「アンラッキーすぎるよ、コレ!」 パラパラ、なんて軽い音じゃない。ザーッ!という大きな音が響き渡る。あーあ、今日雨だったっけ…。私はぼんやりとしながら外の様子を眺めた。学校の靴箱の前ではー、と大きくため息を吐く。朝みた天気予報では今日は快晴ですよ!というニュースをしていたはずなのに。そして私はそれを見て、そりゃあもう毎日カランカランに晴れていたものだから何の心配もなく暑い暑いと嘆きながら学校にきて、補習を受けて……帰ろうと思ったら、この大雨。普通なら置き傘とかがいっぱいあるから1つくらいとってかえっても大丈夫なのだろうけど、今は夏休みだから置き傘なんて1つも存在しない。それに私はそんな人のものをとって帰るような悪い子にはなりたくない。自分がされたらそれこそ嫌だから。 「あーあ。暇だなあ……。」 友達は生物を取っているから今だ補習中で。多分、あの教室内で必死に先生の説明を受けているんだろうな。それとも模試が近いから過去問でもやってるのかな。どちらにしても、私の周りには誰もいなくて。家に帰ったら英語の復習しようと意気込んでいたのに、そんな気力もなくなってしまった。 すると、どこからともなくカツンカツンという音が聞こえて。くるり、と振り返ると色素の薄い髪の毛をした彼が近づいてくるのが見えた。ハイカットの硬い靴を履いているのか、廊下にも足音がよく響く。3日ぶりに見る、この間のときとは違う学生服を来た伊達君だった。トクン、と大きくなる心臓の音はもはや真実をありありと語ってくれる。どうやら私は瞬く間にこんなにも彼に反応するようになってしまったようだ。この間から繰り返される偶然という名の出来事にただただ喜びと少しの痛みを感じた。 「お、雨降ってンのか。」 「そうなの……嫌だよね。熱気がすごくて暑苦しい。」 「確かに湿気がすごいな。…で、アンタは何やってんだ?」 「傘忘れたのよ。見てわからない?」 朝の雲ひとつ無い空を思い出したのか伊達君は少しだけ不思議そうに首を傾げて真っ黒な空を見上げる。私は手元になにもないよ、といわんばかりに手首を振って、困ったように眉を寄せた。……それでもやっぱり伊達君が来ただけでアンハッピーだった気分がからり、と変わるんだ。ドキドキしてしょうがない。必死で普通の態度を貫きとうそうと笑顔をいっぱいいっぱいになりながら貼り付けて返答する。 「でもこれすぐ止むと思うんだけど。」 「まあな。この勢いだと夕立かなんかだろ。30分くらいしたら元通りになんじゃねぇか。」 そういいながら彼はこそこそと鞄をあさり始めた。そして登場した青い傘。折り畳みだったのでしばし時間をかけながらパサリとそれを開いていく。私は開いた口が塞がらなかった。 「ううううう嘘だー!なんで伊達君傘持ってるの?そんな真面目キャラだっけ?」 「うるせぇな。別に大したことじゃないだろ?」 「だってだって豆に鞄に置き傘仕込む伊達君なんて考えられない…!」 「どういう目で俺を見てンだよ。……それにコレは小十郎が持ってけって煩かったんだ。」 「片倉くんが…?」 そういえば、伊達君と片倉くんは幼馴染だったっけ。いつもどちらかといえば一方的に片倉くんが伊達君に付きまとっているって関係だったけど、学校だけではなくてプライベートでもすごく仲が良いんだなあ。片倉くんなら細かい天気予報を知っていて、尚且つ伊達君に傘を持っていけというのも信じられる気がした。許せるキャラクターだと思った。 「2本は持ってないよ、ね?」 「生憎俺はそんなに出来た人間じゃねぇからな。」 「(あ、なんか怒ってる。)……さっき嘘だっていったの訂正します……。」 チロリ、と鋭い視線を返されて私は俯いた。少しばかり気に障ったようだ。嬉しすぎて調子に乗りすぎてしまったみたい。あー自己コントロール最近めちゃくちゃだよ…!ゴメンね、伊達君。でも実は本心だからあんまり訂正したくないんだけれども!訂正するけどさ! 「んじゃ、行くぞ。」 「……え?行くって何処へ?」 「バス停に決まってんだろ。Do you understand?」 「え、送ってってくれるの?」 「お前の家、俺の帰り道の途中だったんだ。