寿司屋のお楽しみと言えば。最後に一つだけ許されていたデザートにほかならない。幼いころから回転寿司に通うたびに沢山流れてくる寿司とは違ったキラキラした印象のあるデザート類が楽しみで仕方がなかった。プリン、ガチーショコラ、生クリームケーキ、チーズケーキ、ゼリー、杏仁豆腐。安物でも沢山寿司を食べた後でも、別腹とは上手くいったものでぐいっと胃の中に専用のスペースができるのだ。時折ちらちらと寿司の間に流れてくるそれに目をやって、吟味していた結果、今日はプリンに決定した。プリンが食べたい気分だったのだ。食べざかりの男たちはずらっと積み上がったお皿に満足そうだった。成人女性の倍は食べてるんだけど……大丈夫か。竹谷がたらふく食べるのは違和感がないのだけど、どうも尾浜や不破が大食らいだというイメージがないのでおかしく感じている。たくましい体つきをしているから、これくらいはぺろり、といけるんだろうけれども。そんなことより、プリンプリン、と意気揚々と軽い振動で震えるそれを手元に置けば、二人とも見たことのないであろう西洋菓子にきょとんとした顔をした。

「なんですか、それ」

 尾浜の質問に、私はもう食べる目前ということもあり締まりのない笑みで答えた。

「プリンっていうデザート、つまり甘味かな。ぷるんとして美味しいよ」

 甘いの好きなの、と聞いてみると、不破の視線がちらっとこちらに寄った気がした。ん、と不破の方を見て、首を傾げると彼は顔をほんのりと赤くさせるだけで何も言わない。んん、と今度は尾浜の方に向きかえると、ははっと彼は笑みを零した。

「雷蔵ね、かなり甘いの好きなんですよー。俺も好きなんですけど」

 男が甘味大好き、なんていうのが恥ずかしくて隠し通してたのは俺らの中では有名な笑い話なんですけど、という尾浜はその時の情景が浮かんでいるのか、口は不自然に歪んでいた。かあ、と不破の顔色がまるで紅葉のように染まり、ぎろっと尾浜を睨んだ。……いやいや、そんな可愛い表情で眼を飛ばされても少しもこわくないんですけど。けど、不破らしい、とは思う。昔の茶屋でいう定番メニューっぽい、桜餅とかみたらし団子とか、不破は鉢屋の分まで取って食べちゃいそう。そして鉢屋はその横で微笑みながらその様子を見てそう、だなあ。

「食べる?」

 洋風の味付けだから、好むかどうかはわからない。和風のお菓子の甘さと洋風のお菓子の甘さはまた違うと思うので。和風のお菓子は甘いけどしつこくないってよく言われてるし。ちろり、とスプーンに一口掬って差し出すとこくこくと無言で不破は頷いた。

「よし、……あーん」

 久々知にやられたお返しだ、と不破にやり返してみた。当然、甘味が好きだと公言することも憚られていていた彼が素直に口をあけるはずがない。どうしよう、という目つきで私とにやにやしている尾浜を見比べている。中々口を開かないので変わりにもう一方の方へスプーンを向けた。

「尾浜くん、あーん」
「あーん」

 抵抗もなく尾浜は口を開けた。少し呆気にとられるようにして不破はそれを眺めている。もごもごさせたあとにぱあ、と彼の顔が輝いた。美味しいこれ!と興奮したように声をあげた尾浜を横眼で羨ましそうに見つめる。諦めたように口を開いた不破にスプーンを突っ込んだ。もぐもぐもぐ、ごっくん。飲みこんだ瞬間、彼の表情も仄かに輝いたのを見逃さなかった。




 三人で並んで夜道を歩く。寒々とした空気は相変わらず身を刺したが、満腹に膨れた幸福感が何倍も上回った。幸せな気分だ。懐は少し寒くなったけれど、しばらくすれば三人分の給料日である。ポケットに手を突っ込みながら、数歩だけ先をあるく尾浜と不破の後姿を見つめた。

