翌日、買ったばかりの真新しい服に身を包んで、鈴木との待ち合わせ場所に急いだ。一見すればこれはデートのようにも見えるが、なにしろ相手が相手である。異郷の地に来てすぐ友達になり、今までずっと仲良くしてきたせいもあり友人と遊びに行くという心境となんら変わりはなかった。アパートが双方とも大学の近辺であることから、もっぱら大学の近くのコンビニから待ち合わせて最寄りの駅やバス停まで共に行くことが多い。今日も今日とてそれは変わらず、ちらっとコンビニに目をやれば雑誌を立ち読みしている鈴木がいた。

「おはよう」
「うん、おはよう。……じゃあいこうか」

 行った先は映画館だった。映画の趣向は私は恋愛系、彼はアクション系と微妙に異なるのだが、話題作となれば別。アクションと恋愛をコラボさせているものも多い。それに、ずっと見たかった作品でもあったので、それなりに私も彼も楽しめたようだ。そのまま、近辺の洋食店でお昼を食べながら映画の感想や、学校のことなどを語り合った。学科が異なるので、それぞれ抱えている悩みもばらばらで、自分とは違う悩みに驚かされたりもする。しかし、その普段通りの会話の中に、どこかそわそわした、何か聞きたそうな焦りを私は彼から感じていた。正直、こちらから言いだそうかどうしようか、と思っていたのだが、オムライスを間食し手持無沙汰になったところで彼の方から意を決したようにぽつりと口にした。

「あの、さ」
「うん、何?」
ちゃんって、恋人いる、よな?」
「……ああ」

 そういうことか、と私は苦笑いする。律子にも言われたことだ。相変わらず彼女にははっきり告げていないのだが、彼女は彼女で竹谷を私の恋人だと思っているし、その一方で学校に行けば久々知が恋人になってしまっている。実際のところどちらも正しくはない、偽りの内容なのだがどう答えればいいのだろう。

「前に、竹谷に家の鍵押し付けてただろ。そういう関係なのかって思って。でも、大学では、久々知の方と付き合ってるって噂が流れてるし。……いやよくわかんなくなってきて」
「うん、まあ、一緒に暮らしてはいるんだけど」
「どっちと?」
「両方」
「えっ」

 空いた口が塞がらないとその表情は表している。実際、私も他人からそんな話しを聞いたら驚愕するであろう。年頃の男女が付き合ってないのに一緒に暮らす、なんて。非常時でないと有り得ない事実である。けれど私たちの場合は非常時にしっかり当てはまると考えるのだ。

「苗字は違うけど、親戚同士でさ。小さい頃から仲が良かったの。二人でルームシェアしてたんだけど、急に改装の予定が入ったらしくて、終わるまで預かってるわけ。久々知と付き合っているっていうのは単なる噂で私からは一度も公言したことはありません」

 我ながら上手いいいわけだと思うのだが、どうだろうか?そこに実はプラス二人増えているという事実もあるのだが、そこはまだばれていないので隠し通しておこう。そうしよう。いい加減大うそつきになってしまっている自分に呆れてしまう。納得、してくれるだろうか。というか納得してもらわないとこれ以上の真相を彼に話すわけにもいかず、話したら話したで自分が隠れヲタクということがばれるわけで。

「普通は神経疑うなあ。一人暮らしの女の子の部屋に男子二人も住まわせるなんてさ」
「親戚だからこそっていうのもあるよ。昔から知ってる人じゃなかったらできないし信頼もあるからでしょ。特に兵助は真面目だからねえ」

 あることないことぺらぺらと語っているが、なによりまず、真相の方が信じられなかったりするのである。鈴木はいたって一般的な男子なのでにんたまだって過去の記憶でしかないだろう。運が良ければ昔見ていた、というくらいでそこに上級生が存在したということを知っている可能性は少ない。また健全に生きていくにはいらぬ知識だとは思う。訝しい表情をしていたが、私がそう言いきっているので信じるしかない、といったところだろうか。

「じゃあ、二人とは恋人ではない?」
「もっちろん。……っていうか、鈴木くんがそういうことを聞くこと自体、珍しいよね。どうしたの?」
「そりゃあ、自分のバイトの同僚に変な噂と勘繰りがあったら気になるもんじゃないの」
「……そ、それもそうか」

