*久々知視点

 三人を意図的に外食に連れ出したその日のバイト上がり、自分は竹谷と共にバイト先とは違うファミレスで遅い晩御飯を取っていた。この世界にはもう慣れたもので、個々の財布も自分で管理しているし、このようにがいなくともファミレスでご飯を食べることにも既に慣れていた。そんなに機会があったわけではないが、特にが里帰りのため帰省していた期間中は本格的に自炊をしなければならなかったのでコンビニやファミレスにお世話になったものだ。目の前でハンバーグ―竹谷はどうやらそれが一番のお気に入りらしい―をぱくついていた。あっさりとした讃岐うどんを頼んでいる久々知とは随分と対照的だった。

 二人だけで会話する機会を持ったのはまたこちらにも別の理由があった。今後のことを―不破も尾浜もいないところで、二人だけで話しておく必要が合ったのだ。

 忙しいバイトの合間、暇を見つけては竹谷は図書館に足を運ばせていた。もちろん、久々知もそれは同じだ。ただ、好奇心に負けて大学に通い始めてからは竹谷に情報収集は頼りっぱなしになっていた。しかし、どこを探ってもあれ以上に手がかりになりそうなものは出てこなかった。前例がない、というの言葉に半ばあきらめかけていたときに、あの雷雨が起こったのだ。

「三人が来た時の状況は、俺が来た時と全く同じだったな」

 久々知の言葉に、竹谷は神妙な表情で頷いた。雷雨がこのトリップの原因であることは明らかだった。あくまでタイムトラベル―というものは、架空の存在でしかない。現実には起こり得ないものだ。しかし、フィクションという分野の中でタイムトラベルが確立しているのは調べていく上でわかった。そのタイムトラベルの中に、天変地異で引き起こされる種類のものがあるらしい。二度目のトリップで証明された雷雨―これはそれに当てはまるのではないか、と竹谷は意見を述べていた。

「それに、聞いたところによると、なんの偶然か知らねぇが、俺らが飛ばされた城にアイツらもいたんだろ」
「そうらしいな。もう、廃墟と化していたらしいが」

 尾浜に聞いたところ、やはり時間だけそのまま移動したという感じだった。場所は尾張のあの場所。可能性としては、あの城との部屋に、時空トリップのゲートが存在するということだ。それも、その怪奇現象はどちらの時代でも雷雨が起こった時のみに引き起こると考えた方がよさそうだ。あの場に立ったものがぽんぽんこちらの時代へ飛ばされては、この世界はめちゃくちゃになってしまう。なんの偶然か―本当にわからないが、忍術学園で五年間過ごしてきた自分たちがその対象になってしまったのだ。

「問題は、未来から過去の移動の実現、ということだな」
「……雷蔵たちが来た時は兵助も俺も、あの部屋にいたもんな。雷雨がきっかけで俺らが帰れたかもしれないってことだろ。のときだってそうだ。俺らが未来に行くんじゃなくて、が過去に来るという可能性も無いわけではなかった」
「しかし二度とも実際にはそれが起きなかった。ということは、原因としては、過去と未来ではきっかけになることが違う、もしくは過去から未来の移動しかできない、のどちらかということじゃないのか」
「前者はまだいいとして、後者は……。一方通行のゲートなんて存在するはずがない。それ門じゃねえし。結界張るんならまだしも」
「結界って……そういうの信じない癖に。あくまで可能性の一つだよ」

 帰れない、ということはないと思いたい。竹谷も久々知もこちらの世界の生活に適応し始めてこそいたが、「いつかは帰るんだろうな」と手がかりが掴めないながらもぼんやりと思っていた。久々知が口にした見解に、ついつい反論してしまうのもわかる。しかし、口頭だけで議論しても、結局核心に迫ることはなった。運に身を任せることしかできないのではないか、とさすがの久々知も最近は思わざるを得なかった。

 久々知は自分たちの世界が現代では創作物として存在しているからこそ、余計に、天の力を感じずにはいられなかった。何かが動かしているのだと。何かに―も含め―この世を超えた何かに動かされているのだと。不破や尾浜、鉢屋がこちらにやって来て、自分たちが過去に戻れなかったのは、今はまだその時ではない、ということではないのか、と。それは運命とも言う。もちろん、竹谷がそのようなことを信じるはずもないとわかっていたので口にはしなかったが。

「八方塞がりってこういうことか……」

 竹谷の嘆きに久々知は溜息で同意した。調べつくした結果がこれだ。しかし、調べずしてただ待っているというのもできなかった。関連のありそうな文献もほとんど読み漁ったので、調べようという意欲はあるものの、何をすればいいかわからないという状況に陥ってしまった。

