どうやら、近所でお祭りがあるらしい。その事実を知ったのは数時間前の話で。いっぱしの受験生らしく暑い部屋に扇風機を緩く回しながら私は机に張り付いていた。(なんたって志望校が結構ハイレベルなんですから!こう見えても!)カリカリ、と机を紙一枚挟んで擦っていると不意にチャラン、と鳴った携帯。伊達君かな、だったらいいなあ、なんて期待して開いたメールボックスにはお馴染みの友達の名前が。少しばかりがっかりしながらもパカリと開いて読む。するとそこには近所の神社で夏祭りがあるらしいので着物に着替えて6時に集合、とのこと。すっかり頭の中から抜け出ていたイベントごとにどうしようかなあ、と頭の中で悩む自分がいた。しかしながらその後リビングにお茶を飲みに行ったとき、タタター!とダッシュでシャワー室へ駆け込むの姿が目に入り、理由を問えば伊達君のお隣さんのいつきちゃんとお祭りに行くのだとか。浴衣を着るためにこれから汗を流すらしい。へー、とこぽこぽと麦茶をグラスについでいると今度はお母さんが水色の浴衣を取り出してきて(しかもソレなにげに私のものもあったりるんだけど…!)満足気に微笑んでいた。

「さ、の後にさっさとシャワー浴びちゃいなさいね!」
「受験生にお祭り進めて良いのか?良いのか、お母さん!」
「偶には息抜きも必要でしょう?貴方、勉強にがっつきすぎなのよ。久しぶりに遊んでらっしゃい。」

 その後、小さな声で「私はお父さんと2人でお祭りに行くから。」なんて付け加えていたのを私の耳はきちんと聞き取った。なんだ、さりげなく邪魔者を排除しようとしているだけじゃないか。それでも、やっぱり行きたいな、っていう気持ちはあって私は早速友達に返信を送った。もちろん行きます!と語尾にしっかりキラキラマークをつけて。

 カランコロン、となる下駄を履くのも1年ぶりだなあと実感する。屋台の香ばしい匂いやガヤガヤした空気も見慣れた光景といえどわくわくするものがある。甘い香りがして誘われるままに赤い林檎飴に並びにいく友達の跡を追いかけた。

「はー最近の飴ってすごいね。林檎だけじゃなくて、苺とかマンゴーとかパイナップルもあるんだ…!」
「ここはやっぱり苺で行くべきでしょう!はどれにする?」
「私はふつーに林檎、かな。小さいやつ。」

 ぺろ、と舐めれば仄かに口に広がる甘酸っぱい甘さ。可愛らしいそれを咥えながらはしまき、かき氷、たこ焼き、から揚げ、フライドポテト、たい焼きなどなどさまざまなお店を見て回った。(ソコ!食べ物ばっかりとか言わない!)近所のお祭りなので中学や高校で別れてしまった友達とも再会することができ、立ち話に花が咲いた。中には彼氏と一緒に来ている子もいて、羨ましいなあ、なんて友達と顔を見合わせてため息なんか尽いちゃったりして。そうして歩き回っていたら丁度パーン、と射的の音がした。ざわざわとざわめきあっている屋台にはなんだかお客さんがいっぱいいた。…何かあるのかな?、なんて首を傾げていたら見慣れた髪がたが観衆のど真ん中にドーン!とたっていた。

「あ、もしや殿と殿では!」
「こら旦那。射的やってんだから目ぇそらしちゃ駄目だってば。」
「あーサンにサンだ。浴衣かーわいい。」
「オイ成実。お前もだ。しっかり構えてろ。」

 ぴょこん、とその横から飛び出したのは同じクラスの真田幸村くんだ。そして真田くんに突っ込んだのは隣のクラスの猿飛くん。目ざとく私たちの浴衣を誉めていたのは伊達くんの従兄弟の成実くんで、がっと成実くんの足を蹴り倒したのは伊達君、だった。うわわわ不意打ちじゃない?!こんな偶然な出会い。ていうか皆さんしっかり浴衣なんですけど!すっごい似合ってるんだけど!思わず友達と顔を見合わせて「きゃー!?」なんて言い合った。心の奥では2人ともガッツポーズだ。こんな良いものをまじかで見れるなんて中々あることじゃない。

