私と不破はそのまま私がいつも訪れるブランドの店へ足を運ばせた。服を選んでいる最中もぽつんと一人でいることが嫌なのか、不破はずっと隣に居るので店員さんに「彼氏さんですか」と何度も言われてしまっていた。兄弟です、というには似ていないし、友達です、というのもわざわざ二人きりで買い物に来るか、と変だったので曖昧に笑い返した。不破はこちらの服のセンスがわからないなりに、試着をしてみると「可愛いよ」とか「こっちの方が似合ってるんじゃないかな」といろいろと指摘してくれた。つくづく彼氏にするには良いタイプの男の子だ。竹谷、久々知はこういう買い物は興味がなさそうだし、尾浜は相手をしてくれそうだけどずけずけ言われそうで少し怖い。不破のかわいさプラス誠実さに店員さんも終いには「あーん彼氏にしたい」と嘆いていらっしゃった。まったくもって同感である。

 今回私が買いたかったのは服とそれに見合う靴だったので、割合早く終わってしまい、後は不破のリクエストにも答えながらぶらぶらと街を探索することに決めた。雑貨屋さんや本屋さん、またどうせなら不破の服も一着買ってやろうと男性ものがある店へも入った。彼もアルバイトを始めたので、後払いということで。ひと段落ついたところで、手頃な喫茶店に入る。甘味好きの彼と来たのならば、是非とも美味しいデザートは共に食べ合いたいところだ。この間の安めのプリンでさえ顔を綻ばせていたのできっと喜ぶに違いない。そうにやにやしながら喫茶店でメニューを開いた。今は寒々とした二月、この時期だとチョコレート系か早くて苺系のデザートが売り出し始めるんだよな。大体、二月になるとチョコレートが多いだろうけれど。ちらちらとめいいっぱい美味しそうに映っているデザート類に目を動かしている不破に微笑みながら、何気なく問いかけた。

「チョコレートって向こうにもあるの?」
「ちょこれーと?……ううん、ないと思う。僕は知らない」
「カカオからできるあまいお菓子のことなんだけど。例えばこのガトーショコラとかに使われてる真っ黒なこれがチョコレートだよ」
「がとーしょこら、か。うーん、どれもおいしそうだしなあ」

 またお得意の迷い癖が出てるようだ。先ほどからとある個所に視線が絞られている。ちょいと覗きこむと、この間食べたばかりのプリンと、私が取り上げたガトーショコラと、鮮やかな色彩が目立つ苺のショートケーキを彼は見つめていた。ものすごく分かりやすいのだけれど、これは忍者としてあるまじき行為なのではないのか。

「私、ガトーショコラ頼むから。好きなの頼んでいいよ。食べれるなら一つじゃなくても」
「ええっと、じゃあ、この苺のやつで」
「ショートケーキね。了解」

 やってきたウェイターさんに注文して、さて、とお冷やに口を付けた。部屋の中は暖房がかかっていてほどよく暖かい。厳しい寒さが続く中にずっといた私たちには有難い温もりだった。

「なんだか、こうしてるとデートみたいだね」

 えへ、と友人が見れば気味悪がる―もしかしたら竹谷や久々知が見てもそう思うかもしれないが―ような照れくさそうな表情をついつい浮かべてしまった。自分で気持ち悪いなと思いながらもどうやら不破を目の前にすると自然と被ってしまう猫というものが存在するらしく、やってしまったと内心後悔しながら目の前の整った顔を見つめた。

「ん、でーとって?」
「これも外来語か。デート、逢い引き?とはちょっと違うような……えっとなんていうんだろう」
「逢い引き……ってちゃん」

 途端に不破の耳がほんのり赤くそまった。うむ。不破の不破らしい反応に少しだけ満足感を覚えると同時に緊張がピークに達してきた。恐らく尾浜なら「気持ち悪い」と白い目で場の雰囲気を凍らせてくれることなど朝飯前のように思えるが、そのように初々しい反応をされるとどのように接していいかわからない。自分で自分の首を絞めてしまったと、あれこれ冷静になろうと無言のまま考えを落ち着かせている時にふ、と思い浮かんだことがある。とてもこのような場所でいうべきことではなかったが、なんにせよ彼と二人きりになることなど滅多にないのである。ここで聞かなければ何時聞けるであろう。悩みながらも口を開いた。

