一週間、というときの流れはこんなに早いものだったのか。改めて私は目まぐるしく過ぎていったこの一週間を思い返した。久々知と竹谷が現代へとやってくる―否、この場合は漫画の中から抜け出してきた、と捉えてもそれは間違いではないだろうが、どちらにせよ実在しないはずの人物が私の部屋に現れたのだ。神様は何故こんなしょっぼいオタク女子大生の元に彼らを召喚したのかわからないが…言えるのはグッジョブ!それだけだ。ようやく一人暮らしを始めて一年半が過ぎたころに突如でてきた、家族と呼べるのかはわからないがそういう存在に、聊か目的を見失いかけていた生活に日差しが見えたような気もした。 ただ可笑しいと感じるのはよく夢小説内ではそういったポジションに立たされるのは孤独を持っている女の子など、何かしら現代に不満を抱えている女の子が主人公になりやすい。そりゃ、何もかもうまくいき毎日が充実しているなんて生活を私が送っているわけでもないが、それでも二次元的存在に縋って生きていくほどそれに執着していたわけでもない。いや、まごうことなくオタクという存在ではあるのだが、現代に息苦しさを感じつつそこから解き放たれたいと思ったことは一度もない。むしろいきなり未知の世界へ飛ばされても戸惑うだけであろう。だからまだ彼らがこちらへやってきてくれた、この、逆トリップという設定で救われたと思う。万が一私がいくら大好きとはいえ彼らの世界にいくことになっていたら―絶望で再起できなくなるかもしれない。いや、わからないけれど。もしかしたら新たな人生に目覚めていきいきと暮らしているのかもしれないけれど、私の性格からもって即座に整理し直し、過去の時代へ溶け込めるほどタフなことはできないだろう。だからこそもしかしたら彼らもそのような気持ちで過ごしているのではないか、と思わずにはいられなかった。態度としては私が鈍感だからかまったく悟ることはできない上に、むしろ着々と現代の生活に慣れているような気さえする。ぴこぴこと音を鳴らしながらモンハンを繰り広げている竹谷を横目で見ながらなんてわかりにくい奴らなんだ、と肩を落とした。 「なに溜息付いてんの?」 「……いや、別に。あ、そこ逆だから」 「了解」 反対側に進みそうになった彼の歩みに一言口を入れて苦笑いした。無表情でゲームを進める竹谷は服装も髪型も揃ってかもう現代人にしか見えない。初めはたどたどしかった操作方法も彼の場合は久々知みたいに大学についてくるなどやることがないので大概散歩か家でモンハンかの一週間だった。もともと器用なのに拍車がかかって、今では素晴らしい手つきでコントローラーを占領しているのも頷ける。不意にがらり、と自室とリビングの境界線であるドアが開かれた。ほかほかな蒸気を発し、つやつやな髪の毛にバスタオルを被せている久々知だ。 「、風呂の元栓抜いていいんだっけ」 「あーうん。ありがとう」 こちらの彼も大分落ち着いてきていた。ちなみに久々知はあれから毎日大学に通っている。本格的に興味を持ち始めたのか、当たり障りのない講義型の教科には毎回顔を出すようになった。逆に英語等の個別指導型のものにはさっぱり顔を見せないし―当てられたら困るのでむしろ有難いのだが―なにより語学そのものには興味がないそうだ。ちびちび講義を受けたりしているもののその一方で図書館にいって資料漁りは続けているようだし―かといって大きな手掛かりが見つかったとは聞いてないけれど―なにより、久々知がようやく携帯電話を使いこなせるようになった。進歩だ進歩。ごしごしとその綺麗な髪の毛から大凡の水分を抜き取ったところでドライヤーに手をかけてぶおおおんと激しい音を鳴らす。私が二人の髪の毛を乾かすというのも日課になりつつある。さて、そろそろあの本題を切り出してもいいころなのではないだろうか。 「久々知、ハチ。ちょっと話があるんだけど」 深刻な顔つきから何かしら空気を察したのか竹谷はモンハンをセーブモードにし、久々知、はその大きな眼でじっとわたしを見つめた。…や、見つめられすぎるのも困ります、ハイ。ぶっちゃけ怖い。 「えとね、今日でこっちの世界にきてちょうど一週間たつわけ。実のところを言うと、……私はぶっちゃけ一週間以内には元の世界に戻れるんじゃないかって思ってた。突然来て、突然帰るなんてことが起こらないともいいきれないでしょう?だけど違った。ということはそろそろ、さ。決断してもらわないといけないと思うんだ」 その一週間という期間に根拠はないわけだけれども。区切るのならばその単位である。漠然とはしているが、何かしらの区切りがほしかった。 「ハチも久々知もとりあえず、私のところで現代を様子見しようとしたわけだよね。で、ある程度現代の生活にも慣れてきたわけだ。