「…っていうかこの山、何?」

 よくよく見ればそこには大量に山積みされた人形やお菓子やらがいっぱい。首をかしげていると、成実くんが「あーコレ。俺と梵と旦那で取ったわけ。競い合っちゃってさーこのざまなわけよ。」なんて高笑いしていた。奥ではこの屋台を出しているおいちゃんが目にいっぱい涙を浮かべている。……かわいそう、かわいそすぎるよ!

「コレ、全部持って帰るつもり、なの?」
「いや、殿。必要ないので置いて帰ろうかと。」
「旦那、折角とったのに置いてかえる気?!もったいねーな。」
「……でも、これいくらなんでも可哀想すぎるよね?」
「んじゃ、なんか1つ選べよ。どーせ俺らはいらねぇから、好きなモンくれてやる。」

 伊達君はにやり、と微笑んだ。うっは!なにかどくん、と衝撃破みたいな痺れるような感覚が全身を駆け巡った。さっさと退散しないと私の体が持ちそうにないかもしれない。「ていうかそれ梵がとったわけじゃないのに。」なんて呟く成実くんを尻目に、微笑む彼の笑みはもうなんていうか、麻薬というべきか。私は友達の浴衣の裾をくん!と引っ張って、「さっさともらって行こう!」と口パクで表現した。…けど、思いのほかキラキラと輝く彼女の瞳。ふとその視線の先を見つめると、にこやかに笑う真田くん。え、あの、ちょっともしかして。これはもしかしたりします、か。これって恋、してるんだよね。あからさまに視線がそう訴えてるもの。これって私、どーすればいいの、かな…。やっぱり黙って協力すべき、かしら…すべきだよね。ていうか今話し掛けたとしても私の声なんか届きそうにないだろうし。猿飛くんと真田くんににこやかに話す彼女を生暖かい目で見つめながら、微妙な気持ちが私の中を駆け巡った。猿飛くんと真田くんが友達と話しているということは、必然的に暇になった伊達君と成実くんがこっちに話しかけてくるわけで。

「で、はどれにすんだ?」
「えー……いや別になんでもいいんだけど。ていうか成実くんに悪い、し…。」
「あー、いーのいーの。俺ら射的が目的だから商品なんていらねーし。せっかくだからこのまま店に返すより、何か持って帰ってくれるほうが嬉しい。ぬいぐるみとかいらないし。」

 そういって指差した黄色いはちみつ大好きなくまの人形。実は私これが大好きだったりするので、一瞬キランと目が輝いてしまった。「本当にいいの…?」とゴクリと喉を鳴らして問い返せば、コクンと頷く成実くん。ありがとう、と即座に言って私はそのぬいぐるみを腕の中に収めた。可愛らしすぎるよ、この子!

「で、さ。なんかよくわからないんだけど、後ろの梵、どーにかしてくれない?」
「え?」

 くるり、と後ろを振り向けば先ほどまで機嫌良さそうにしていた伊達君から黒いオーラが湧き出ていて。今までメールを介してでも偶に怒らせたりすることはあったけど、ここまで不穏な空気に包まれることはなかった。あれ、どうしたんだろう、と思って首をかしげていると途端に低い声が当たりに響いた。

「Did you say now?」(アンタ、今なんて言った?)
「本当にいいのか、って聞いただけだけど…。なんか怖いよ、どうしたの伊達君?」
「It is a bad girl of the perception…follow me!」(勘の悪い奴だな…ついて来い!)
「ちょっと、…!」

