囚われてばかりだ。あの日から、私はおかしい。消えてなくなってしまいそうな酸素を求めるがごとく、毎日もがいてしまう。苦しい。助けて。心が叫ぶ。集中しなくてはならない勉強にも身が入らない。夏休みに入って1週間、早速コレかよ。目玉焼きを作っているお母さんもなんだか心配そう。(…ゴメンナサイ。) 「、。今日は補修なかったわよね?」 「え、あーうん、そうだけど。どうしたの?」 「のラジオ体操付き合ってくれないかしら。最近、変な人が多いから保護者同伴じゃないと駄目なのよ。お母さん、ちょっとお父さんの忘れ物届けに行かなくちゃいけなくて。」 「ラジオ体操って……、あと5分で始まるじゃん!もっと早く言ってよ!」 ブホ、と牛乳が気管に詰まりそうになった。珍しく早起きして6時に食卓に着いた私。妹も夏休みは恒例のラジオ体操があって眠たそうにしながらも早起きを頑張っている。体操が始まる時間は6時30分。今日は久しぶりにゆっくりできるな、とまったりしていた私は今だパジャマのままだった。髪の毛は一応、キチンとしていたからいいものの。即座に食パンを口に放りこみ、当たり障りの無いジーパンとTシャツに着替える。近所の子供たちとその親だけなんだから、こんな簡素な服でも平気だろう。とても普段着だけれど。 「おねーちゃん、早く!」 「あー、はいはいはい。先に玄関で靴履いてて。」 「ー、鍵持っていてね。鍵。」 「はーい、わかったー!」 いちいち騒がしい家だ、本当に。キュ、とスニーカーの紐を結び直して外に出た。夏でも朝早いとやっぱり涼しい。あと30分もたったら完全に暑くなってくるだろうけど。 わらわらと公園に群がる子供たちは朝からヒーローごっこみたいに駆け回っていて、元気だ。朝っぱらから年の差感じさせられちゃったよ、お姉さんは。はきょろきょろといっぱいいる子供たちの中から仲良しの子を探す。そして、「いた!」と手を振ってその子を呼んだ。 「いつきちゃん!おはよ!」 「ちゃん、おはよ。ん、ちゃんのお姉ちゃんか?」 「おはよう、えーと、いつきちゃん?妹がお世話になってます。」 「いんや。こっちこそいつもお世話にな……。」 しっかりしているのか、彼女は礼儀正しくペコリとお辞儀をしたところで不意に大きな声で遮られた。ギクリ、と彼女の肩が強張る。 「オイコラ、little lady!勝手に走るんじゃねえよ。」 「……スマン、政宗にーちゃん。」 突然、黒い影が出来た。いつきちゃんの言葉を遮った、低い声。しかしながら、どこか聞き覚えのある声で視線を子供たちに合わせていた私はひょいと顔を上げた。「あ。」と間抜けな呟きが出たのは言うまでもない。そこには、伊達君が私と同じく学生服じゃなくてラフな私服でしかめっ面をしていた。私に気づいた向こうも少し、驚いたような顔をしている。そして、私の傍にいるを見て、呟いた。 「……Your sister?」 「うん、そう。……妹?」 「No. She is my neighbor.」(いや、コイツは隣ん家のガキだ。) こんなことならもっと綺麗な服を着てくればよかった。せめて、この間バーゲンでかったあのオレンジ色のやつ。今着ているのはパジャマにも使いまわししてしまったようなものだ。まさか、こんなところで会うとは思わなかったから。そのとき、ピー、と軽く笛が鳴って子供たちは一気に空き地に集合していった。私の妹も伊達君の妹もまた同じく。つまり、必然的に私たちは2人キリになってしまったわけである。他の親御さんたちもいるがコチラにはあまり関心がないようで既にグループを作りオバサンの会話を始めてしまっている。 「伊達君はいつもあの子のお世話してるの?」 「偶々だよ。アイツんとこの親がどっかいってて、1週間だけ預かってる。」 「意外と面倒見のいいお兄さんしてるんだね。」 「へぇ、……意外とっていうのはどういう意味だ?」 「そのままの意味。」 サラサラとした茶色に染まった髪の毛を見てくすりと笑う。耳元にはピアスが光っていて、うん、そうなんていうのかな。どうみても面倒見がよくないガラの悪いお兄さんに見える。実際はそんなこと無いのだろうけど。ほら、こうして彼女のラジオ体操にも付き合っているくらいだし。 「そーいうアンタも意外とお姉さんしてるんだな。」 「まーね。