 私だってもし鈴木が二人の女性とーそれもよく知る間柄の女性二人と―暮らしている、としたら、疑わしく思うかもしれない。そこに噂といえど双方との恋愛関係が浮き上がれば尚のこと。問いつめる、とまではいかないが確かに不信に思ってしまうかもしれない。人の勝手といえば勝手なんだけれども。冷えた水をぐいと流し込みながら、彼はまあ今のところはそれでいいか、とぼそりとこぼした。

「あんまりおにーさんに心配かけんなよ」
「おにーさんって……数か月誕生日が早いだけでしょう。そうやっていっつも年上ぶるんだから」
「そうだっけか。ごめんごめん」
「顔が笑ってる。謝ってない」

 剥れたようにふい、と顔をそむけた私に対して、鈴木は笑みを見せた。いつも見せているような笑顔なのに、その時私は突然ある一人の人物を思い出してしまった。そうだ、鈴木は誰かに似てると思っていたが竹谷に似ているのだ。新たな発見に子供扱いされるのもそう考えれば彼と同じ行動だな、と日ごろの生活を思い返していた。





 昼食を食べたあとはそのまま帰ることとなった。私は時間に余裕があったのだが、彼の方はもう一件のバイトが午後からあるらしく帰ってシャワーを浴びたいのだとか。昨日、今日で買い物もやりたいことも終えてしまっていたので私も彼について帰りのバスに乗ろうとバス停まで歩いた。

「あれ、さん」

 が、思いもよらない、否、言い方に寄っては今だからこそ出会うべき人物と鉢会ってしまったのである。目の前から歩いてきたのは、不破……しかし、彼の呼ぶ私の名前、見せる笑みからそれが謝りであることに瞬時に気がつく。思わず後ずさりしてしまった私を見て、鈴木は知り合いか、と懐疑的な表情を浮かべていた。知り合いではあるが、関わりたくない、むしろ関わるなと強く言われている人物に出会ってしまったのだ。態度が可笑しくなっても仕方がない。

「こちら、彼氏?どーも、初めまして。さんにはお世話になってます」
「いや、俺はただの友達で……貴方こそ誰ですか」
「私は、そうですね、知り合いというには聊か心もとないような気もしないでしょうが、はてさてどのように表現すればいいのか。私個人としては恐らく、ただの知り合い以上、友達未満といったところが妥当だとは思いますけれど。ところで、さんはこれから帰るとこ?だったり?するのかな?」
「……そうだけど」
「丁度良かった。話したいことがあるから、お茶でもどうかな」

 くい、と近くにあるスタバを指さされた。以前、久々知と夢菜が言い争った場所でもある。断ることが恐らくベストの選択なのであろうが、目の前にいる彼の目は有無を言わせなかった。ごくり、と無意識のうちにつばを飲み込んでしまうことどの圧力が笑みから伺える。そんな私を見て鈴木もあまり鉢屋にいい印象を抱かなかったのだろう、明らかに困っている私に一言、どうするの、とだけ囁いた。首を仄かに横に動かせば、きっと彼はここから私を連れ出してくれるだろう。けれど、ここで自ら姿を現してきた鉢屋には何か意味があるのではないか、とそう思ってしまう。

「わかったけど、私に一体なんの話しがあるって?」
「それは、ここで言ってしまっていいの。きっと彼には聞かせたくないことだと思うけど」
「……とりあえず、スタバに行きましょうか。じゃあ、鈴木くん、ごめんね。ここでお別れってことで」

 すちゃ、と手をあげてついでに笑みも見せて彼に別れを告げた。心配そうな顔つきではあったが、ひらひらと手のひらを振ってバイトに遅れないように、と促せば渋々といった表情をしながら彼は帰路についた。その後姿を見送ってから、貼りつけていたうさんくさい笑みを引っ剥がして、鉢屋に向き合った。スタバに入って、カフェラテを頼む。会計を払おうと思ったら止められた。ここは私が払うから、とはこの間とは違って幾分も紳士な態度を示すようになった彼に首を傾げる。どういう心変わりであろうか。しかし奢ってもらえることは助かるので感謝の言葉だけ告げて先に席を取っておくことにした。寒い中外に出てなるべく公衆の目の前にいれるようにテラスに座った。人がざわざわと通り過ぎる中、ふう、と小さく息を吐く。さて、問題はここからだ。





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*100824 ただいまの心境を簡潔に述べよ→三郎\(^O^)/