 不思議だった。彼ら五人が揃ってしまったことが。出会いが衝撃的だったことで、あとは事務的に現実を受け止めてもらうことに集中していた。ようやく目の前に新しく不破と尾浜という存在がいることを実感したように思った。実のところを言うと、私はにんたまの中で五年生が一番好きとオタク友達全員に公言していたが、その中でも最も―不破雷蔵が好きだった。ドリーマー的要素を存分に含んでいる妄想パラダイスの保持者としては、もちろんあはんうふんな世界へ何回もご招待されたこともあるし、自分から書きだしたこともある。あちらの世界でいう好きが現実的な場面で好きに繋がるのかどうか、それは判断しかねるが確実に自分が一番意識しているのは不破と言い切ってよかった。

 まだ彼らがきて三日目の夜である。これ以上のスキンシップを望まないわけではないが、それにしても先の二人よりも接し難いのは事実だった。明らかに彼らの方が態度は温和なのに、だからこそ、崩れない壁があるように見える。敵意をむき出しにされても困るのだが、真っ向から疑ってくれた竹谷の久々知の方が扱いやすかったように感じる。

 じいっと見つめて思考にふけっていると尾浜が苦笑いしてこちらを向いた。

「言いたいことがあるならいってください、さん?」
「あ、えっと」
「そんなに穴があくまで背中を見られたら、忍者ではなくともわかりますよ」
「……ごめんなさい」

 見つめていたのがばれてしまって、頬がほんのりと赤く染まった。寒さのせいではない。尾浜と私のやりとりを聞きとめた不破も足を止めてこちらを振り返った。彼は不思議そうな顔をしている。どう話を切り出せばいいのか、久々知に伝えたときはあんなに簡単だったのに、とあのときの口のまわる自分を誉めてあげたかった。否、実際は対象が久々知と竹谷、その人だったからこそあのように簡単に言いだせたのかも知れなかった。

「あのですね」
「はい?」
「……よかったら私のこと、名前で呼んでくれませんか」

 え、という声が重なった。それと同時に小さく噴き出す声が聞こえる。笑われたのがわかって、かっと頭に血が集まった。ほんのり赤かった顔はもう真っ赤に染まっていることだろう。くすくすと笑いを控えめに零す不破と、目じりに少したまった涙を拭きながら喉を震わせている尾浜がおかしそうに向き合った。

「神妙な顔をして何を言われるかと思ったら。俺はまた嫌な想像してしまいましたよ」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんだからしょうがないでしょう」

 ぶすっとして言い返せば、それがまた二人を笑わせた。ひとしきり笑った後、尾浜は乱れた呼吸を整えるためにこほんと一つ咳をした。

「遠慮はいらないって解釈してもいいんだよね、。俺のことも好きに呼んでいいよ」

 だから拗ねるのはやめたら、と尾浜がぷにっと頬を抓んだ。別に拗ねているわけではない、少し機嫌が悪いだけだ。しかし、私の顔に触れている指先が徐々にぎゅむむむむ、という力を込めた抓り方になってきたので反論しかけた口を閉じた。

「勘ちゃん」
「うん?なに、
「……頬が痛い」
「ああ、ごめん、つねり過ぎたみたいだ」

 さらっと謝罪の言葉を述べた後、すぐにその手を放した。始終笑顔のままでのやりとりである。尾浜にとって遠慮がないとはこういうことなのだろうか、と若干冷や汗が流れた自分であった。神の子と敬称される某中学三年生と同じくらいのSオーラが見え隠れするのは気のせいということにしておきたい。

 ちらり、と不破の方を見る。期待を込めた瞳を知らず知らずにうちにしていたのか、うっと彼はたじろいだ。欲望が心の底から出てしまっているようである。申し訳ない。じいっと、どこかの穴掘り小僧ではないが無言の圧力をかけていると困惑したまま苦笑いと共に、口を開いた。

「僕も好きに呼んでいいから、ちゃん」

 温和な笑みが私の視界に映る。不破が微笑みかけてくれたのは、初めてのことだった。





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