ピピピ、とバイトの休憩時間の合間に携帯をつつく。半日つつかないだけでもなんだか不安になるのだから私はかなりの携帯依存症だろう。竹谷達から着信がないのを確認したのち、結構たまっていたメールに返信していった。あの二人がいなくなってようやくまともに思考することができるようになった。根っからのオタク気質なので特に買い物をしている間はハイテンションぶりがはんぱなかったことに苦笑する。まあ、仕方ないといえば仕方ないのだが―まさかあのようなことが現実に起こるなんて思いもしなかったし―果たして、実際にこちらにトリップしてきた彼らはどうなのか。何を考えているのか。安易にかっこいいとはしゃいだりとか現代に馴染ませない方がよかったのではないか、と後の祭りではあるが後悔の連続である。でもなあ……突然やってきたんだから突然帰るのが落ちだし、しばらくは私の楽しみに付き合ってくれてもいいだろうにと考えるのは自分のことしか考えていない証拠。もし万が一私が向こうの世界にトリップしてしまったら……一日でも早く帰りたいと願うだろう。少しは人の立場になれ、と自分を叱ったところでバイトの先輩からちょっときてー、と呼び出され慌てて携帯を閉じてそちらへ向った。 図書館に彼らを迎えに行くとげっそりとした竹谷と疲れたようにこめかみを押さえる久々知の姿があった。聞いたところによると膨大な資料の量と、現代の知識不足であまり重要な手がかりらしき手掛かりが見つからなかったようだ。特に本として出版されているものは信憑性は高いが著者の言葉づかいが難しいことから、過去から来た彼らにはより難易度が高いものとなっているはずだ。少し情報の信頼性には劣るがインターネットという手段もあるのだということを後で教えよう。私も過去の新聞の記事を少し調べてみるかな、とぺろりと指をなめた。 今日の夕飯は、鍋にした。これなら同じ鍋で全員が食を共にするのだからいちいち毒味なんてしなくていいだろう。その上、冬近くなったこの気温だと鍋がどうも恋しくなる。何鍋がいいのかわからなかったが、敢えてシンプルに水炊きにしておいた。ポン酢、ゴマだれ、お醤油どれでも好きなお味でどうぞ。少し多めに豆腐を買っておいたのだがそれは当たりだったようで、久々知がこちらにきて初めて、おいしい、という言葉を口にしていた。豆腐ってそんなに味しないと思うんだけれども。ぱくぱくと箸を進める久々知に竹谷はほんと相変わらずだよなー、と半ばあきれていた。 「ところで、」 「うん?」 「ここは尾張で間違いないんだよな?」 ……尾張。聞いたことのある地名だが、世界史選択者だった私にはそれが果たして具体的にどの地域を指すのかさっぱりわからなかった。確か、新撰組の同人を描くために参考書としてもらった日本史の教科書の裏に書いてあったような気がする、と本棚を漁る。びっちりバサラらへんや江戸らへんにアンダーラインを引きまくったそれを確認して、私はうんと大きく頷いた。尾張……そう、現在でいう愛知。大きく頷けば彼らは確信をもったかのように顔を見合わせていた。どうやら、彼らはこの場。そうちょうど500年程度前のこの地からやってきたのだという。場所はそのまま。時間だけを飛び越えて。なんだかその話を聞いた途端不思議な感情が芽生えた。この地には今まで沢山の人がたってきたんだな、と過去に改めて想いを馳せることなんて滅多とないことだ。しかもその過去の人物を目の前にして。 「それで、もしこの尾張で古くから伝わる言い伝えとか、言い聞かされている逸話とかがあったら教えてほしいんだが」 「言い伝えね。残念ながら私は尾張に昔からいるわけじゃないんだよね。ホントは中国地方の方、昔でいう備中出身で一人暮らししてるもんだから全く知らないんだ」 「……あ、そういえば、って両親は?」 竹谷が聞きづらそうにでも聞かなければならないようにそう聞いてきた。