長く続いていたテストが終わると、切羽詰まっていた気持ちも随分か楽になる。終了のチャイムが聞こえたあと、私は急いで家に帰った。テスト週間中は家には大体誰かいるので、大学の図書館を利用していた。バイトも休めないので顔を出す。そうして忙しそうにしている私を見かねてか、今日まで久々知が料理担当を代わってくれたのだ。家事も他の皆が手伝ってくれる。過去に学生だった頃を思い出しているのか、テスト期間中は随分と優しくしてくれた。 「うっわ、いつもながら美味しそう」 解放感からか笑みを顔に貼りつけて玄関をくぐると、みそ汁のいい匂いがした。久々知が作る料理はもちろん和食が多い。私が母親に持たされたレシピ本を何冊か棚に置いているので洋食も出てくることがあるが、それは極めてまれだった。今日のメニューは鮭の塩焼きになっぱの胡麻和え、お味噌汁、卵焼き、冷ややっこというところだ。その出来栄えの良さとバランスのとれたメニューから私よりも久々知がこれからご飯を担当すればいいのではないだろうかといつも思っている。 「おかえり、。テストはどうだった?」 「なんとか終わった。にしても最後が法学っていうのはね……きつかったわ」 「あの先生は小テストも毎回難しかったから。落ちてないといいな」 「ホントそれだよ」 「ご飯食べる?」と久々知に聞かれたので、こくりと一つ頷いた。……どこの新婚プレイなんだろうなこれ。段々と恥ずかしくなってくる自分がいる。仄かに朱を帯びた顔を隠しながら茶碗運びを手伝うため私はとりあえず荷物を中に置きに部屋に入った。 中には珍しく三人全員がそろっていた。竹谷と尾浜はモンハンを繰り広げていて、不破は私のベットの上であぐらをかきながら本を読んでいる。「ご飯にするからゲーム終了」と、批難の声をあげる二人を無視しながら電源を落とし、テーブルを出すように指示した。何かと狭いのでその分土地を有効活用することが大切なのだ。よく暮らしていると思う、この人数でこんな小さな部屋に……。 テーブルを囲みながら食事を終えると、不破と二人で食器洗いをする。これも大体担当が決まっていて、不破かもしくは尾浜が手伝ってくれている。何気ない会話をしながら洗い終えて、またモンハンが繰り広げられている自室へと二人で入った。風呂掃除は竹谷がしてくれていたようなので後はお湯をおとすだけだ。その前に一息つこう、とベットに座り込んだ。 「、携帯なってた」 ひょいと久々知が私のピンク色の携帯を投げた。青でぴかぴか点滅していることからメールか、と判断して受信トレイを開いた。 「あれ、鈴木くんからだ」 珍しい、と思いながら本文に目を通す。そして、12月末にバイトをいきなり交替してもらったことを思い出した。あれからシフトの組み合わせもあり、中々鈴木とは顔を合わせていなかったのでそれまですっかり忘れていた。テストが終わったあとすぐ冬休みに入るのでその間にどうか、ご飯を奢ってもらうついでに、新作の映画のチケットがあるけど見に行かないか、というお誘いだった。ふむ、と私は一言相槌を打つ。映画、か。テスト明けの気分転換には丁度いいだろうし、なにしろこの逆トリップが始まってからオフ友とはろくに遊んでいなかった。成人式くらいだろう。早速、肯定の返事を送り返した。 (冬物の服も全く買ってなかったし、買い物も行きたいなあ。夢菜でも誘うかな) ぴぴぴ、と慣れたように文字を打つ。暫くして、双方と日程の調整を終えた後、私のぽつりとした呟きに敏感に反応した不破が「どうしたの」と問いかけてきた。 「いや、明日さ誰か暇な人いないかなって。午後から友達と買い物に行くんだけど二人くらい付いてきてくれたらうれしいなあと」 「明日は無理だ。バイトはいっちまってる」 「俺も忙しいなー。明日はモンハンをここまでするっていうはっちゃんとの約束が」 竹谷と尾浜はそれぞれ理由があるらしい。尾浜の場合は予定というか……まあ無理に連れて行くこともないだろう。残りの二人に視線を合わせてみれば、ぽそりと久々知が呟いた。 「どうせ荷物持ちだろ」 「あらやだ兵助くん、よっくわかってる。まあ、その代わりアイスかなんか奢るからさ」 「豆腐も付けるならいいけど。雷蔵は、どうする?」 「僕もバイト休みだから行こうかな。……その、友達って女の子?」 「うん。大学の友達で夢菜っていう子」 「ああ、あの子」 久々知の顔にちょっとした変化が見えた。少しだけ複雑そうな顔。夢菜とひと悶着あってから一ヶ月は経っているし、ちゃんとお互いに謝罪し合ったのだけれど、それ以来会うことが無かった。