さっぱりショートヘアーにした竹谷と久々知は非常にかっこよかった。私の拙い語彙力で表現できないのがなんとも惜しい。竹谷はそりゃあもう、ばっさばっさだった髪の毛をさっぱり切ってしまって……ただ、元々の髪質が草原なのかごわごわ感は否めなかったけれど耳に髪がつかないくらいの長さ。適度な長さのもみあげがワイルド。久々知はなんというか、さっぱり系美少年。さらっとストレートで前髪長め、後ろがウルフっぽくてちょっとかわいい。竹谷は髪の毛も染めたらしくうっすら茶色になっていた。激しく高鳴る動悸を抑えて私は彼らに向き合った。どうしよう今なら死んでもいい、と心の中で零しながら。 「さて、じゃあ最後に携帯買いに行きますか」 「携帯電話?あの、遠くにいる人と会話できるっていうからくりか?」 「うんそう。私これからバイトがあって、家空けなくちゃいかんのよ。だから連絡取れる方がよいでしょ?貴方たちがいなくなったら私の予備用にするから気にしないで」 昨日私が携帯電話で先輩と話すところを見ていた竹谷はへーと薄めなリアクションだった。反対にそれを知らない久々知は、は?なにそれ、と微妙な表情。ま、とりあえず、携帯は私と同じ会社のものにして携帯の色は五年カラーの藍色にした。どうも久々知は機械音痴っぽいので使い方は竹谷に教えておこう。当初は混乱でいっぱいだった竹谷も日が一日たったせいか、幾分か落ち着いてきたようだし。そうなると私のイメージの中では5年生で一番の常識人は竹谷なのだ。電車とかああいった機器にも興味を示していたし二人の中では敵役なのではないのだろうか。沢山抱えた荷物どもをもって一服していると、丁度正午で時計台から音が聞こえてきた。これからお昼まで間もないし私たちはファミレスで食べて帰ることにした。慣れない雰囲気に戸惑っていたけれど、ファミレスは案外フリーだからそう躊躇することもなく空気になれたらそれこそ普通に座っていた。ただ自動ドアとかいまだにびくつく竹谷が面白い。メニューを見ながら私はハンバーグ、久々知は和風定食っていうかうどん、竹谷は思いっきり洋風のメニューに興味をもったらしい、私にならってハンバーグを頼んでいた。てんで食の好みがばらばらだ。スタッフさんが両手プラス肩まで使って料理を運んでくる。わー、ハンバーグ久しぶりだ、なんて浮かれていると驚くべき行動にでた久々知。 「、あーん」 ぴきっと固まってしまった私。それを見た竹谷も、あ、そうだな、と納得しながら箸を使ってハンバーグをぱっくりと割ってあーんと差し出した。昨日はスプーンを使ってカレーを食べていたけどやっぱりフォークは抵抗があるのかなあと思っていたが、そんなことはどうでもいい。なんの羞恥プレイだ。お昼時なので周りには家族、友達、恋人同士できてるお客さんがいっぱいいるというのに。中々口を開けずにいると、眉をしかめた久々知がぽそっと呟いた。 「毒味」 「そういうことですか。って、自分で食べれるから」 うどんをスパゲティーのようにくるくるまいて口に運んだ。そのあと、ご飯もみそ汁も漬物も一口ずつ食べさせられるはめになる。竹谷も同様。でもなんだか弄ばれた気持ちがしたので竹谷に分だけ多めに肉を取ってやった。変な勘違いをしてしまった自分が悔しい。私が口に入れて数分後、何の変化もないとわかると順々に口を付け始めた。竹谷はお腹が本気で空いていたのかうまいうまいとがつがつ食べていた。ホントこういうときも疑うなんて、忍者ってなにからなにまで大変なんだな。 帰り際は腹の傷があるからと、久々知に大半の荷物を預けた。細い体つきをしているというのにやはりそこは忍者なのか、軽々と布団一式を抱えて歩いている姿は本当に男前だった。バスの中で再び顔を青くしていたのには笑いを通り越して飽きれてしまったけれど。いったん、家に帰って服などをクローゼットに収めると私は化粧をし直してバイトに向かおうと支度をした。その間、私は彼らにどうして過ごしてもらおうかと思案していた。大人しく家で待っていてもらうことが一番の希望なのだが、そんな人物ではなさそうだ。特に竹谷。一通り、車の危険性などは教えたため轢かれることはないとは思うが。しゅ、とコロンを首筋にかけて完成したのち彼らを振り返った。 「これから、どうしたい?大人しく家で待っててくれた方が助かるんだけど、そう遠くないなら散歩とか出歩いても構わないよ」 「過去の文献資料を閲覧できる施設なんかこの辺りにあるのか?」 「図書館が徒歩15分くらいのところにあるけど……過去のものがあるかは微妙かも。でも一番このあたりでは大きいところだから行ってみる価値はありそうだね」 「そうか。なら俺はそこに行きたい」 「俺も行こっかな。色々と情報を入れときたいし」 「どっちにしても携帯が1つしかないから、必然的に二人は一緒にいてもらいたいんでその方向でお願いします」 ここに来た原因もしくは帰るための手掛かりを探すつもりなのだろう。いかにも久々知らしい発言だった。