隣で久々知が、ばか、聞くな、とでも言わんばかりの目で睨んでいる。……これってもしかして両親いないとか思われてるのかな。勝手に殺されてるよ、お母さんお父さん。そうそうバイトで稼いでなんとか生きてる、って彼らに伝えてあるし、彼らの世の中では戦乱が多かったから親がいない境遇の子供がきっといっぱいいるんだと思う。例えば、きり丸とかそうだったよな……。この世界にもそういう子供たちがいることは確かだが、私の両親はまだ健在だ。 「双方とも元気に生きてるよ。大学に通うためにちょっくら一人暮らししてるだけ」 「そうか……ならよかった」 久々知のちょっとほっとしたような顔にきゅんときてしまった私は別に面食いなわけではない。かっこいい顔はかっこいいから仕方ないって認めてるだけだ。ただ、現代の感覚だったら大学生になって一人暮らしなんて別段違和感のないことなのに、彼らにとっては一人暮らしってだけで家族がいないというイメージを根本的に持っているということが悲しかった。核家族化が進んでいる中、きっと昔はじいちゃんもばあちゃんも一緒になって大勢で暮らしていたんだろうということが想像できる。そう考えると現代は戦争がなくなったり平和になったり便利になったりした分、人との距離や温もりが離れていっているなと感じて少し寂しくなった。 「一度、こっちの世界の備中にでも行ってみる?こんな男前連れてったらうちの父さんと母さん大喜びするよ。いい男捕まえた!って」 「誰が誰の男だよ、オイ」 「彼氏が嫌なら別にいいよ、ヒモって紹介してあげるから」 「ヒモ?……紐ってなんだ」 「後で辞書貸してあげる」 竹谷がヒモというワードを知らないばっかりにここぞとばかりにからかう。後で意味を知った時は恐ろしいくらい怒るかそれとも呆れを通り越して黙るかどっちだろうな。いつの間にか兄弟みたいなノリで竹谷とすっとぼけた会話を交わしていると、久々知はこちらを見ながら小さく息を吐いた。あの顔には一瞬でも気を使った自分が馬鹿だったと書かれている。失礼なやつだ。 「ところで、その言い伝えとか逸話の類いも調べるつもりなんだ。非科学的だよなあ思いっきり」 「こちらの技術でも時間移動は解明されていないといったのはだろうが。それに、当たるべくところは全て当たっておくに限る」 「じゃあ、東洋だせじゃなくて西洋の理論も交えてみた方がいいかもね。時間移動―つまり、タイムスリップに関しては西洋の方がたくさん理論が残されてると思う。私も大学の図書室で文献漁ってみるわ」 「ああ、頼む」 「つーかさ、その大学って一体なんだ。さっきも大学に通うため、とか言ってたけど」 竹谷の言葉に、ああ、そういえば大学の説明をしていなかった、と思い返した。細かいところまで説明するのは難しいが、言ってしまえば忍術学園のように学問を学ぶところだ、と伝えておいた。ただし、そのジャンルは学部というカテゴリーによっててんでバラバラで共通科目もあるが、学年が上がるごとにその専門分野に分かれて奥深くまで学ぶのだ、とも。明後日から私も大学が始まるので伝えるにはちょうど良かったかもしれない。ふうん、と竹谷は聞いておきながらそれを一蹴りし、反対に久々知の方が興味を持ったようだった。さすが秀才。 「行ってみたい」 しかも一言だけぽつんと欲望をさらしたこの人。確かに、大学は高校などと比べるとフリーダムで久々知の年齢であれば余裕で紛れ込むことができるだろう。けれど―いや、いってもつまらないと思うけれどな。だいたい、竹谷はあんなに興味なさそうなのに……久々知の好みがわからない。私ならわざわざ大学に行きたいなんて思わないだろう。 「ま……できないこともないけどね。考えとく」 「よろしく」 そういったきり今度はこっそり鍋に残った豆腐を取りだし自分用のタッパーに詰め始めた彼の思考回路。いっぺん、覗いてみたいものだと小さく息を吐いた。 |