夢菜は自称久々知ナンバーワンなので、あの気まずい空気のまま終わらせたくはないという気持ちはそれなりに強い。それを見かねて私は今回こういう風に声を掛けたのだ。……久々知の予定がフリーでよかった。それに、不破が一緒であれば幾分か空気も和むであろう。よし、と上手くいったことに心の中でガッツポーズをかます。 「じゃ、明日は二時くらいに大学前で待ち合わせだから。よろしく」 びし、と人差指をさして「遅れないように」と忠告しておいた。 本日は晴天なり。少しばかり風はあるが、普段よりは暖かかった。マフラーを首にぐるぐる巻いて、三人で大学の正門前で待ち合わせをする。緊張しているのか、夢菜はちょっと遅れてくるようだった。今日は人目も気になるのでちょっと髪の毛だけ彼らの分もいじってみた。久々知はもし斎藤がこの世界に来ていたなら真っ先につけそうであるヘアピンを長い前髪を止めるためにつけてみたり。堅苦しい感じなのでこれくらいで丁度いいと思う。不破はふわふわで緩やかな髪の毛にワックスを付けてちょっと整えてみた。いつものルーズな感じもいいけど、整えるとその分見栄えがよくなる。いつもより数倍気合が入っている夢菜がこのあと合流した。朝から平日の昼と同じテンションを保っている彼女には感服してしまう。 「初めまして、不破雷蔵くん。んで、お久しぶりやんな、久々知兵助くん!」 「初めまして、夢菜さん」 「夢菜でええよ、うちも雷蔵くんって呼ぶし。あ、兵助くんも気兼ねせずに夢菜って呼んでや」 元気にすちゃ、と手をあげた夢菜を見て、なんとなく安心した。それは久々知も同じだったのだろう、前回、前々回とどことなく気まずい雰囲気のまま終わってしまった会話を思い出して、苦笑いを零し気を使わせないようにしている夢菜の言葉に、ああ、と頷いた。不破は元気のいい子だな、と目を細めている。一通り自己紹介を済ませた後、ウィンドーショッピングへ出かけることとなった。 基本的に私と夢菜では服の好みが異なる。夢菜はどちらかというとギャル系。私はカジュアル系。むしろ安ければそれでいいと思う時もある。その時の心境に応じてことなるが大凡コミケにつぎ込まなくてどうする、という心持なので金欠の時はその分服と食費に影響がいった。ただ、今は彼らと同居しているのでそういったことが疎かになっているのは事実だ。彼らの前でPCをつついて芋兄弟ハアハアとはやっていられない。ドン引き確実である。なにより、目の前の彼らと付き合っていくことがなによりの刺激なのでそれをする暇さえなかったわけである。ということで結構お財布の中身はいつもよりかは入っていたりするんだなこれが。 さて、どこの店から回りますかね、と夢菜の方へ視線を寄せると、がばっといきなり肩を組まれた。ひそひそ話をするように、顔を近づけてにやり、とした笑みを浮かべる。何を企んでいるんだといわんばかりの表情だ。 「ちゃんってにんたまやったら雷蔵くんが一番好きなんやろ?……ということで兵助くんはうち、雷蔵くんはちゃんってことでどうか一つよろしく」 「ちょい待って。……もしかして二人連れてきてと言っていたのは、最初からそのつもりだったということか!」 「うん。ええやーん!兵助くんに忍コスしてもらおうと思ってちゃんと衣装もってきたんやもん。一日でなんとか上手く説得してデジカメでぱしゃる、それが今日のうちの最大の任務!友達用のでかめの五年忍服があってほんまよかったわ。後で焼き増ししてちゃんにもあげるから、見逃して!な?」 なんというオタク根性、と空いた口がふさがらなかった。当の私は忍コスよりも現パロ化した彼らをぱしゃりたいと懇願していたタイプの人間なので気持ちはわからなくはない。天秤で久々知本人と忍コス久々知が揺れ動いた。 「…………保存用と観覧用二枚で手を打とう」 「おっしゃ!」 正直な気持ちを吐露すれば、夢菜はにかっと笑みを浮かべた。オタクだからこそ分かりあえる何かがそこに存在するんだよな、ごめんよ兵助と心の中で謝っておく。すまない。けどぶっちゃけ私も青色忍服コスプレが見たいのである。結局はそこだ。それにしてもパワー溢れる夢菜の行動力には感服である。久々知をずるずると引きずって上機嫌なままそこで別れた。残された不破と私は少し顔を見合わせた。 「それじゃ、私らも行こっか」 「……うん」 この時、不破の顔には哀れ兵助とありありと書いてあったが、けしてそれを口にしなかった不破の判断は正しいと言えた。 |