*竹谷視点 真夜中。ひゅうひゅうと嫌な音が窓越しに聞こえるが、雷の音はもう止んだようだった。竹谷は今日起きたことを脳内で再び繰り返し再生した。巻物の奪還、久々知との再会、覚悟した死―それをまだ序の口といわせんばかりの、未来へのトリップ。当初はもしや自分は死後の世界にいるではないかという考えもあったが、脈があり体温も感じ、なによりずきずきと腹にできた傷が疼くのだ。死後の世界ではあるまい。かといって、現実だとは思えなかった。あまりにも飛びすぎた展開だ。一番いいのはこれが全て夢であるということ。悪質な夢だがそれが無難な落ちである。ふう、と小さく息を吐きながら寝返りを打った。そのとき真一文字の傷が布団の上を掠り、っち、と軽い舌打ちが漏れた。嫌なことばかりだ。 、と名乗った見ず知らずの女性はあらゆる有り得ない展開に最初は酷くついていけなかったようだが、殺気を緩めると段々とありえないほどに冷静に対処していった。その冷静さがまた竹谷を疑わせる一因でもあった。久々知は元々至極冷静で彼女のペースについていけており、まるで自分だけがカヤの外のようだった。そして最終的に久々知は彼女の言い分を信じると―ここが未来であると、とりあえず納得したようだ。確かに見慣れないカラクリが山のように存在するし、久々知のいうことは一理ある。それに彼女からは一切殺気というものが表れていなかったし、なにより隙だらけ。一般人とみて間違いはないだろう。そんな彼女ならば怪しい行動を見せればすぐさま殺せる。状況を判断するためにしばらく様子見をしても、損にはならないだろうと判断できたのは幾分か彼が忍者としての経験を積んできたからだ。ただ、疑わしいことには変わりない。久々知も同様だ。一時休戦、と口ばかりはいっているものの、何が起こるか分からない。信頼できるものなど遠い昔に全てなくした。いつでもなんたるときでも疑ってかかれ。―ただ、どうも、男が二人も同じ部屋にいるというのにやすやすと眠りについた彼女には呆れるばかりであった。 「変な奴だと思わないか?」 起きているんだろう、と竹谷は口を動かす。久々知は本棚を背もたれにして坐禅を組んでいたが、話しかけられたことでぱっとその大きな眼を見開いた。そして、こくりと小さく頷く。 「確かに、よほど危機感がないと見える。それは平和な世だからといって成り立つかといえば……信頼しすぎではないか。彼女はまだ隠しているように感じる」 「……隠す?何を?」 「知らない。けど、そんな気がする」 久々知の勘に根拠も何もなかった。けれど、久々知は勘はいい方だ。昔からそうだった。彼はまた同時に、彼女が冷静すぎることを気にとめていたようだ。自分の冷静さは棚に上げておいて何をいうかと竹谷は思ったが、どちらにしても考えていることは似通っていると言っていい。明日は買い物へ出かけると言っていた。何より優先されることは自分のこの目でこの未来とやらを体感し、そして状況を分析することだろう。どういう経緯があってこのような不可解な現象が起こっているのかは不明だが、帰る道をそれを探し出さねばならない。 「はっちゃん……」 「ん?」 「謝んないからな」 「何を」 「腹」 ああ、と竹谷は腹に手を添えた。理解できている。出くわしたのが誰であろうと―同級生であろうと下級生であろうとあの場で情けをかけるのは忍失格だ。一番、求められる要素が欠落していることになる。それを、わかっていて、自分たちはこの道を選び、歩んできた。自分が久々知の立場でも遠慮なく手をかけていたに違いない。言い切った彼に笑いが漏れた。 「気にしてない。世の道理だ」 そう、口に出したから。だから、彼はふっと昔を思い返した。幾度となく繰り返してきた鍛錬の合間、特に久々知とは組みが違ったので合戦になったことは数え切れないほどあった。昔から怪我を負わしたり、負わされたり、それは何度となくあったのだ。 「しばらく、休め。決着は向こうに帰ってからやり直しだ」 「そうだな」 ふっと、辺りに静寂が漏れうとうととしたまどろみの中に彼は入っていった。懐かしく甘い昔の思い出を夢として見ながら。 |