ちゅんちゅんちゅん、と雀が可愛らしい声で囀る音が聞こえる。ああ、朝だ。どうやら昨日の雷は綺麗さっぱり消えていったようだ。眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。くあああと大きく欠伸をして、はた、と昨日のことを思い出した。昨日、昨日、そう昨日、奴らがやってきたんだ。あの竹谷八左ヱ門と、久々知兵助が。ばっさあと勢いよく布団を蹴り飛ばした。ああ、ちゃんといた。夢オチではなかった。なんだかんだ面倒なことに足を突っ込んだと思っていても、やはり憧れのキャラクターが現れたのだ、少なからず喜んでいる自分に気づく。ぱっちりと大きな瞳を閉じてすうっと眠っている久々知と、毛布を蹴飛ばしている竹谷を交互に見ながらふふふと笑った。そして、時計を確認して現在時刻が7時だということを知る。おっし、そろそろ動かないと買い物に行けなくなるな、と普段であればぬくぬくとした温もりから這い出るのをためらう私であったが今日ばかりはぱんぱんと顔を気合いっぱいに叩き、台所へと向かった。その様子を最初から最後まで彼らが薄目を開けて眺めていたということも知らずに。 とりあえず、朝食は白いご飯とみそ汁、目玉焼きにした。定番セットだ。それを作り上げた後、洗濯物を一気にぐわんぐわん回す。3人分に増えてしまったので一日一回は回さないと追いつけないだろう……もちろん、きちんと褌も洗いました。生褌初めてみた。これが潮江とかのだったら私は間違いなく仙さまに売りつけていただろう。あ、自重自重っと。血がべったべたについた竹谷の忍装束は重層を入れたバケツに一晩漬けておいたので後で別に洗うとする。うむ、なんかいっそのこと清々しいくらいの清潔感がある。 そのあと、ぐっすり寝ていた彼らを起こして朝食をともに食べた。一晩のうちに何があったのかは知らないが明らかに竹谷と久々知の関係が柔らかくなっているような……気がする。その証拠に食卓に流れる雰囲気がやけに緩やかなものだった。どちらにせよ、いいことだ。久々知も私と交わした約束を守ってくれているのかなと少し嬉しくなった。一般的な日本の朝食を食べ終え、今度は今日の予定を彼らに説明する。とりあえず、買い物をしなくてはならないのだ。あと、外の世界を彼らも見てみたいだろう。昨晩は嵐だったので周りがよく見えなかっただろうしショッピングモールで買わなければならないものが山ほどある。ぴぴぴ、と脳内でどれを買えばいいのか、とりあえず衣類、洗剤、歯ブラシ、布団一式、をあげた。今月の残りはもう期待できないので奨学金を崩すしかないかとトホホと涙を流した。とそこまで考えたところで、あ、と私は声を上げた。安々と貴方達の面倒を見てあげると言い切ったものの、私は金の心配を全くしていなかった。 「えーコホン。ごめんホントにごめん。私、実はまだ学生の身分なのね。だから、お金とか余裕がなくて……二人を養っていく経済力は全く持ってないのです。私もバイトとかでちょびちょび稼いではいるんだけど、自分が生活するのに精いっぱいで。だから、貴方達にも働いてもらわないといけないんです」 うああああ、ホントに貧乏学生ですいませんでした。私がもっと大人だったら、それこそ昨日久々知が言ったように24歳とか社会人だったら余裕で彼らを囲ってあげれたのに。ああああ、情けなさすぎる。あわあわとてんぱっているとぽんと頭をたたかれる。久々知が悟ったような顔でこくりと頷いた。なんだか嬉しかったのだが少し切なかった。けれど本当に働いてもらわないと生きていけないので、二人にはどこか私の目の届く範囲のバイト先を慣れたら探してもらうことで落ち着いた。よくよく考えてみれば彼らは向こうでは一端の忍者として働いていたのだ。今更働くことになんの迷いもないし、一日中家の中に引きこもっているよりかはそちらの方が何倍も現代を体験できるといって竹谷なんかは前向きにそういっていた。なんだか、竹谷っぽいなと思わずにいられなかった。やっぱり彼らは彼らなんだ。外見は大人びているし、はじめは全く別人かと思ったが奥底には面影が見える。私が漫画で読んだあの頃の二人の姿が。とりあえず、お金の問題は二人に頑張ってもらうとして、帰りにコンビニよってタウンワーク奪ってこなくてはと脳内メモにしっかりインプットしておいた。 たどり着きましたは、近くの大きなショッピングモール。途中、部屋から一歩踏み出したとき彼らは車の存在をみてまた吃驚としていた。大きな鉄の塊がすごいスピードで走っている。特に竹谷はそれに興味津々だったようであれに乗ってみてぇ、と幾度も口にしていた。見慣れない光景を明るい陽射しのなか見せつけられてはもうこれが夢だとはいちいちいえなくなってきたのだろう、竹谷はあれはなんだこれはなんだと、自転車、電車、信号機、飛行機、エスカレーター、地下鉄、全てに置いて質問を繰り返していた。久々知は隣で静かにそれを聞いているだけ。ただし、ショッピングモールに行くためにはバスに乗らなければならず、どうも乗り心地が悪かったのか久々知は口を押さえていた。酔ってしまったようだ。前途多難である。