これくらいどってことねぇし、さっさと帰りたいんだろ?それとも、止むまでここで1人で待ってる、か?」 「それは嫌だけど…伊達君に悪い、よ。」 「さっさとしろよ。」なんて強制しているけれど、足は動かなかった。だってだってだって!はたから見たら何年前のカップルだよ、ってくらい吃驚なアイアイ傘なんですよ。貴方ならできますか。恥ずかしい、気まずい、居た堪れないの3拍子ですがな!無理無理無理と顔を首に振る。できるわけがない。今でさえかなりいっぱいいっぱいなのに。そんなことしたら……どれだけ体力使うと思ってんだ。 「気持ちは有難いけど、本当にいいから。悪いから。」 「ったく、素直じゃない奴。ホラ、手を貸せ。」 「え、ちょ……まっ!」 ぐい、と手を引かれてそのまま青い傘の中にインしてしまった。爽やかな夏っぽい香水のにおいが鼻を掠める。暑苦しいくらいの湿気の中、ここだけがカラっとした夏の空の下にいるよう。真っ青な傘がさらにそれを引き立てていた。カチンコチンになって固まってしまった私を見て伊達君がくつくつと笑う。そして私の腰の辺りを一突きして、歩くよう催促した。こうなったら私も歩くしかない。テクテク、とぬれた地面の上を少し先のバス停を目指して歩き始めた。車が勢いよく通り過ぎる。ぱしゃ、と跳ねる水溜りの水。けれどそれは私の元へは届かなかった。私は歩道側の方を歩いていたから。変わりに道路側を歩いていた伊達君の黒い学ランにちょっぴり水が掛かる。(でも黒いから濡れてるのか濡れてないのかよくわからない。)…もしかして気遣ってくれたのかな。歩く歩調も若干遅い気がする。私にとっては丁度いい速さだけど、多分、男の子にとっては遅いくらいなんじゃないのかな。特に伊達君は足のコンパスが長いし、私は短いし…その差は大きいと思う。なんだか、それがいかにも女の子に慣れていますよ、という感じで…もやもやしてきた。いや、もやもやというよりもムカムカといった方が正しいだろうか。どちらにしても、気分が良くないことは確かだ。ムー、と悶々としている思考を頭の中で考えていると不意に伊達君から「生きてるかー?」なんてふざけた言葉が掛かってくる。うー、なんだか、悔しいんだよ! 「馴れてるね、…女の子の扱い方。」 「はあ?どうしたんだ、急に。」 「いやなんとなく。エスコートっていうのかな。キチンとしてるなあ、って…。」 「……何勘違いしてるのか大体判った。言っとくけどな、俺は誰でも自分の傘に入れてやるなんてしねぇよ。」 「……ど、どういう意味?」 「自分で考えな。Answer is very easy.」(答えは簡単だぜ。) スローモーションのようにポン、と彼の手が私に触れる。まるで慰められている子供のような扱い方。それでも私の胸がドキン!と高鳴るには十分だった。思わず俯きそうになったがその前に伊達君が何か言いたげに視線を寄せた。私はそのまま顔を上げる。……けれど。 「今、なんていったの?バスの音で聞こえなかった。」 まるで計ったかのようにバスが私たちの隣をぶううん!と通り過ぎる。微かに伊達君の唇が動いたのだが、声まではまるで聞こえない。騒音にかき消されてしまって私には届かなかった。伊達くんは顔に思いっきり呆れた表情を浮かべて、吐き出さんばかりに呟いた。 「……また今度教えてやるよ。」 「え、何ソレ。真面目に気になるんですけど!」 「あーもう、雨止んだな。ホラ、狭いからさっさと出ろ。」 「?なんではぐらかすかなあ…?まあいいけどさ。今度ちゃんと教えてよ。」 そういってタン、と彼の傘からはみだす。そして夕日に濡れた雨のにおいの残る空を見上げた。とても綺麗だった。なんだか、灰色受験生のくせに結構これって青春っていうシチュエーションだよ、ね。そう考えると今度はとっても恥ずかしくなってきて隣ですたすた歩く伊達くんを見上げた。……どうかこの道が永遠と続きますように、と願わずにはいられなかった。(10分後には家に着いてしまったけれどね!) 淡い雨がやむとき 「なあ。アンタはさっき今日はとってもunluckyだと言っていたが、俺にとっては二度とないくらいのchanceだったんだぜ。それわかってンのか?」 *071028 |