「あのさ、私、雷蔵に聞きたいことがあるんだけど」

 改まった口調に、きゅ、と彼の顔が引き締まる。続けざまに鉢屋のことを実際はどう思ってるのか、とそう口にしたいのはやまやまだが、できるはずもなく、開きかけた口をぱくぱくと鯉の餌ごいのように動かした。不審な動きをする私の口元を見て、彼は苦い笑みを零した。

「三郎のこと、かな」
「……言いたくなかったら、言わなくていいから」
「いや、一番気にさせていることだろうしね」

 不破は何が聞きたい、と私が彼のことを知らないと思っているが故の申し訳なさそうな表情をしながら問いかける。実際のところ、私は鉢屋という人物のほんの一角を知ってはいるし、彼がどのように学園の中で生活していたか、その一部を垣間見ている。けれど、私は直接不破の口から彼をどのように捉えているのか、それが聞きたかった。

「鉢屋くんってどんな子だった?」
「どんな……ねえ」

 言葉が途切れる。どう話していいのか、悩んでいるようだった。

「昔の三郎は変な子だったよ。小さい頃は、僕と同じで泣き虫だったけど変なところで意地っ張りで恥ずかしがりやな子だった。悪戯が大好きで、僕とはっちゃんが同じクラスだったんだけど、被害を被ってたのは主にはっちゃんと僕と下級生だったかな。変装が得意でね。誰も、三郎の本当の顔は見たことないの。ちゃんは、三郎にあった時僕と同じ顔をしてたって言ってたよね。それも変装なんだよ。それで僕たちの顔を使っていろいろ悪戯されて、言いがかり付けられたりホント散々だったけど。でも楽しかったなあ、あの頃は」

 過去を懐かしむ不破の表情はどことなく寂しげで、けれど今までで一番楽しくてしかたがなかったという感情をも表していると思った。心からの笑顔、というのだろうか、今まで私や彼らに向けたものでもない感情が籠っていた。過去は美化されるものだとよくいったものだが、過去自体が彼にとっては輝かしい存在なのだろう。

「雷蔵はさ、鉢屋くんのことが今でも大事なの、かな」
「え」
「来た時はすごく気が張ってて、勝手にしろって皆に言ってたけど、今の話しを聞いてるとその言葉が嘘のように聞こえるから」
「そりゃあ、大事だよ」

 当り前でしょう、と言う様に不破は目を細めた。

「はっちゃんも、兵助も、勘ちゃんも、三郎も。僕にとっては今でも大切な存在であることには変わりないんだよ」

 敵として対峙するようになったとしても、大切な存在であることには変わりはない。例え手に掛けてしまうような出来事になったとしても、それはそうなる運命であったと言うだけ。殺した方にも殺された方にも罪はないのだ。忍者とはそういう存在。自らも大勢の人の命を奪っているのだから、仲間だからといって殺すことを躊躇ってはいけないし、またそれと同時に自分もそうやって殺される可能性があるのである。だからこそ、不破はこの世界に来てからの事態を受け入れることに戸惑いを覚えている。

「大切だからといって、今あの頃の様な生ぬるい環境にいられるかどうかというのは別だけれど。あの学園で過ごした時間があったからこそ、僕はこうして生きているのだと思っている」

 そう、不破は締めくくった。私は不覚にも安心してしまった。鉢屋が以前つきつけたように、自分はなによりも「仲のいい五年生」を欲しているのだと同時に実感してしまったが、不破の感情を知ったことでとてつもない安堵が込み上げてきた。鉢屋が言う様に、私が好んでいる、否、そうであってほしいと願っていた彼らの関係は案外ドライで、むしろ殺伐としていて、実際は全くそのような理想の関係ではなかったのかもしれない。特に現在においては。しかし、不破が言う様に現在はもう変わってしまったことだけれど、過去が実際どうであったか。貶してしまうほど愚からしい空虚な関係であったわけではなく、彼のように儚い思い出となって心に留まっているようなものであったとしたら。そうだったらいいな、とただ私は望んだ。

「泣きそうな顔してる。こんなことに巻き込んでごめんね」
「……いや、私こそ思い出させてしまってごめんなさい」

 いいよ、と彼は言った。その声はとても柔らかだった。





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