ええと、とりあえず、どうしよう。この3つの台詞が先ほどから脳内を繰り返す。つか、この人たちマジもん?夢でも見てるのか、私。まだ寝るにしては早い時間帯だけれどそんなに疲れが溜まっていたのか。ぐちぐちと脳内で繰り返すけど、目の前の光景が変わることなど一切ない。とりあえず、頭をあげてください、と2人に言った。いきなりの態度の豹変には驚いたが、そういえば遠い昔は苗字を名乗れるのは身分的に立場が上のものであったという。女であれば余計に苗字を名乗れる物など稀で、姫とかそういう扱いになるのだろう。全然違うけれど大人しくなったのでしばらく勘違いしてもらうことにしよ。どちらにしても、自らを久々知、竹谷と名乗った両青年が完ぺきに本人だと断言できる確固たる証拠はない。もしかしたら私以上のオタクかつコスプレイヤーで完ぺき成りきってます、ということもありえる。けれど、先ほどどこだここ、と口にした言葉。そして完璧なる現代風の外観を見て驚くほど焦っている姿。これが演技だとすれば役者にだってなれるだろう。顔はすこぶるいい。うーんどうしたものか、と首を捻っていたがとりあえず、思ったことを口にしてみよう。 「落ち着いて聞いてください。あくまで私の推測ですが、ここは、貴方達が暮らしていた世界から400年後の世界、つまり未来です」 ぽかん、というリアクションは無かった。理解の範囲を超えている、つまり、意味がわからなかったのだろう。未来…、竹谷(と仮に呼ばせてもらう。そう名乗っていることだし。)は掠れた声で二三度繰り返す。そう未来、と頷きながら私も再び繰り返した。が、案の定許容範囲を超えた彼の脳内は暴走を始めた。 「ふざけたことをいうんじゃねえ!俺は、今の今までこいつと刃を交えていたんだ。それがいきなりこんな……話にもならねぇぜ」 「じゃあ、このからくりの説明が貴方にできますか」 不穏な空気になってきた。信じられないのもわかる気がする。私だって今ここにいるのがあの有名なにんたまの5年生だとは思いたくない。明らか面倒なことに片足を突っ込んでいるような気分だ。けれど、話の辻褄が合わない限り私はそれを前提として話を始めなければならない。コスプレならどこかでぼろがでるだろう、と踏んでいるのだ。だから敢えての逆トリだと仮定しての説明。ぱち、とその場にあったテレビに電源を入れた。途端にがやがやとにぎやかな音が流れる。びくん、と彼らの両肩が震えたのがわかった。信じられないものを見ているような顔をしていた。久々知にいたっては普段でも大きな目をこれでもかというほど大きく見開いていてかなり怖い。 「中に小さな人がいる……」 「これはテレビといって遠くにある映像を映し出すことができるからくりです。んでこれは電気、ヒーター、あと携帯電話。具体的な説明はできませんが、明らかに貴方の住んでいる時代にはない技術でしょう?認めていただけましたか?」 私はカチ、と部屋の電気をつけた。途端に暗闇にぱっと明かりが照らされて目をぱしぱしする二人。私も一瞬その明るさにくらっとしてしまった。最近の電気は明るすぎる。肌寒かった室内にヒーターを付けることによって暖かい風が流れ、携帯電話で音楽を鳴らし始めた。それでも竹谷は現実を上手く飲み込めないでいたようだが、一方はとても冷静だった。漫画の上でも成績優秀かつ冷静と記されていただけはある。 「なるほど……確かに。これだけの技術を貴方一人で開発するのは不可能に違いない。認めざるおえないか」 「兵助、お前、マジで言ってんのか?!」 「最初は南蛮にでも飛ばされたかと思ったが、言葉が通じるのでそれは却下だ。あとはもう可能性と言えば幻術にでもかけられているか怪しい薬を飲んでいるかの二択だが、精神に異常は感じない。だとすれば彼女の言っている未来が正しいにしろ正しくないにしろ、俺が住んでいた世界ではないことは確実にわかる。悪戯にしては手が込んでいる上に、感じないか。空気が違う、って。俺の住んでいた世界とは匂いが違う」 くん、と竹谷はその鼻を動かした。確かに違和感はある、と。けれどだからといって短時間で信じるような柔軟な頭を彼は持っていないようだ。私だっていきなり400年後の世界にトリップしてしまったらこんな来て30分程度ではいそうですかなんて納得はできない。だから、リアクションとしては竹谷の方が正しい。けれど、自分にとっては久々知のリアクションの方がことを簡単に運べる気がして望ましい。バランスの取れた二人だ本当に。室内に暖かい空気が戻ってきたところで、私は改めて二人を凝視した。漆黒の長い髪を垂れ流しまつ毛がばんばんの青年は確かに久々知兵助によく似ている。