ご飯食べて、これからともに暮らすことを約束して、それからどうするんだったっけ。今から携帯取りだして最初から逆トリップものを読み返したい。口は先ほどからくるくるとまるで別人のように上手いこと回っているが、脳内は必死だった。さっきのマシンガントークだって思っていたことをそのまま口にしたというよりはついつい口から出てきたというのが本音。楽しんでこそいるものの、いつか寝首をかかれるかというのも不安なのだ。ただ、実質彼らが頼るべく人はこの世界では私しかいないはずである。殺されることはないとは思うが。ううんと首をひねっているととっくに11時を過ぎていたことに気がついた。そろそろ寝るか。明日は学校は休みではあるが午後からバイトが入っている。いろんなことがいっきに起こって疲れたようで体が休ませてくれと悲鳴をあげていた。 「あ、……お風呂」 そこで最大の事態に気がつく。そうだ、飯、説得、ときたら風呂ではないか。にんたまの学園にはなんか檜風呂みたいな共同風呂があったがシャンプーとかリンスとか存在したのだろうか。使い方を説明しなければ。というかお風呂にはいるなら着替えがいる。私のテニス部時代のジャージとか……入らないですよね、すいません。久々知はなんとかいけるとは思うけれど竹谷は明らかに無理だ。でも、一番着替えなくてはならないのは血がべっとりと付いている竹谷の方。不衛生極まりない。裸で寝ろといっても今は冬間近。しかも私は女。そんなことできるわけがない。 「えっと、お風呂入りたいですよね?」 「できることなら……ああでもはっちゃんは入った方がいい。血でべったべただ」 「兵助も顔汚れてるし入った方がよくないか。てか風呂貸してくれんの?」 「もちろん、うちに泊まるなら最大限の誠意は尽くします。けど、着替えが久々知さんのはなんとか私のジャージでいけそうなんですが……竹谷さんが」 どう考えても無理だ、と言葉を濁したところで久々知は無表情のままぴきんと固まっていた。あれま、と首をかしげるとあーとがしがし頭をかきながら竹谷が困ったような顔をする。 「俺より身長低いのまだ気にしてたのか」 あ、そういうことね……まあ思春期の男の子なら誰でも気にするだろう。けれど意外とかわいいところを気にするんだな久々知ちゃんよ。もっとあっさりしているのかと思った。とりあえず竹谷の私服は隣の先輩の家に頼んで彼氏の服を貸してもらうことにしよう。ラブラブなカップルだから服の一着や二着、置いてあるに違いない。とりあえず、夜中に申し訳ないが先輩に連絡して服を借りてこよう。散々からかわれそうな気もするがそれも致し方ない。お風呂をざっと洗った後、頭の回転がどちらかといえば早い久々知にリンス・シャンプー・洗顔の仕方を教えるとなんてことはない、と首を縦に振っていた。ただ、お風呂を落とすにも蛇口をひねると出てくるその仕組みには驚いたようでいくらかの差異はあるようだ。にんたまも所謂漫画の世界だから実質の戦国時代とはまた違うのかもしれない。と、そこで私はまたもや重大な事実を思い出した。 「失礼なことをお聞きしますが……下着ってもしかして褌?」 「そうだが。こっちは違うのか?」 「ええもう、全く違います」 褌の調達はいくらなんでもできまい。こりゃ、先輩の彼氏さんの下着まで借りてこなければならないのか。貸してくれるだろうか。いやあの先輩ならにやにやしながら差し出してくれそうだ。しかも新品を。ていうかそれってなんかもうやっちゃったあとみたいな感じがするのは気のせいか。やっちゃった……て、今、卑猥な映像が流れたがそれは全面カァーットカットカット!かあああ、と顔を赤く染めていたらこほんと久々知が小さく咳払いをした。顔には出てないにしても照れていることには変わりないのだろう、少し気まずそうにしている。私は、どもりながら「じゃあさっさと衣服調達しますね、風呂がいっぱいになったらお湯止めてください」とだけ言ってそこから退散した。リビングというかドア一枚隔てた私室に入り込んで大きくため息を吐く。竹谷が懐疑そうにこちらを見ていたが気にしないことにした。