 力強い力で手首を掴まれてそのままずんずんと神社の奥のほうへ連れて行かれる。助けを求めるように後ろを振り返るが、そこにはひらひらと手をふる成実くんだけで。裏切り者だ…!なんて半泣きになりながらもきっと彼をにらみつけた。これくらいの度量があれが少し私も伊達君に立ち向かえるのだろうが、それは無理な話だ。電灯もあまりない薄暗い闇の中で、ようやく彼は私の手首を放してくれた。一体、何だというのだろう。ひりひりと痛む手首に顔をゆがめながらも、私は彼を見上げた。

「お前さ、アイツのことなんて呼んだか覚えているか?」
「アイツって、…成実くんのこと?」
「That’s right. Why is it?」(…何故だ?)
「…え、だって。2人とも伊達君だから。」

 2人とも伊達君だからどちらかを名前で呼ばないと混乱してしまうではないか、なんて正しいことを言ったはずなのにどんどん彼の顔は険しくなっていくばっかりで。どこをどう間違ったのか私にはさっぱりわからない。…でも、もしかして。もしかしてという仮定の話だけれども、彼も下の名前で呼んで欲しい、とか…?そう考えたときにかあ、と顔が赤く染まった。無理無理無理!できるわけがない。激しく首をブンブンふって否定した。いやつーか私の勝手な思い込みだから、そこまで激しく否定しなくてもよかったんじゃね?と思い返す。

「……あのさ。違ったら別にいいんだけど、もしかして伊達君も名前で呼んでほしい、とか?」
「そう思っちゃ悪いかよ。」
「マ、マジで?!」

 吐き出すように呟いたその言葉に目を丸くして、徐々に私の体温が上昇するのがわかった。ここが暗闇でよかったと思う。もし明るくて私の顔色まで見えるところだったらきっと私がどういう気持ちで彼のことを見ているのかもろわかっただろう。……下の名前って、ええと、確か…。

「まさ……って、呼べない!無理!絶対無理!」
「はぁ?…成実は呼べて俺のは呼べねーってのか。」
「怒らないでよ。…だだだだだから、成実くんと伊達君とじゃあ、呼ぶ心意気っていうの?勇気っていうの?それが比べ物にならないくらい、違うんだって!」

 軽くドスの聞いた声でそう脅されかけて(むしろ脅されていた。あれは完璧に脅しの声色だった…!)ぎゃーもう怖くて帰りたいってなったので、若干噛みながらも無我夢中でぎゅ、と目を瞑ってなるべく伊達君の顔を見ないようにして「違うんだ!」って否定した。これは事実のことだもの。決して、成実くんを眼中にないとかいうわけではないけれど、……好きな人、である伊達君とでは比べ物にならないくらいの対象で。伊達君の下の名前なんて口にすること、本当に滅多にないんだから恥ずかしすぎていくら強要されても呼べやしないだろう。

「……Hum、なるほど。そーいうこと、か。」
「(あれ、なんだか機嫌が直ってるんだけど…!)……何が?」
「いや、ちょっと。そーだな、手ぇだせ。」
「…?」

 私は素直に左手を差し出した。伊達君の右手がゆっくりと覆いかぶさる。…手、繋いじゃったんだけど…!なんて緊張したのも一瞬でぐいっとそのままひっぱられる。ぐらり、と前に傾く重心に何が何だかわからなくてされるがまま。うわ、なんて間抜けな声を発しながらも倒れた先には逞しい胸があって。そのまま顎を掴まれたかと思うと、ふっとやわらかい感触が振ってきた。

 どうしてどうしてどうしてどうして。脳内で激しくこだまするフレーズ。その真意が語られるのはそのすぐ数秒後で。私の中になる気持ちと同じ言葉が彼の口から零れたとき、私は本気で自分のほっぺをつねってしまった。まさか、そんな現実が起こってしまうなんて思いもしなかったから。







呼吸を奪うきみの愛し方
あの人、梵の片思いの相手なんでしょ。それくらい調査済みだから。もしかして俺って恋のキューピット?いやー、いい仕事しました!

*071110