しばらくベンチで休んだ後、とりあえず洋服を見に行った。 男物の服など選んだことがない上にあまりファッションには興味がない方だ。ただし、イケメン顔のお二人にセンスの悪いものなど着さられない。とりあえず、二人のセンスに任せるとして男物売り場に彼らを連れて行ったあと、下着売り場にてぽいぽいとトランクス、ボクサーパンツを選んでいた。とりあえず、竹谷はトランクス派っぽいのでそっちにしてなんとなく久々知はボクサーにした。トランクスにはあの、緑の海獣の赤ちゃん柄、土曜日の朝には子供に大人気のキャラクターデザインがプリントされたものがあったので購入しておいた。竹谷に履かせるのが楽しみでしかたない。せっかくお金を使うのだから楽しい方向に使わなければな、と意気揚々とレジに通して試着中だという彼らの元へと足を運んだ。 「……かっこよすぎる」 鼻血が出ても文句は言えない。久々知はシンプルな白いシャツに黒のジャケットを合わせ、下にはジーンズとブーツを合わせている。腰にはドクロの太いベルト。在り来たりだが彼の体格にはとてもよく似合っていた。また竹谷はオレンジのパーカーにこちらもジーンズ。ただし膝辺りがナチュラルに破けている。なにこのセンス。この人たちホントは現代人ではないのだろうか、と一瞬疑ってしまったら、なんのことはない、後ろで綺麗に微笑む定員さんが見えた。コーディネイトしてもらったようだ。そりゃそうだ。でも彼女のセンスは私には持ち合わせていないものだったのであとそれぞれ二三着お願いします、と頼んでおいた。小物も、帽子とかアクセサリーとか好きなものを選んでやってください、とも。お洒落させないでどうする。現在パロディ万歳だひゃっほい。 「なんかいっぱい買ってもらって悪かったな」 男性服のコーナーから出たところで久々知が申し訳なさそうにそう呟く。いや別に、確かに万札はたくさん飛んでいったけれどいずれは返してもらうつもりでいるのだ。だから、きちんと働いてから帰ってくれ、と伝えると納得したように縦に首を振った。でも、彼らにとっては貸し借りはない方が気に病まずに済むだろう。ただでさえ、宿を提供しているという点で貸し一なのだ。まあ、実質私にお金がないというのが一番の理由なのだけれど。そのあと、試着した服の一部に袖を通してショッピングモールの中を歩いた。さすがにジャージのままあそこを歩かせるのは酷だ。当人たちは気にしていないようだったがそれは感覚が伴わないからであり、共に歩く私はとても恥ずかしくある。けれど、着替えたらある意味注目を浴びていた彼らがもっと注目を浴びるようになった。 「なあ。さっきから視線がすげーんだけど、どうなってんの」 「ああ、それはハチ達がかっこいいからだと思うよ」 「それにしても突き刺さるような視線ばっか。歩きにくいな」 苦笑いを返す二人。顔もいいし、体格も鍛えているからいいし、注目を集めるのは目に見えていた。だが、まさかここまでとは私も予想していない。そして、また、ああ、と新たな事実に気がつく。 「多分、二人の髪の毛がものすっごい長いせいもあるんだと思う」 「長い?そうか?」 「だってハチとか腰まであるでしょう。おまけにぼっさぼさだし。普通、この世界の男の人はあんな感じで長くても首筋に掛るくらいなんだよ。だから、物珍しいんだと」 ほら、とすれ違う男の人たちに視線を向ける。確かに、と彼らは口々にその様子を見て口にした。私からすれば、この長さよりちょっと短いけれど、現代にしてはめっちゃ長い髪の毛の彼らに見慣れているからそうバランスが悪いとか思わないのだけれど人目を引くことは確実なのである。過去の人物が髪の毛をやたら伸ばしていたことは承知の事実だが上手く現代に溶け込むためにはそれを捨てなければならないということも覚悟しておいてもらった方がよさそうだ。 「悪目立ちしたくなければ、さっぱり切っちゃうのが一番手っ取り早いよ。働いてもらうとなると、必然的に切ってもらうことになると思うけど、躊躇とかあるよね」 「いや、特に」 「だな。伸ばしてる理由はないし。切ってもいいよ」 「え、えええ、ハチは私もむしろ切った方がいいと思うけど。久々知はなあ……せっかくの綺麗な髪の毛がもったいないよ」 「それは間接的に俺のこと馬鹿にしてんな?そうだな?」 「昨日も直接言ったじゃんか」 竹谷に頭をぐちゃぐちゃ掻きまわされながらも、ふと、ここのショッピングモールには美容院も備わっていたことを思い出す。善は急げだ。このあと、布団とか選んでいる間に切ってもらおうとがしっと二人の手首をつかんで連れて行った。よもやそんなすぐすぐ実行されるとは思ってもみなかったのだろう、備え付けられた美容院に対してなんでもあるなーホント、と感嘆の息をこぼしていた久々知がいた。とりあえず、基本的にはお兄さんたちに任せるとして、ただし、竹谷にはトリートメントを念入りにお願いしますとだけ伝えておいた。センスのよさそうなお兄さんがただから、きっとかっこよく仕上げてくれるに違いない。羽毛布団目指してエスカレーターを登りながら妄想に花を咲かせていた。数時間後、―私はこの瞬間にこの二人を拾ったことを大変幸運に思っていた。 |