年が離れてるぶん、可愛い妹だよ。」 彼女が生まれたのは私が5年生のときだった。自己というものが芽生えてきた年頃に生まれた彼女に対して嫉妬するなんてこともなく、ただただ可愛いなあ、と見守っていた。小さい喧嘩ならしたことがあるけれど、1人っこだった私にとっては嬉しい誕生だったりする。そう告げると、伊達君は「そーいうもんなのか。」と不思そうにしていた。どうやら彼には兄弟がいないらしくて、1人っこまっしぐららしい。小さい頃は私もそんな風に思っていたので、なんとなく心境を察することが出来る。 「兄弟欲しいと思う?」 「No, it does not need it.…ま、とりあえず下はいらねぇな。元々俺は子供好きじゃねぇし。」 「えー、可愛いと思うけど?」 「Oh,……I can’t understand.」 そんなことをいって顔を歪める伊達君は、心底嫌そうではなかったように見えるけど、なあ。ホラ、こうやってやいつきちゃんに向かって手を振って振り替えしてあげると満更でもないように、ふと顔を緩める。なんだかんだいって可愛いんでしょう、なんて心の中で毒づきたいくらい。 「しかしながら、アレだな。」 「ん、何が?」 「将来いい母親になるかもな。」 「へっ…!?」 いきなりそんなことを言われて、驚いて伊達君を見上げてしまった。そこにはニヤニヤ、としたり顔をしている彼が。からかわれてるんだ、と理解した私は即座に顔を戻して動揺した声を掻き消すように声を荒げた。 「そ、そりゃどーも!ていうか、伊達君もいいお父さんになりそうだネ!口では嫌いだ、っていっておきながらも結構楽しそうな顔してるし。それに、何気に面倒見もいいし!今日だけじゃなくて、ほら、教室でゴキブリが騒いでたときも真っ先に退治してくれたでしょう?」 「アレは偶々俺ぐらいしか男子がいなかったからだろ。きゃあきゃあ騒いで煩かったんだよ。…にしても、よく覚えてんな。」 「私もあそこで騒いでた一員だったからね。」 なんて、この間ふっとお風呂入ってるときに思い出したんだけど、ね。なんていうか、伊達君のことが好き、なのかもしれないと気が付いてから彼のことを考える期間が大きくなって。そのときもぼーっと考えていたらなんとなく思い出してしまって。少しだけ、あー、そういえばかっこよかったなあ!なんて思ったりして満足した。はたからすれば本当に恋する乙女(なんて似合わない単語!恋する一般人くらいがちょうど良いだろう、な。)、になってしまっているみたいだ。マジで不覚。キャラじゃないよ、こんな私。 暫くしてタタターっと妹といつきちゃんが戻ってきた。どうやらラジオ体操の最中にもじゃれあっていたらしく顔はものすごく楽しそうに綻んでいる。可愛らしい。さて、帰るか、と思ったところでいつきちゃんがぐ、と伊達君のズボンの裾をひっぱる。 「オラ、これから、ちゃんち遊びにいくだ!」 「あ?まだ朝早いだろうが。」 「ちゃんは良いって言っただ。」 「都合ってモンがあんだろーが。なあ、。」 「私は別にいいけど。お父さんもう会社いってるし、私今日補修休みだし。」 「私からも、お願いします…!」 ちみっこい可愛こちゃんから熱心な視線を受けて、彼はしどろもどろになったあと、「仕方ねえな。Give upだ。」と手を上げる。そして、チラリと私のほうに視線を寄せた。オッケーオッケーわかってますって!2人のことは任せなさい!とぐ、と親指を立てて笑う。 「じゃ、little lady.帰る時間になったら電話しろ。あのねーちゃんが番号知ってるから。」 「わかっただ!」 「Good。で、。悪いが帰る時間になったらコイツをここまで送って来てくれ。お前の家しらねーから迎えにいけねぇ。」 「オッケー。お安い御用。」 不意打ちの出会いは、ドキドキしたけど意外な彼の一面も知れて嬉しかった、かな。元気よくと遊ぶいつきちゃんを見てて、ふとそう思う。将来、伊達君も自分の子供にあんな微笑を見せるのだろうか。伊達君の子供が羨ましいなあ。それに、それにさ。なんとなく、会えてほっとしたというか胸のもやもやが晴れた感じ。今日もまたもう1回会えるみたいだし!家に帰ったら昨日の分も勉強しよう。ぐ、と意気込みを入れて両手を握り締めた。 浄化してゆく恋心 *071021 |