*尾浜視点

 第一印象は、怪しい、とその一言だけだった。第一印象といっても初めて彼女と出会った時、自分は怪我を負っており大分意識も朦朧としていた。けれど、異質な空間、異質な状態、そして異質な人間に戸惑っていなかったわけではない。鉢屋がすぐさま彼女を連れ出してしまったので、目が合ったのは一瞬だった。残ったのは久々知と自分のみ。それほど深い傷を負っていたわけではなかったが、頭部に受けた傷もあったために容赦なく血が流れる。出血多量で意識はそう長くまで持たなかった。どうして目の前に長年同じクラスで歩んできた久々知がいるのかはわからないが、焦りを浮かべて止血をしている彼の手が懐かしかった。名前を口にすれば、なんともいえない表情をする。落ちていく意識の中で、これは夢か、と目を閉じた。

 朝起きてみれば、死にそうな顔をしている不破とあの女が有無を言わさず自分たちを連れ出した。困惑するも、事情は後から説明するから着いてこいという竹谷と久々知に従わざるおえなかった。まだ傷口は塞がってはおらず、下手に抵抗するとまた血が流れ出しかねない。着いていくしかなかった。けれど、心はそこまで不安ではなかった。旧友がそこに居るということが尾浜を安心させた。それはまだ現実が把握できていなかったからこそ、そう感じたのかもしれない。もし、ここが戦場であったならば旧友だからとて彼らを疑わないわけにはいかなかった。竹谷に抱き抱えられながら、見知らぬ場所を歩く。そして、医務室らしきところに連れていかれて、傷口を縫われた。失神するほどの痛さではないことに驚いた。それどころかほとんど痛みを感じなかった。ちくり、と最初だけ若干の痛みを感じたが、あとはもう撫でられるかのようなくすぐったさまで感じた。どうしてだ、と口にしたかったけど目の前の男にはそれをさせない。治療をしながらも永遠とあの女と会話している。

 一体、彼女はいったい誰なのか、そしてここはどこなのか。まるで、異空間のようだった。景色がまるで違うことはすぐさま気がついたし、それ以前に鉢屋と闘っている最中になにか可笑しい感覚が体を数分間襲ったことを覚えていた。身なりが最後にあったときとはまるで違う二人を見てもそう思う。ここに、あの頃の面影を感じられる景観はほとんどない。





 ひとしきりの説明を竹谷から受けたあと、正直にいえば面白そうだと思った。共に飛ばされてきた不破は夢か現かまだ判断しかねているようだが、頭の痛みが感覚を教えてくれている。……これは夢ではない、と。久々知と共に後から帰ってきた彼女とも言葉を交わしたが、一般人には変わりないようだった。何か、おかしいところはあるけれど。具体的には言えない。しかし、時々、本人が気がついているのかはわからないが、まるで自分たちのことを知っているかのような含みのある言葉を口にする。何故、久々知と竹谷がこのような場所に留まっているのか―それは現実的にここ以外で生活をすることが非常に困難だからというのがあるかもしれないけれど―謎で仕方がなかった。泳がせている、という判断が一番正しい。自分もそうするつもりだった。

 不破は鉢屋のことで大分、頭が手一杯になっている。それに元々あまり人を疑うことを嫌うのだ。特に、旧友ならば。不破のそういう情が深いところはけして嫌いではないのだが、プロとして活躍していくに至っても抜けきれないところは少なからず彼の欠点となっている。しかし、実質、この中で味方となりうるのは不破だけだ。竹谷は昔の縁があるといっても不破と敵対する城に勤める忍者。久々知はフリーの忍者といえどもどこの駒として動いているかわかったものではない。聞き出せるはずもない。表面上は彼女―に、できるだけ礼儀正しく見えるように接していたが、内面は自分が飲みこまれない様にしなければならないと精一杯だった。生ぬるい空間に慣れていない。

