*不破視点 八畳の部屋に男四人と女一人が寝るのはさすがに無理がある。家具が抑えている面積を更にそこから引かなければいけないのでもっと少なくなるのだ。なので、一人は廊下という厳しい選択肢が待ち受けている。怪我人である尾浜とこの宿主であるは部屋に入るのが確実として、残りの三人が悩みどころだ。けれど、そこはローテーションで行うことにした。今日はそれが自分に回ってきただけ。冬とはいえど、暖かいアパートの中毛布にくるまりながら静かに目を閉じた。夜を中心とする生活を送ってきたからか、どうも目が冴えてしまう。昨日は疲れが合って風呂上がりにすぐさま眠りに着いてしまったけれど、今日は彫り込まれた情報が何周も頭の中を回っていた。未来、など信じ難かったけれど目にした物はどれも本物だった。信じざるおえない。けれど、自分が意識しているのはもう一つ別のこと。……鉢屋のことだ。 昨日で終わると思っていた。どちらかの人生がどちらかの手によって。二つで一つ、なんて本当の双子でもない癖に幼いころは思い合っていた。始めは抵抗の合った変装でさえ時がたつにつれて彼が自分以外の男に変装している姿を垣間見ると少し寂しくなったものだった―あれだけ、迷惑を掛けられていたというのに。その感情に気づいて初めて自分がどれだけ鉢屋のことを大切に思っているか気がつくことになる。けれど、忍者の道を目指すと決意してからはこのような結末が訪れることは覚悟の上だった。仲間を手にかけること、それを乗り越えて忍者は生き延びていく。そんな一時の感情に流されていては、半人前ということだ。 だけど。 (なんでこんなに苦しいんだろう) 鉢屋に対する情けなど遠の昔に捨ててきたつもりだった。それこそ、お互いの道が反対方向へと進むんだとわかった瞬間から。なのに、どうしたことか、いざ本人を目の前にしてみて戦うまではいい。中途半端なところで彼に逃げられてしまったが―あの時、一思いに自分の命を奪っていてくれたなら―今更こんなに苦しまなくて済んだのかもしれない。呟いた言葉は、からり、と乾いていた。 (三郎) どうして彼は自分を生かしたのか。竹谷があの場に居たからといって、彼が手出しをするとは思えなかった。自分の城主と彼の城主は敵対関係にあり、卒業後にいい関係を保っていたかと問われればそれは否だったから。カタリ、と扉が開く音がした。中からパジャマとかいう変な寝巻物を着た竹谷がそっと顔を出した。 「雷蔵、眠れないんだろ。ちょっとそっちいってもいいか」 「……」 「沈黙は肯定とみなす。……あ、襲わねえよ?ここで戦っても意味ないし」 にかっと竹谷が笑ったような気がする。諦めたようにいいよ、と零せばするっと自分の毛布を持ち込んで布団に入り込んだ。大の大人が同じ布団なんて傍から見たら気持ち悪いこと違いない。けれど、その暖かさはすごく懐かしかった。 「昔みたいだよなあ……こうやって一緒に居るとさ。未来に来たはずなのに、過去に戻ったんじゃないかって錯覚しちまいそうになる」 竹谷の言葉にまた自分も同意した。不破自身、未来に居るということも信じられない事実ではあったのだが、過去に苦行を共にした仲間とあの頃のように敵味方無しで接していることの方がより信じられなかった。 「俺もさ、こっち来た時に兵助と殺り合ってて……仲良くしろ、なんてに言われた時には、今更できるかって思った。だけど、やっぱ昔の馴染みがあんのかな、一緒にいる内にまるであの空白なんて無かったように過ごしてた。逆に怖いんだよ。帰った時にこの関係がまた崩れうなんて……そんなこと考えるようになっちゃ、俺もオシマイなんだろうけど」 「そうかもしれない。今は味方でも明日は敵。そういう世の中だからね……」 彼が口にして今更ながら痛感する事実があった。今というこの生ぬるくて暖かい状況が特殊だということ。いつ崩れさるかわからないということ。……ああ、なんという。避けて通りたい道だったはずなのに、それがいつの間にか現実として起きている。ここで過去を慈しめば慈しむほど、あちらへ戻った時の対応に混乱を示す。分かりきっているはずなのに、竹谷はそれでも仕方がないのだ、と零した。 「敵として見てた期間が長かったせいか、忘れてたんだよな。お前らの傍ってこんなに居心地がいいんだ。一度、戦に出ればそれも全て無となるわけだけど。なんていうんだ、要らぬ感情だと思うかも知んねえが、俺はこっちで兵助や勘、もちろん雷蔵と過ごせることを後悔はしない。むしろ気付かせてくれたことをありがたいと思う」 それは竹谷の物差しで感じて出した答えに過ぎない。自分にとっては受け入れられないことであった。かと言ってこの生ぬるい感覚から抜け出したいと実行できるわけでもない。ただただ、身動きの取れない様に足枷が増えていくように感じる。自分は、過去は過去として今とは切り離していたいのだ。共に過ごした六年間の思い出だけでいい。 「堅くなに目を閉じることが悪いって言ってるわけじゃないが、ゆっくり見渡してみるのも可、だよ」 「……頭には入れておくよ」 幾度も戦場であった。角張っていて大きな竹谷の手がふわりと短くなった自分の髪の毛を撫でる。彼とも死に際すれすれの戦いを繰り広げていた。手から伝わる熱が、こうやってなんの殺意も抱かずに触れ合っていることに現実味を帯びさせている。 「はっちゃんはここが好きかい?」 「……どうだろうな。居心地がいいのは確かだけど、世界から否定されてる気もする。ここはお前が本来居る場所じゃない、って」 「戻りたい、とははっきり言わないんだね」 苦い笑みを竹谷は浮かべた。どうせ、この会話を奥で久々知も尾浜も聞いているのだろう。忍の耳の良さは自分が一番よく知っている。彼らはこの世界のことをどう思っているのだろうか。一日で思い知った、絵にかいたような、安全な世界。公な武力をともなう争いがこの日本には存在していない。それこそが自分たちの世界との決定的な違いだった。闇の中にもぐりこむことが、できないのだ。だからといってそれを渇望していないとは言い切れない。逆に殺伐とした雰囲気を感じ取ることができなくて、安堵する気持ちもある。 「今日はもう寝なよ雷蔵。あれこれと悩むのは悪い癖だぜ」 「……ん、そうする」 自分の短くなった前髪にそっと手を当てて、竹谷はドア一枚を挟んだ部屋に戻っていった。一瞬触れた温もりが、ゆっくりと意識を奪った。 |