風呂番は久々知に任せておくことにしてぴぴぴと私は携帯電話で先輩のアドを見つけ出す。ぷるるる、ぷるるる、と数回呼び出し音が流れてその概要を伝えた。いとこがいきなり泊りに来たものだから、部屋着どころか下着もなく、予備がないので貸してはくださいませんか、とやたら丁寧に。案の定、照れなくていいのにちゃんってばによによなんて発言が飛んだが別にいいよーとあっさりとした返事が返ってきた。とりあえず、任務完了だ、ふう。ぴ、と携帯の電話を切った後、じーっと興味深げにこちらを見ている二つの目に気がついた。 「何してたんだ」 「あ、これは携帯電話って言ってさっきも音楽を流したりしてたんですが。遠くにいる人と話しができるからくりなんです。で、今しがた隣の先輩に竹谷さんの服を借りる約束をした、ってとこでしょうか」 「ああ、そりゃ、どうも」 「いえ。……傷は大丈夫ですか?」 少し緊張はほぐれたとはいえ、明らかに彼らは私の行動一つ一つに敏感だ。物珍しいせいもあるのだろうがちくちくとした視線はいまだに余韻を引きずっている。ぶっきら棒に返す竹谷にそういえば彼と一対一で接するのは初めてのことだ、と身構えた。当初から攻撃などは一切してこなかったけれど、この未来という世界を受け入れきれていないのは久々知というよりも竹谷の方。ちらりと白い包帯が目に入ったのでなんとなしにそう問いかけていた。ああ、と小さくつぶやいた。そのときだけ暗い影が彼の顔に伺える。私は原作で描かれている以後の彼らの将来はしらない。例え、同人で描かれていたとしてもあくまで想像の範囲で、創作のものだ。だからこそ、どのような経緯で久々知と殺し合うことになったのかははっきりとわからない。きっと問いかけたところで答えてもくれないことは目に見えていた。だからこそ、せめてその治ることのできる体の傷だけでも早く治ってしまえばいいのに、と思わざるおえなかった。 「アンタ、ほんとに変わったやつだな」 不意に竹谷が口を開いた。何が、と言いかけて当たり前かと思い返した。見ず知らずの彼ら、しかも過去から来たらしい人物になんやかんやと世話を焼いているのだ。それは私からすれば彼らは漫画の世界の一キャラクターで彼らのこと―正しくは彼らの過去の姿―を知っているから本当に見知らぬ人を拾うよりは抵抗がないことを知らない。伝えるべきことでもない。自分の人生がぺらい紙の上でできた空想上のものだと聞いて誰が落ち込まずにいられるか。敢えて私はそのことを自ら伝える気はなかった。だから、竹谷がこのように不可解に思っている理由も納得できる。そうですか、と返せば気に障ったのかカチンと眉間の皺が寄った。 「それに、嫌に冷静。俺がこんなに取り乱してるっていうのに」 「私だって十分取り乱してます。……最初は殺されるかと思いましたし」 がくがくと流れた涙が嘘だったなんてあるわけがない。ありえない。き、と竹谷と睨んでから、ふうと息を吐いた。一般人じゃないか、と言ったのは竹谷の方ではないか。殺気と呼ばれるものに慣れていないのは当たり前のことだ。先ほどニュースをじろじろ見ていた竹谷が殺人、というワードにぴくりと反応を示していたため法的に殺人はかなりの刑罰が伴うという現代の決まりを教えれば、この世は戦乱ではないのだな、と改めてそう呟いていた。平和で危機にさらされることのない世界で生きてきた私にとってどれほど酷なものなのか、十分に伝わってなかったのだろうか。 「ああ、……それはそうだな。でもそれなら尚のこと変わってる。いつ殺されるかもしれない状況に自ら入り込んでいるようなもんだ」 「だから、それは、ほっとけないんです」 「何が」 「何も知らない世界に何も知らないまま、投げ出されるのは不安ではありませんか」 「……類いまれなるお人よし」 ぴしと竹谷が人差指を私に突き刺した。行儀悪いぞ。じろ、と睨んだらひゅっと綺麗な弧を描くようにして何か飛んできた。ぱしっとそれをつかむと絆創膏。竹谷は小さく、首にはっときな、と零した。竹谷は原作では生物委員として活躍していた。根っから悪い人でもないことは存じているが今の彼からしたら最大の優しさに思わず笑みがこぼれた。 |