「…………」 私は言葉を口にすることができなかった。アニメではほのぼのと描かれていたギャグ漫画ではあるが実質あのぬくもりから出ればそこは戦乱の世。いずれは敵となってしまう日がくるのかもしれない。けれど、少なくとも私はぬるま湯の中でしかにんたまというジャンルを夢見ていたにすぎないのだ。しん、と辺りに沈黙が落ちる中私は黙っていることしかできなかった。戸惑っている私を察してか、今の今まで淡々と自分の怪我を手当てしていた竹谷が顔をあげた。 「とりあえず、それはどうでもいい。ここは俺たちのいた時代じゃない、一時休戦だ。な、兵助」 「……ああ」 相変わらず微妙な空気が流れてはいたが、これ以上の混乱を避けるためか竹谷自らそう久々知に向かって話しかける。彼らの話の背景はよく理解できないが、とりあえず、ここで争ってくれることはないようだ。よかった。できることなら目の前で争い傷つけあう彼らをこの目で見たくはない。そこでようやく、自分が彼らのことを本物の竹谷、久々知として見始めていることに気がついた。あまりにもリアリティのある彼らの話がそうさせたのか。それとも自分がとてもにんたまというジャンルが好きであるからか、それは定かではないが万一嘘だとしてもぼろが出るまでは見守ってやろうと思った。とりあえず、ほっとその場が緩んだところできゅるるるるとどちらともなく腹の音が鳴った。うわやっべ私か!、と焦っていると照れたようにそっぽを向く竹谷の姿が。あ、私じゃなかったのか……。あは、と笑いを零せばぎろっと睨まれた。ばっと口元に手を置く。けれど、ぷぷっと吹き出した音が隣から漏れた。初めて久々知が恐怖を与えるもの以外の笑みを浮かべた瞬間だった。 「……はっちゃん、最高!」 「すっげシリアスな雰囲気をぶち壊しましたね。あはは」 「腹減ってんだよ、悪いかよ!」 私もお腹がすいていることを思い返す。帰宅してから2時間、もうすでに9時を回っていた。これからご飯となると10時過ぎてしまうだろうし夜中に食べると太ってしまうが、血を大量に流した竹谷のために新しく血になるような肉を食べさせなければならない。材料があることだしカレーにするか。腹が減っては戦はできぬともいいますし。私はカタンとその場から立ち上がった。 「ご飯作ります。部屋の中は勝手に詮索しても構いませんが、汚さないでください」 にんじん、じゃがいも、玉ねぎに牛肉、あとにんにくと……なすでも入れるか。冷蔵庫をぱたぱたと開け閉めしていると久々知がひょこりとやってきた。竹谷は早速テレビを付けて情報収集をしているよう。久々知は動ける体なので私の様子を監視がてら物珍しい機器を観察していた。冷蔵庫から流れるひんやりとした空気に驚いていたり、かちっと栓を捻っただけで青々とした炎が現れたことには酷く動揺していた。トントン、とまな板の上で軽快にリズムを刻む音を聞きながら私は口を開いた。 「毒を入れないか心配ですか?」 「……疑っているわけではないが、一応」 「食べる前には毒味とかした方がいいんでしょうか。竹谷さんには食べもらわないと困ります」 「なぜ?」 「怪我してるから。栄養が必要でしょ」 バサラとかだったらオカンが絶対背後でギラギラやってると思うから、それに比べれば久々知の視線が酷く冷静であることに安心していた。いや、別にオカンがこっちに来たことないんてないし、体験したこともないから想像上なんだけれども。しかしながら飄々と尋ねてはみたもののあっさりとそう返されるとやっぱり忍者ってそうそう簡単に他人のくれたものに口をつけないのか、物騒だな、なんかさみしいなと苦笑いだった。カレールー、を手にしてぽちゃりと鍋へ突っ込む。スパイシーな香りが辺りを充満した。あとはサラダを添えるべく、レタスときゅうりとコーンを洗って容器に納める。そういえば、戦国時代ってカレーとかあるのだろうか。南蛮としんべヱのパパさんが貿易をしていたそうだから人によっては食べたことがある人もいるだろうが、この人たちはどうだろう。味が濃いものばかりだと味覚がどうのこうのっていって食べなさそうだ。食べてくれるだろうか、と疑問に思ったところで不意に久々知が口を開いた。 「すまなかった」 「え?なにが」 「首」 つつ、と既に血が凝固しつつある首元を人差指でなぞった。冷たい手がひんやりと肌を刺激する。怖かったということに嘘偽りはないけれど、彼らの日常を一部でも知っている私からすればあの時は当然の反応だったし、恐怖以外の大きな怪我を負わされたわけでもない。