「髪を切るべきか、それとも切らざるべきか」

 連れてきたのは以前にも久々知と竹谷が来た当初に行った近場のどでかいショッピングモール。彼らに合わせた服を買いに、というよりも布団一式が足りなかったのでそちらをまずは優先的に買い求めてきた。服は久々知や竹谷が使っているものがあるのでそちらを借りることとして他に二着くらい着回しが利きそうなものを二人に買ったくらいだ。あと下着。不破と尾浜には現代の様子もきちんとその目で見てほしかったので、この買い物は即日に決行された。竹谷と久々知はバイトがあったのでそちらを優先してもらっていた。やはり反応は各自で個人差があり、楽しそうにきょろきょろしている尾浜と驚きでぽかんと口をあけている不破は対照的だった。パーカーにジーパンと言った色気のない格好を二人ともしているけれど、尾浜は頭に真っ白い包帯を巻いていることで目立っている。

 うんうん唸っているのは言うまでもなく不破の方である。先の二人のように髪の毛を短くして、バイトをしてもらうことを了承してもらったはいいものの、やはり髪の毛を切るというのはそれだけ重大なことのようだ。先ほどからもう二十分ほど美容院の前のベンチに座ってぶつぶつ呟いている。……そろそろ寝そうだな、彼。

「悩むくらいなら、止めていいんだよ」
「いや……でも、長い髪だとこちらに馴染めないんでしょう?」
「カツラとかセットは面倒だけどなんとかならないわけでもないし。カツラも高いけど」
「やはりだめです。しかし髪を切るのは……」

 また瞑想へと入ってしまった。納得するまで悩ませるか、と尾浜を顔を見合わせて苦笑する。

「すいません。あの子、いっつもああなんで」
「大丈夫。いきなりこんなところに来て、考える間もなく色んな情報が舞い込んできたんだもん。これくらい悩む時間がないとね」
「……まあ、そのうち限界が来たら寝に入るんで。そしたら切りに行きましょう」

 尾浜はあっけらかんと笑って見せた。反対に、彼は切るのを拒んでいないのか、と聞けば、髪の毛はすぐに生えますからと前向きな意見だった。尾浜に関しては私も知識があまりない。最近出てきたばかりのキャタクターなので、事前情報が無い分話すのにも緊張が走る。話しをしてきた限りでは不破同様、大人しいようなそれでいて無邪気のような印象を受けるのだが果たして本当の性格はどうなのか。私に対して二人とも敬語を使っていることだし、礼儀正しいことには違いないのだけれども。ぱたりと訪れた沈黙をぬぐい去るために私は自動販売機へと急いだ。珈琲やら紅茶やら彼らの時代には無かっただろうから、緑茶の缶を二本と自分用に珈琲を一本購入してベンチへ戻る。はい、とそのうちの一本を尾浜に手渡した。

「なんですか、これ」
「アルミ缶。中にお茶が入ってて、こうやって開けるの。わかる?」

 プルタブをプシュっと小気味よい音を鳴らせて開けた。へえ、と感心したような声が漏れる。

「面白いですね。未来にはこんな物があるんだ。……まだ暖かい」

 こくり、と喉を鳴らして珈琲を飲みこんだ。乾いた体に暖かい液体が流れ込む。けれど尾浜はその手を動かさなかった。さすがに見ただけでは開けられないか、と思い一度渡したそれを再び手にとってプルタブを開けた。そしてそのままくいっと一口飲みこむ。何の気なしに行った行為にえ!、という声があがる。

「あ、ごめん……つい」
「いえ、……毒味、ですよね?いつもはっちゃん達にやってるんですか」
「うんそう。今ではもう癖になってるのかな。口着けちゃってごめん、けど毒は入ってないから飲んでしまって大丈夫だよ」
「はい。ありがとうございます」

