それは話しておかなくてはならないことだった。昨日の晩から今まで二人の口からは「三郎」という言葉が出ていない。不破も、尾浜も彼のことを気にしているはずなのに。そして、ここが未来である―正しくは異世界であるのだが―ことを知ったことで尚、彼の今後が気にかかっているはずなのに。私は立ち上がろうと腰を屈めたがそれは久々知によって止められた。 「これは貴方にも関わることだから、聞いておいてほしい」 「……三郎が貴方に怖い思いをさせたから、聞きたくないかもしれません。しかし、貴方は十分僕らに関わりがある人だから聞いてください」 続けて出てきた不破の言葉にこの場を後にしようと考えていた思考を排除した。ゆっくりと肯定を表すようにその場に座り込む。それを横目で確認した竹谷は凍りついた空気を溶かすように口を開いた。 「ここは戦国じゃない。……二人が三郎を追う理由は知らないが、殺す理由は此処にはない。だからといってこちらに呼び戻せるのかといえば溝が大きすぎる。放置か、否か、選択肢は二人に委ねるよ」 何故彼らが鉢屋を追っていたのか、それは今だはっきりとは口にしてくれていない。けれど、竹谷も久々知もその真実を幾分かは悟っているようだった。私こそ彼らが鉢屋を拒んでいる理由を掴めていなかったが、竹谷の言葉にはっと二人は顔を見合わせていた。 「現代を知らない三郎が街中にでてどうやって生き伸びていくのか……俺はこうして彼女に出会えたからこそ、現状を把握しながら生きている。けど、アイツは?ここが未来ということすら知らないんだ」 久々知が続けて出した言葉は意外だった。昨晩ぽつりと交わした会話には鉢屋に対して酷く憎しみが込められていたような、もうどうにでもしろとでもいうような意味合いが含まれていたからだ。私の中では久々知は鉢屋のことをもう快くは思っていないのかと思っていた。私の思考を覆い隠すように、不破が悲痛な声をあげた。 「かと言って、今更、三郎が僕らを受け入れるというの。いや、僕らが三郎を受け入れられるの……?」 不破は顔を歪めていた。鉢屋が卒業間近に学園を出たことは私も知っている。けれど、それを彼がどう受け止めているのかはまだ聞いたことがない。聞いたとしてもそれは気持ちの一部に過ぎず完全には分からないのかもしれない。明らかに戸惑いと憤りを含んでいた。不破の背後に手を回してなだめるように尾浜が擦った。落ち着け、と暗に言い聞かせている。 「まずは、三郎を追うことになった経緯を話そうか。三郎が山陰の無名の忍者集団に加盟していることを……全員知ってるのかな?」 「俺は実際に対峙したことは無いが、噂でな。城下町中に伝わっていた」 竹谷が呟いた言葉を筆頭にこくりと頷きが交わされる。久々知は以前にその山陰へと忍びこんだ経験があるといっていたし、当の二人は当然知っているに決まっている。かくいう私も久々知に事前に知らされていたので、それに加わった。 「それを聞きいれた雷蔵の城主が、山陰への領地拡大計画の失敗を恐れ、まずはその集団を潰そうとした。中でも名の知れていた―千の仮面を持つ男―が雷蔵の同級だということを知り城主が雷蔵に命を下した」 「……暗殺せよ、と」 不破の声はあくまで凛としていた。その言葉を聞いた時にぴくりと肩が張ったのはどうやら私だけの様だ。傍にいた二人は納得、むしろ確信したと言わんばかりの表情を浮かべている。……戦国の世では当たり前のことということだ。敵対しているのだから、その道がぶつかった時には殺し合うこともあるだろう。ピンポイントに暗殺、という手段もあるのかもしれない。鉢屋のような底知れない特技を持っているのなら、尚更。 「勘ちゃんが共にいたのは、期間付きで僕の城に雇われていたから。……本当だったら僕一人で殺しに行くところを援護してくれた」 だから、二人は鉢屋のことを追っていたのだ。不破が必死になって雨の中、彼を追い詰めていたのもそのためなのである。