私としては図書館なら散歩よりも迷子になる可能性が低いし、他人とあまり関わりを持たない施設だし、忍術学園にも似たように図書室があったのでなんとかしのげるだろうと安心した気分だ。念のため、竹谷に携帯の使い方をもう一度おさらいして、何か困ったことがあったらすぐに私に連絡を取るように言い聞かせておいた。バイト中なので中々でるのは厳しいだろうが、こまめにチェックするから慌てないように、とも。こちらはもちろん久々知に伝えたのだが。バイト先の途中に図書館があったのでチャリでそこまで二人を送っていく。ルーズリーフとシャーペン、念のために私の図書カードと1万円を与えておいた。少しばかり不安だけれど、幼稚園児よりは安心できる。なんたって一応、成人前。じゃあ行ってくるね、と言った時は母が帰宅所に子供を預ける気分さながらだった。 久々知は立派なコンクリートでできている図書館を見て、おお、と目を見開いた。こちらの世界に来てから驚くことばかりだ。技術の進歩、とでもいうのだろうか基本的な社会の仕組みも細かく統制されており、つかわれているものも馴染まない素材のものが多い。そして、あらゆることに便利が尽くされている。竹谷と共に中に入ってみるとカウンター席には幾人ものスタッフが働いており、その貯蔵の多さには驚いた。この場に数年前の不破がいたらとても喜んで読みふけっていたに違いない。そう思うとふ、と表情が和んだ。 とりあえず、竹谷と手分けして過去の文献を探る。といっても何から手を付けていいものかと悩んでいたところでまずはこの土地と歴史についての資料を持ってくることにした。さすがに自分たちが住んでいた当時のものをそうやすやすとは見せてくれないようだったが、過去のものをまとめて現代用に印刷されている資料があったのでそれを利用させてもらうことにする。また、それと同時に関係のありそうなものを適当に選んで二人掛けの机へと腰をかけた。片っ端から読んでいくのも時間がかかりそうだったのでとりあえず、ぱらぱらと索引を流し読みし興味がある語彙だけを抜粋して読んでいった。―神隠し、怪奇現象、妖術幻術など。けれど正直知識がかなりこちらと自分たちとでは差が開いているため理解するのも困難だった。はあ、と一時間もたたないうちに竹谷が根をあげた。 「兵助、なんかわかった?」 「こんな短時間でわかるか。でも、ここが未来だということはほぼ確定した思ってる。はっちゃんもそう感じているんじゃないのか?」 「そうだな……外を出歩いたときも、怪しい感じがなければ本当にこの世界は未来として存在しているようだった。俺達が過ごした戦国時代の文献も見つかったことだし、そこは信じるべきとこだとは思う」 森も、草木も、多少なりて外観が変わっても自然の存在はそこに見られたことが竹谷を安心させたに違いない。それに、彼女が未来だと断言している以上、自分たちが疑いをいくら掲げたところで正しいか否かの判断はできないのだ。なんたって未来なんて本来は知らないまま死んでいくはずだったのだから。さて、とりあえず双方の意見は一致したところだし片方は文献を漁ることに飽きたようだし、ここまでのことをいくつか整理してもらったルーズリーフにさらさらと久々知は現状をまとめていった。 「こっちに来た現象に今とあっちでは繋がりがいくつかある。まずは第一に、雷がなっていたこと。あっちの世界での一番最後の記憶は、落雷の瞬間だったはずだ。そして季節の一致。向こうも師走、だったはずだよな。いちいち月日なんて気にしちゃいられないが寒かったのは記憶にある」 「ああ、雪が降りそうなくらいの寒さだった。俺、関節をあっためるために任務に就く前に甘酒飲んでたんだ。よっく覚えてるぜ」 「どうでもいいことばっか覚えてんだから。ま、あとは、最後に。この文献を見て気づいたんだが」 そういいながら久々知は一つの古めかしい文献と先ほどから借りたこの辺りの地図を見比べた。竹谷もすぐに彼の意図するところに気がつき、あっと小さく声を上げる。戦国末期の地形と書かれたその地図に表されている地名は彼にとっても聞き覚えのある名前であった。そして、その地図と真新しい現代の地図の地形が恐ろしく酷似していた。あの時は長期任務のため故郷である丹波から離れはるばる尾張へと出ていたのだ。つまり、場所もそれほど離れてはいないということか。 「俺の忍服の懐に地図が入っていたから、改めて確認しようとは思ったんだが……恐らく、の家はあの城が建っていた場所に位置するんじゃないか。それならば中途半端な4階という高さのあの部屋にいたことも頷ける。隠し部屋は丁度あの程度の高さだったからな」 「それはつまり―俺達は位置的には全く動いていないということか。動いたのは時間だけだと」 「そういうことだろうな。どっちにしろ、あの場所にとどまるどうかはあまり関係がなさそうだ。一番の重要性は雷、だろうな」 「前進したんだか、後退したんだか……なーんか微妙な手がかりだな」 「俺もそう思う」 ただ、自分たちにできることは小さなことでも書き留めてそこから可能性を見出すことだけ。長い道になりそうだと、久々知は大きな溜息を零した。 |