「一人で投げだされるよりはマシってもんだから。ありがたいです」

 そう言って口にした言葉は果たして真実か否か。それに気がついた者は少なくとも二人はここにいるだろう。





 に現代世界を案内された次の日、いらぬ二人の世話で外食をすることになっていた。まだ体は本調子ではないのか、ぐっすりと眠りこけていたらいつの間にかそう話が進んでいた。にかっと笑う竹谷が少し憎たらしい。

「それで、もっとこの世界を知るためにも、もちろん、彼女のことを知るためにも行きたいと思うんだけど、勘ちゃんはどう思う?」
「いいんじゃない、面白そうだし」

 決意を堅くした不破を止められる者は誰もいない。迷い癖がある彼にしては珍しいことなので、余計にそれは強いのだ。尾浜は不破だけに行かせられないのでそれに頷いた。しかし内心は浮かない気持ちでいっぱいだった。彼女の違和感に恐らく全員が気がついている。それでも気がついていながら彼らは見ない振りをしているのか、それとも自分のように泳がせているのかそれは定かではなかった。もし、彼女と二人きりにされたら、確信を迫ってしまいそうで恐ろしい。

「勘に一つ忠告しておく」

 行くよ、と答えたものの気分の弾まない自分を察したのか、竹谷が声をかけてきた。手にしていたゲーム、という名の玩具を地面に置いて、ぱっとこちらを向いた。不破がタイミングよくトイレに出た後なので聞かれたくないことなのだろうと察しはついた。

を疑うべからず」
「……その根拠は?」
「ない。っていうかになにかしたらまず俺がお前をぼこるからすんなってこと」
「なんで雷蔵に言わずに俺に言うわけ」
「雷蔵は人を傷つけることはそんな滅多にしないだろ。でも、勘は違うから」
「酷いな、俺そんなに信用されてないの?」

 竹谷の言うことは的を得ている。さすが、共に過ごした時間が長いだけはあった。尾浜が内面でぐるぐると考えていたことを単刀直入に指摘してきた。変なところで勘がいいのが、竹谷の持つ能力だ。いかにも、野生的だけれど。傷ついたな、と苦笑いを零してみればはは、と乾いた笑みで彼は笑った。

「拷問が得意分野なくせによく言うよ。それに、信用してなかったらと雷蔵と三人で出かけさせるはずがない。忠告しといたら、勘は守ってくれるだろうと思案してのことだぜ。信頼してるだろ」
「……まあ、特に何かしようとは考えてなかったけどね」

 大幅、久々知の見解も入っているに違いない。同室ということだけあって、久々知には尾浜のひた隠しにしてきた部分も大分漏れている。自分の返答を聞いて、竹谷はばちんと背中をたたいた。

「じゃあ、よろしく頼むな。のことも、雷蔵のことも」
「……仕方ないなあ」

 不破のことを気にかけているのは尾浜だけではない。竹谷も久々知も、そして、も不破の言動には気を配っている。少しでも彼の強張った気持ちを和らげたいと思っているのは明白だ。昨晩の竹谷の行動も―眠気を精一杯取り払って聞き耳を立ててしまった―それに値するというのはよくわかっていた。

「でもさあ、はっちゃん」
「何?」
「なんでそんなに彼女のこと気にしてるの?俺には気があるようにしか見えない」

 久々知は、まだ彼女に一線を引いているのがわかる。けれど、竹谷のこの油断は異常だ。彼は勘が鋭いだけに色々と敏感であるはずなのに、ここまで彼女のことを庇う―という言い方よりも守るという方がいいだろうか―そういう態度をとっているのはらしくなかった。彼女が隠していることに関して、気がついていないはずがない。それを問い詰めない上に、逆に探ろうとしている尾浜を止めようとしている。竹谷がそうなるのは、四年前を思い出せばすぐにわかる……仲間内だけなのだ。つまりそれは、は竹谷にとってもう仲間として認められているも同然の信頼関係があるということ。尾浜の問いかけに竹谷は曖昧に笑った。

「さあ、どうだろうな」

 その笑い方で竹谷の心情が分かったような気がした。





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*100501