日常でも紙で手を切ったときなどにできるほんの浅い傷だ。ただ、別にいいですよ、と返すのも癪だったのでにんまり、と私は微笑んで言った。 「ホントにすまないと思ってるんだったら、こっちの世界ではやく竹谷くんと仲直りしてください。私は貴方がたがいがみ合ってるととても気に障りますんで。」 「それは……喧嘩しないよう努力はするが」 「よし、約束ですよ!」 いまだ苦笑いを浮かべている久々知をほっておいて私はお玉を手にした。カレー出来上がり。 初めこそ毒がどうのこうの言うかと思っていたが、私が双方のカレーを一口ずつ食べたあと竹谷はばくばくと食いついていた。よほど腹が減っていたのであろう。慣れない味だったにも関わらずおかわりを2杯していた。青年の食欲だ。久々知は濃い味はどうやら苦手みたいでなんの感想もないまま黙々とカレーに口を付けていた。腹が膨れた後、お茶を入れてまた話しに入る。竹谷が私たちが台所で会話をしている間、ただ単に物珍しい部屋を物色していたわけではなくニュースやマガジン、また外の様子までいつの間にかしっかり確かめていたようで幾分か落ち着いていた。特にニュースは彼の参考になったらしい。はたまた信じられないようだったが、人間がこちらの社会で規律正しく生活していることは伝わったと言っていた。この呑み込みの速さはやはり忍者だな、と納得してしまう。頭の回転が速いのであろう、久々知は竹谷の話を聞いただけでそうかとうなづいていた。総理大臣がどうのこうのとか、私は中学生まで天皇の存在しか知らなかったぞ。そして、話題は究極の問題へと移り変わる。すーはーと私は大きく息を吸って吐いた。この台詞、申し訳ないが、一度言ってみたかったのだ。 「考えた結果なんですけど、貴方達が帰る方法が見つかるまでうちで暮らしませんか」 双方おもしろいくらいに固まった。 「私はとりあえず、貴方がたのことを過去から来た人物だと認めています。その上での提案です。現代は色々と身分証明などが厳しい上に、こちらの常識を知らない貴方がたが彷徨っても逮捕されるのが落ちです。それに過去から来て一番初めにいたのがこの部屋であるなら、できることならそこから動かない方がよいのではないか、という全てを考慮した上ですがどうでしょうか」 「いや……願ってもみない申し出なんだが、貴方はそれでいいのか?」 「と、申しますと?」 「あっきらかに不審な俺たちがやってきておいそれと泊めるか普通」 「ああ、それは、私は根っから楽しいことが大好きなんです。それにこうして出会ったのも何かの縁です。別にぽいと外に投げ出してもいいんですけどそれでその辺でのたれ死んだりしたら後味が悪いですし、貴方達の今後に興味があるので」 別世界に来た、というか彼らには未来へトリップしたと伝えているが何も知識の無いまま外へ放り出されるのはさぞかし不安なことだろう。左も右もわからない世界。常識が通じない。下手をしたらその辺りで死ぬかもしれない……ことはないだろうが、世の中が混乱するかもしれない。なにより、私はにんたまが好きだ。だったらここにいてもらって私が損をするのはお金くらいなものだ。いつ帰るかわからないのだから少しでも長く生の彼らを堪能したいではないか。もし、偽物だったとしたらいつぼろがでるか、それを見るのも楽しそうだ。悪い話ではないでしょう、とにっこり笑って見せれば竹谷と久々知はとりあえずこくりと頷いた。 「一理ある……が、俺はアンタを一から皆まで信用しているわけではない」 「俺も同じだ。ある程度の知識が備わったら出ていく」 「承知の上です。さあ、どうされますか?」 あくまで最後の決定権は貴方達にあると念押しすれば、観念したようにはあと久々知は溜息をついて、世話になる、とだけ呟いた。久々知を落としたことによっしと心の中でガッツポーズをかました後に竹谷へ期待を込めた視線を向けた。すると彼は、しばらく考えさせてくれ、とだけ呟く。しばらくとは、と尋ねると元々あまり脳内で考えることを苦手とするのか、あああ、とそのぼさぼさな髪の毛を大きく掻いたあとぎろっとした視線を向けた。 「とりあえず、様子見でしばらくここにいる」 竹谷も一応はいてくれるらしい。ただ、彼らの信用を勝ち取るのはとても難しそうだ。このように大人しく家にいてくれるということを決断してくれたことがもうすでに奇跡なのかもしれない。私はほっと息を吐いた。 「じゃあ、一応、これからよろしくお願いします」 |