そして、……うんまあはっきり言っちゃうと、アルバイトのことなんだけど」 語尾につれてぼそぼそとした小声になっていく。この申し訳なさ感はいくら二人がこのことを了解してくれたとはいえ、情けないにもほどがある。けれどばっちり小声の声だってお手のもので聞くことができる彼らは、気にすんなよとでも言いたげに私の両肩を双方の方向から近いところにポンと置いた。あーやっぱり切ない。ただ、切り返しの速い久々知が何事もなかったかのようにぱっとその先を促す。 「で?今その話しを切り出したってことは……何かしら当てがあるんだろ」 「私のアルバイト先がレストランなんだけど、そこで働いてもらえたらな、とは考えてる。私とシフトをできるだけ一緒のときに入れてもらったら、少しは安心でしょう?」 「レストランってあの飯が食えるとこだよな」 「そうあそこだよ。ハチよく覚えてるね」 丁度何名かの募集がかかっていたのだ。私と同じ日に巡り合わせることかできるかどうか不明だが、どちらかを同じ時間帯に入れることは辛うじてできよう。むしろやってもらう。それに、レジカウンター以外の接客業ならなんとか勤めることができる…とは思うのだけれど。経験が少ない彼には無謀か、と幾度も悩んではいたのだがなるべく早く働いてほしいというのも本音だった。久々知は別としてハチ。こいつめっちゃ食べるのだ。食費が今までの3.5倍はさすがにきつかろうて。そうやって様々なことを懸念しているとはは、と竹谷が笑った。 「しばらくレストラン観察しにいっていいか?それで決める」 「俺もそうしたい。ばれない様に忍びこむつもりだから大丈夫だ」 「どうやって?」 「ま、そこは忍びといわれる所以、だな。安心しろ、兵助も俺もそんな簡単にばれるほどやわじゃねぇ」 ぱんぱんと片腕を景気良くたたく竹谷。便利といえば便利だなこの忍者のなんでもできそうな性質は。はあ、と聊か理解不明な説明を聞き終えてそう零した。いやまあ、そう零さざる負えなかったというか。今までなにも問題は起きなかったし、私も久々知が学内で本当に当たり障りのない程度の会話で周りに疑われることなく接しているのを見ているのでそんな大したことには…ならないとは思う。だから私はこの先のことも考えていた。 「でね、色々考えたんだけど……特にハチね。久々知はまだ大学とか一緒に通ってるからいいけどハチは一日中、図書館かモンハンかなんてつまらないでしょ?まだ不可解なことがいくつもあるとは思うけど、何かしたいこととか見つかったら言って。退屈じゃない毎日を送ってほしいからできるだけのことはするつもり」 いきなりそのようなことを言われてきょとんと竹谷は首をかしげていた。もちろん久々知もね、と付け加えるように彼を見るとこちらもきょとん顔。変なところで察しはいい癖にこういうところの理解が遅いのは何故だろうか。そんなに難しいことを言っているつもりはないのだけれども。 「だからさ、こっちの生活も、楽しんでほしいってこと」 竹谷の言葉を聞いて、久々知の表情を見て段々とそう願う気持ちが大きくなっただけのことだ。私だってこの状況を申し訳ないが楽しませてもらっている。彼らがどのような気持ちで現代での生活を過ごすつもりなのかはさっぱりわからないけれど、できることなら無駄な時間だったなんて思ってほしくない。不運の塊だとは思ってほしくない。過去に返ってもふっとしたときに思い出して―ああ、あんなこともあったなあ―なんて笑ってもらうことができたらそれがいい。そういう環境を作ることが、私の仕事でもあると思うのだ。 「……楽しむ、ねえ」 「お気楽な考え方だな」 虚を突かれたような唖然とした表情のままぽつりと復唱する竹谷と、そんなことできるわけがないだろうと言わんばかりに米神を抑えている久々知の姿が目に入った。そこで、まさか、ありがとう、なんてお礼の言葉が返ってくることは無いとは思っていたが、あからさまに不信な目つきを向けるのは止めていただきたい。段々と縮まってきた距離を更に縮めたいなと思って口にした一言であったのだが、これは失敗だったのか。それともサービス精神を出しすぎたであろうか。彼らが彼らであるからこそ、私はそう接したいと思うのだが。これが本心というものである。ええいもう、不自然な顔つきをして固まるな、と双方の頬をぐーっと握った。忍者ならばそれさえよけれるはずなので、されるがままになってくれてるというのは悔しいが、避けられた場合はもっと悔しいのでそこは黙認しておく。どちらにしても、折角現代に来たのだから毎日モンハンではこちらに来た意義、というものもないだろう。意図して来たわけなのだから意義の有無すら憚れるが……得るものが何もないまま帰るのは損。何か一つでも彼らの心に残ればいいと―そう思う、のに。結局自分の独りよがりなんだろうか、と心の奥でぼそりと呟き苦笑いを零した。 |