「少しでも慣れてくれればいいんだけどな」

 ぽつりと零した言葉に久々知は顔をあげた。静かになった空気を変えようとしたのだろう、もう家に帰っているはずの三人に向けた発言だった。元々、三人の距離を縮めるために態々気を利かせて遅番を取ろう、と言い出したのは竹谷の方だった。最初にその提案を聞いた時に、久々知はとても竹谷らしい、と思った。何にしても、竹谷は皆で仲良く、というポリシーを常に掲げていた。もちろん、仕事となると違う。忍者の仕事にそんな甘いことは通用しない。プロとして生きてきた竹谷は十分それを知っているはずだ。つまり、プライベートに於いては、ということ。一ヶ月半、現代で暮らしてみて、戦いの無い、命の危険もない、人を欺くこともない……ぬるま湯に浸り続けている。竹谷の行動には納得がいく。幼いころの彼を見ているようだった。

(お節介だとわかってて、やるんだもんな、コイツ)

 ああ、と短い返事をしながら頭の中でそう考えていた。竹谷は、不破も尾浜も、自分のことを見ているようだ、と心配して少しでもとの蟠りを無くそうとさせているのだ。それにはなるべく自分たちが邪魔をせず三人で会話をさせるのが一番だと思ったに違いない。自分たちがいれば、プライベート以前に仕事上のどうにもならない因縁がついてくる。ややこしいだけだ。特に不破と竹谷は敵対する城に勤めている。接戦になったこともあるらしい。心境は微妙だろう……外見はどれだけ取り繕うとも、心の底まではわからない。尾浜のこともある。彼の恐ろしい部分は久々知が一番よく知っていた。同室であったからこそ、知り得てることは多い。久々知が鉢屋のことを不破ほど理解できていない様に。あの二人と周りには異様な溝がある。久々知が懸念しているのは、その行動を竹谷が誰のために行っているか、だ。上に挙げた二人のため、だというのも間違いではない。しかし、一番の対象者は、―彼女だと見て間違いはない。竹谷は自覚しているのかわからないが、彼女をあらゆる危険から遠ざけようとしている。もちろん、久々知だって彼女を傷つけたくはない。しかし、それはあくまでも外傷という点で。竹谷は精神的危険からも、保護しているように見える。

 尾浜の内心を偽った外面のよさそうな態度に気づいていたのは竹谷も同じだったらしい。油断ならないと判断した後の竹谷の行動は素早かった。すぐさま、自分の元で作戦会議。悪魔で尾浜もプロの忍者である。一般人であるを精神的にも肉体的にもめちゃくちゃにするはずがないというのに。

 何が竹谷をそうさせているのか。当初は珍しいこともあるものだ、と彼の行動を見ていた久々知ではあったが、なんとなくここに来て察するものがあった。もしそれが事実だったとすれば、意外としか言いようがない。

「まさかとは思うがに惚れてるんじゃないだろうな」
「え、いきなり何」

 自分の言葉に竹谷は目を大きく瞬かせた。白を切ることもできる問いかけだが、竹谷はしばらく、んー、と冷たいソフトドリンクに口を付けながら言おうか言わまいか悩むように目線を泳がせていた。久々知は静かに待つ。自分の態度に観念したように竹谷は口を開いた。

「勘にもそれ言われた」
「それだけわかりやすいってことだよ。本当にそうなのか?」
「多分そう……って言ったら止める?」
「止めはしないけど」

 物好きだなとは思う、と久々知ははっきりと口にした。その言葉に竹谷は苦笑いを隠せなかった。

「自分でも思う。けどまあ、どうこうしようとは思ってなくて……辛い顔させたくないだけなんだよなあ」

 ぼんやりと窓の外へ視線を逸らしながら竹谷は呟いた。彼も自分の気持ちをきちんと自覚したばかりのようだ。気持ちが行動に追いついていないのだろう。あれこれ考える前に、まず体が動いてしまう竹谷らしい言葉だった。

「好きになるのは自由だと思う、けど、深くのめり込む前に自制した方がいい。……いつかは、帰るんだ。辛いだけだぞ」
「わかってるよ。今は俺たちに関わったばかりに、余計などろどろに巻き込みたくねえって言うか、泣かせたくないだけなの。ホントそれだけ。疾しい気持ちはございません」

 忠告に、竹谷は苦笑いで答えた。その言葉は半分本音で半分は嘘だろう、と勝手に久々知は解釈した。竹谷も久々知が告げた内容は理解できているから、そこだけはちゃんと歯止めをかけているのだ。自分に経験があるばかりに、叶わない恋に陥ろうとしている竹谷にどう答えていいかわからなかった。





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