また、髪の毛があらゆる方向にびよんびよんでかなり大雑把にカットされている髪の毛も竹谷八左ヱ門にそっくりであった。これでコスプレだったら完成度半端ない。神だ。けれど、そこで竹谷の腹に視線が移った。血が、止まっていない。急いで救急箱を取りだした。 「手当させてください」 竹谷は自分の怪我に今気づいたかのように視線を下に向け、そののち意味ありげな視線を久々知に向けた。久々知は顔色一つ乱すことなく、言葉を一切発しなかったが、ただ目線だけを彼から外した。何が合ったのだろうか。竹谷は消毒液を私の手から取り上げて小さな声で自分でするからいい、とだけ言って淡々作業を進めていった。私もけが人の手当てなど慣れているはずもなく好都合だと包帯とオロナインだけを手渡して視線をそらした。どうしよう、としかもう頭の中には出てこなかった。久々知はなんとか現実を受け止めているようだが、竹谷はまだ半信半疑だ。うっかりそのまま外に飛び出したら、刃物所持で逮捕、もしくは黒装束の変態として逮捕だ逮捕。その上に原作では仲の良かった二人がこんなにも陰険な雰囲気を醸し出している。殺し合いにはなりそうにはない雰囲気だが、どっちにしても微妙な空気だ。また、想像以上にたくましい体つきをしていることにも驚いた。日本人は米を主食にしている人種なのであまり身長が伸びず、昔は平均身長が麦を食べることが増えた今に比べてもっと低かったと聞く。同時に連載時の彼らの年齢は確か14、15歳程度だったに思う。中学生がこんなたくましい身長にすくすくと成長するのだろうか。特に竹谷は180センチを超えていそうだ。外見からしてもおなじみの藍色っぽい服装ではなくまるでそう、学園では先生たちがきているような真っ黒な服装に身を包んでいる。推測すると私と同い年―つまりは19歳かもしくはそれ以上かくらいの年齢程度が妥当だろうか。考え込んでいると不意に久々知が口を開いた。 「状況を判断する上で俺たちの世界のことを貴方に聞いていただきたい。今の俺には情報が少なすぎる。率直な意見を求めてもよいだろうか」 「あ、はい、もちろん」 それから久々知が口にする言葉は日本史には疎いせいか私の理解の範囲を超えていたがそれでも大体の内容はつかめてきた。大きくは二つに分けられる。時代背景と、彼らがこちらへ来る前の最後の記憶に関してだ。前者は詳しい時代背景をつかめていない私からすればあくまで根拠のない推測にすぎなかったが、戦乱の世であることには間違いはなかった。あらゆるところに城という城があり、領地の奪い合いが行われている。彼らは近江の出だそうだから、少なくとも室町、鎌倉時代は統一されていたはずだ。といえばそのような統一以前の室町末期か戦国当初とみて時代背景は間違いないだろう。そして後者については彼らは忍者であるということ、そして二人は任務の最中で出くわしたということ、かつては同じ学園で学んだ者同士だということ―つまり、忍術学園をとっくに卒業している設定になっているようだ―、また飛ばされる前の最後の記憶は稲妻だと両者が口を揃えてそう言っていた。ならば外を見る限りこちらも雷雨。原因は雷によるものか、とだれしもがそこで想像しよう。非科学的なことなので理解の範囲を超えてこそいるが、それが現段階の推測としては一番答えに近いような気がする。そう思い思いのことを口にすれば、ふむ、と彼は口を閉じた。そして最後にこうつぶやく。 「貴方の世界ではこのように過去からやってくる人は頻繁にいるのか」 前例があれば、と考えたのだろう。ただ、フィクションとしてそれはさまざまな小説で取り上げられてはいるが実際にそのような人を見たことはない。そう伝えればそうか、と零したっきりそこで会話が終わった。 「今度は私から質問してもよいでしょうか?」 「……ああ、答えれる範囲なら」 失念していたかのように彼は顔をあげる。私にとっても彼らは怪しい存在100%なのだからこちらからもいくつか質問しても構わないだろう。ただし、任務に関することは一切口にしないと言われた。忍という職業柄かなりの秘密を握っているらしい。けれど私が聞きたいのはそのようなことではなく。ただ、単に。 「竹谷さんを傷つけたのは、貴方?」 信じたくはなかったが先ほどの彼の態度からこの線が一番妥当なのだ。もし、彼らが本物のキャラクターだとすればこのようなとき、必ず助け合うに違いない。しかも互いを心底信頼して。私は少なくともそう思っていた。だが実際この部屋に流れる空気は未来に飛ばされただけの警戒心だけではなく、明らかに互い互いに向けられていたものもあった。私にだけならともかく、ぴりぴりと誰も信頼できないような空気が充満している。私の質問に彼は意外そうに目を見開いて、無表情のまま口にした。 「ああ」 |