 ずずっという音を立てて生ぬるくなってしまったそれを口に含んだ。よく考えたら……これって間接キスになるんだよな。ペットボトルや缶とか口を直接付けて毒味をしたことがなかったものだから、考えずにさらっとしてしまったけれど。今更になって恥ずかしくなり、さっと顔をそむけた。はあ、と味わうような声が彼の口から漏れた。私も真似するように珈琲を口付ける。じんわりとした苦さが疲れを解していった。

「……人がいっぱいいますね」
「ショッピングモール、じゃなかった、市場っていうのかな。お店の塊だから、いつでも人で賑わってるね、ここは。人が多いところは嫌い?」
「いや、そうではなく。なんとなく懐かしくて」

 すれ違う人々の声が響く。笑い声だったり小さい子供を叱る声だったり、他愛のない日常会話だったりするけれど、いろんなものがそこの空間には混ざり合っていた。はー、と小さく尾浜は息を吐いた。彼の目には何が映っているのだろう。それほど彼はぼんやりとしていた。

「兵助からも話しを聞いてるんでしょうが、俺の生活はこんなところとはかけ離れたものでした。目前に迫っていた緊迫感からいきなり別世界にやってきて……見える世界は違うはずなのに、残された雰囲気は一緒なんですね。」

 楽しそう、とこちらの世界のことを形容していた尾浜だったが、戸惑いはやはり受けているのだろう。彼らの過ごした市場の賑わいに想いを重ねているのかもしれない。哀愁のこもった目で通りすがりの人ごみを眺めていた。正月が抜けて少し人数は減っていたけれど、それでも学生や主婦など休みが残っている者が行きかう数は多い。私は黙ってその言葉を聞いていた。

「……尾浜くんは、変わってる」
「それは、一体どういう意味ですか?」
「兵助は冷静に受け止めてたけど過去に帰る術ばかりに執着して、ハチは当初は只管、真実か否かを確かめようとしてた。けど尾浜くんは面白そうの一言で現実を受け入れ、そこに身を任してるんだ。……タダものじゃないよね、その精神」
「つまり、誉められていると自惚れてもいいんですよね」
「そういうこと、です。中々、賢明な判断だとは思う。でも、一番、簡単で難しい方法だよね……今を楽しむってなかなかできないよ葛藤がそれを邪魔することって多いと思うから」
「……さんはよく観察してますね。忍者に向いてるんじゃないですか」

 動きはぴか一悪いけれどそれでもなれるものなのか。彼の言葉に、成りたくもないよ、と返した。それに観察しているというのには語弊がある。私が気がついたことだけを述べたのであり観察しているという意思は全くなかった。気がつかないうちに意識していたという方が自然だろう。まあ、実際目の前に好きなキャラクターがいたら一同一挙まで逃さずに記録しようという根性がオタクには自然と備わっているのかもしれないけれど。温くなった珈琲をくいっと一口で飲みこんで笑いかけた。

「面影もないような未来に過去と同等なものを感じてくれたのは、嬉しかったよ。なんとなく。」

 未来は便利になった豊かになったといっている半面、雰囲気だとか人の暖かさには随分かけているとも言われている。過去の方がいい、とそう言っているわけではないけれど、彼の言葉によって世界はどこかで繋がっているかもしれないと思わせてくれる一つの要因ができた。意味がきちんと伝わっていないのか、彼は首をかしげてしまったけれど。

 そのとき、うんうんと言っていた隣が静かになったことに気がついた。すぴすぴという寝息に視線をちらりと寄せれば、案の定寝ている不破が見つかってそちらへと意識が移った。

「雷蔵!雷蔵!ぐずぐず悩んでないで、髪切りに行くよ」

 尾浜の言葉にばっと立ち上がった彼は先ほどのうじうじは何処へ行ったというくらいあっさりと了解の返事をしていた。……数時間後、デジカメを持って店の前で待機している私の姿を多くの人が目撃したとかしてないとか。





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*100216   ちょっとしたふんわり。尾浜ってこんなイメージ。悩み癖のある雷蔵ですが私としてはこういうことは大雑把に「うんいいヨ!」とかいってくれそうなイメージもあります(*^J^*)