり、と微笑んだ。見た目だけは確かにそう見える。しかし、底意地悪い感情が辺りを這い廻っているように尾浜には見えた。変わってないな、本当に。相手の男はに促されるようにしてそそくさと帰ってしまうし、近づくしかないだろうか、と行き先のスタバを見る。店内があまりにも狭すぎるので勘づかれてしまう可能性が多いにある。今でさえ、もしかしたら彼は尾浜が彼女を追跡しているとしった上で話しかけたのではないかと勘繰ってしまいそうになるというのに。人ごみに埋もれているなかで、気配を感じることに敏感であるのは自分も彼も同じなのだから。

「でもまあ、行くしかないかな」

 ほっておくわけにはいかない。会話の内容が聞こえずとも、観察できるような位置にいなくては。そう思ってどこか場所を確保しようと思ったが、偶然にも、この人ごみの中に知り合いを見つけたので思わず彼女に声をかけた。いいカモフラージュになるかもしれない。

「美鈴先輩」
「あ、あれ、尾浜くんじゃん。どうしたの、こんなところで」
「それより今暇ですか?よかったら、スタバでお茶しません?」
「……うん?帰ろうと思ってたとこだし、いーけど」
「それじゃあ、行きましょうか」

 へら、と笑いかけて不思議そうにしている彼女の背中を押す。美鈴という名の彼女は尾浜と不破が働いているコンビニのバイト先の先輩だった。付き合いはまだ短かったが断れなかったのは幸いである、と同時に彼女が割合整ってあろうとされる自分の顔に興味があることを知っていた。用事でもない限り断られないだろうと半ば確信していたのだ。注文を彼女にさせて、席だけを先に陣取っておく。丁度鉢屋たちからは見えない、ギリギリの位置で。気付かれても、もはや構わないと思っていた。緊張した趣で話を切り出す彼女と真剣な表情で向き合っている鉢屋を盗み見た。一仕事しなければなあ、とこれからの展開を考えて彼は笑った。





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*100824