なんてなんて……なんて因縁なのだろう。命を成し遂げなければ任務失敗と見なされ追い詰められる不破。鉢屋を殺すしかない。最も、彼らはとっくにその覚悟を持っていたのだろう。殺さない、ということは存在しない決断だった。けれど、傍で聞いてる私にとっては信じがたい気持がむくむくと沸き上がってくるだけだった。こんな世が過去に存在していたのか、と。最も、今でも全ての戦が終わっているわけではない。このような事態はこの世界のどこかでも繰り返されている。ただ自分が一つの同人として扱ってきた彼らの未来がこのようなものになるとは。そればかりが頭をよぎる。 「僕たちは三郎を殺そうとした。それは忍になった末覚悟していたことだ。そのこと自体を僕は後悔はしていない。……けれど、それを乗り越えてこのように生活できるかと問われればそれは否。三郎こそそれを望まないのではないかと思う。彼は……僕達と共にいることを望まない……」 不破の声が途切れる。複雑な思いが込み上げているのだろう。鉢屋を遠ざけているのは、もはや彼が何を考えているかわからないからという気持ちも多いのではないだろうか。久々知と竹谷は来た当初は敵対していたけれど、状況下からか協力して生活することが自分にとっての利だということを判断した。それからは普通の友人のように共に過ごしている。それは、久々知と竹谷の考えがあくまで一致していること。お互いが何を考えているのか―少なくとも過去のことを抜きにした今現在において―理解し合っているからこそ、無遠慮に壁は崩れかけているのだと思う。だが、鉢屋の場合は誰しもが必要以上の疑いを持っている。おいそれとここで生活しないか、とは言えない。彼が何を隠しているのか、何を考えているのか……それを推測するにも時間が空きすぎている。 「だからといって、三郎を見捨てるわけにはいかない。……だろう、雷蔵?」 久々知は冷静だった。彼が一番、ここでの生活の矛盾、どうにもならない感情を抱えている。だからこそ、一人で鉢屋を残していくことが危険だということを心配している。 「探し出すことが先決なんじゃないのか。そして、状況をアイツに伝えること。そのあとでアイツがどう生活するか選択させればいい。ここで暮らすも、一人で当てを探すも三郎の自由にするってのは」 「そうかもね。三郎も馬鹿じゃないからここが元いた世界ではないことは気がつくかもしれない。だけど、はっきりと現状を伝えることくらいまでの義務は元同級のよしみとして残ってるんじゃない、かな。どう思う、雷蔵?」 「……はっきりとは言えないけど、三人はそうしたいのなら、すればいいよ」 竹谷に続いた尾浜の問いかけに不破は曖昧に首を振った。どうするべきか、不破にはまだ整理しきれていないようだ。しばらく接触を持ちたくはないのかもしれない。ただ、三人の意見を蔑にしてもいない。自分は関わらないと言っているだけだった。最後に、四人の視線の矛先が私へと向いた。 「は、どう考える?」 久々知はそう問いかけた。 「皆を預かる身としては……その、鉢屋くんにも事情を伝えておきたいのは私も同じ。万が一でも公共に迷惑が掛ることになって欲しくは無いし。それに、もし彼が許すなら彼にもここに居てほしいと思う。……貴方達はそう考えてないかもしれないけど、私は平等に過去から来た人を扱うべきだっていう気持ちがあるから」 隠れて、五年生は五人だからこそ好きなのだという気持ちも存在する。仲が良かったのは過去の出来事になっていようとも、私は五年生の皆が好きなのだ。一人だけを別に扱うことをしたいとは思えない。だからといって無理やり押し付けるのはどうかと思うし、これから暮らしていくことになるのだからそこには当人たちの意思が関係する。実行するわけではないがこれは私の一意見として心に深く存在していた。四人とも苦い笑みを浮かべたり、堅い表情だったりしたけれど私の意見にきちんと目を向けてくれたようだった。 |