私が骸のことを好きだと気づき始めたのは何時からだっただろうか。多分それは忘れてしまうくらい遠い昔のことだったように思う。さまざまな記憶に押し込められてぎゅうぎゅうにプレスされてしまった。それでも、その気持ちの源はペチャンコになってしまったとしても、今でもずっとその気持ちは続いている。恋に落ちた……と自覚した瞬間はすっかり脳の奥に閉じこもってしまったけれど、その好きという気持ちはずーっとずーっとさまざまな色や形に変わって私の心のど真ん中に根付いている。長い間、お友達という間柄ですごしたせいか、いつになっても告げられない想い。当時の若い子のように熱心にアピールなんてできず青春真っ盛りの時期を逃してしまった私はいつまでもこうして遠くから見つめていくことしかできなかった。でも、やっぱり私はラッキーな方なんだ。こうやって年を重ねて定期的に会うことのできる友達なんて限られてる。普通なら同級生だった子たちは皆仕事とか家庭とかそれぞれの生活を私たちと共有した時間なんてなかったかのように過ごしているはずなのに、私と骸はその関係には当てはまらない。こうやって月に1回は顔を合わせることができる。話しやすい友人、というポジションにあるからこそこの関係が成り立っているなんてなんて嬉しくも口惜しいことなんだろう。私はそこから早く抜け出してしまいたいと思っているのに、崩れるのが恐くて踏み出せない。どんなに髪の毛が伸びて、年齢を取って、さまざまな経験を積み重ねてもこの踏み切れなさだけはあの頃のままだ。 カラン、と氷がぶつかる音にはっと顔を上げた。ふと見るとここは居酒屋で、そう、今日も「飲みに行かないか。」なんてメールが来て骸に似合いそうなきれーなバーじゃなくて、私がいつも会社の同僚と飲みに来ているちょっとおじちゃん受けのよさそうな酒屋に誘ったんだった。くるりと顔を横に向けると、くすり、と優美に微笑んでいる骸がいた。 「何か悩み事でも?」 「ん、ううん。ちがうよ、これは。」 あちゃー意識飛ばしてたなーなんて苦笑いしつつも慌てて首を振った。私の言葉はあながち嘘じゃない。悩み事なんて範囲をきっぱりと超えてしまってる、10年以上も抱えてきた事柄なんだからもうこれは悩んでいるのではなく不可能の事実として私の中では収まっているのだ。不思議そうな顔をした骸に、最近会っていなかった千種や犬の話題を持ち出す。どう、2人も元気にしているか、なんて当たり障りのない文句。骸はこくりと首を縦に振って、近頃の彼らの様子を語ってくれた。骸とあの2人と、というオールメンバーで集まったのは随分と前になる。そう考えると少しだけ寂しくなって、「逢いたいなあ。」なんて小さく零していた。 「今度は千種も犬も誘ってみんなで飲もうよ。」 「そうですね。あの子達もきっとが恋しいことでしょう。」 「いや…どっちかっていうと犬とは喧嘩ばっかりだったし。千種はそう思ってくれてるかもしれないけど、どうかな。」 「そういえば、あの頃はよく追い掛け回してばかりいましたよね。何がいけなかったのが犬もを毛嫌いしてばかりでしたし。」 クフフ、と独特な笑い声を上げながら懐かしむような昔話を語り始めた。ちょっとだけ記憶が異なっていたりとかすることもあったけれど、やっぱりあの頃は毎日毎日彼らに会うことができて、一番幸せな時間だったんだ、と改めて実感する。そして、それと同時に脳内に残像として描かれる昔の私の視界。骸の口から出されるさまざまな出来事にリアルな気持ちが蘇っていた。ああ、あの時は確かに下手ながらも甘酸っぱい気持ちをいっぱいに抱えていたんだなあ、と。大人になった今は昔よりも遠くなった彼の残り香を日々思い出すだけの現実味のない気持ちを抱いているだけだというのに、あの頃は切ないながらもそれだけではなかったんだなあ、と。段々と昔の自分に焦がれるような気持ちが沸いてきて、気が付いたら机の上が空になったグラスでいっぱいになっていた。お酒には割りと強いほうな私でもこれだけの量を一気に飲んでしまったらさすがにほろ酔いではすまない。徐々に気持ちが宙に浮くような感覚に囚われていった。「へーい骸ー!」なんて口にしながらばしんと骸の肩を叩けば、迷惑そうな目で視線を返されて。「絶対酔ってますね…。」と半ば呆れたように飲みかけのウォッカを取り上げた。 「あーん、まだ飲んでたのにー。」 「駄目ですよ。……そろそろ引き上げますか。随分と遅い時間になってしまいました。」 彼がカウンターでお金を支払っている間も私はぴったりと骸の背中にくっついていた。普段の私ならば絶対できない行動。それでも、何故だか唐突に昔の自分に戻ったみたいに素直に彼とくっつきたいという欲望が膨れ上がっていた。酔いのせいだと自分に言い聞かせてぎゅうと骸の腕に自分のそれを絡ませる。引き剥がされるかな、と脳内で思ったけれどそれはされなくて。骸は軽くため息を吐いきながらも重心の定まらない私を支えるように絡んだ腕にぐと力を入れてそのまま冷えた外に出た。気を良くした私はきゅうと骸の服に頭をこすり付けてうふふと笑う。 「骸、好きだよー。」 「おやおや、どうもありがとうございます。」 どれだけすきすきと連呼しても骸には届かない。酔っ払いのじゃれごとだと思われているようだ。確かに、ふわふわしてて感覚的には酔っているのかもしれないけど、私が今、自分の口から出している言葉は本物だ。だから、酔ってない。酔ってないの。届かなくても、いいけど。どうせなら今のうちに気の済むまで言わせて。ずっとずっと貯めていた私の気持ち。今なら吐き出し終えてしまいそうな気がする。 「えへへー骸すきすきすきすき。大好きよ。」 「はいはい、酔っ払いは黙っててください。」 「むぅ…酔ってないよー!」 「酔っ払いは酔ってないっていうんです。」 「ちがーうもんー、酔ってない!骸のバーカ。でもすきー!」 「はいはい、僕も好きですよ。」 え、とふわふわとした気持ちがしゅうううと戻ってきた。今の言葉、なんなの…?とたんに固まってしまった私に、「おや。」と骸は意外そうな言葉を吐きながら、足を止めた。一気に酔いが覚めたようだ。気持ちのいい感覚がぴったりと冷たくなって、あからさまに骸の言葉に反応してしまった自分を呪った。 「どうかしたんですか。」 「……。」 「?」 「思ってもないこと、言わないでよ。そんな言葉、悲しいだけなんだから……!」 どうやら私は酔ったら大胆不敵になるばかりか、泣き上戸にもなるらしい。壊れかけた涙腺からぼとぼとと冷たい滴が落ちてくる。あああ、最悪だ。うざいって思ってるんだろうな、さすがの骸でも愛想を尽かされてしまうだろう。ぐじゃぐじゃと滴る液体を両手を使いながらなんとか拭き取ろうとして、その手を掴まれた。 「どうやら僕も少しばかり酔いがまわっているようですね。調子に乗ってついつい言葉が滑り出てしまいました。ただし、僕は貴方とは違ってしっかりとした本音ですから。そのように泣かれても、困るんですが。」 「…わ、私だって本気だよ。シラフじゃこういうこと言えないの。解ってる?好きなの!」 「……これはこれは。驚きですね。」 大きな腕がぎゅうと私の背中に回される。ぐいとさらに距離が縮まった体がとても熱い。お酒のせいもあるだろうが、なによりも骸の口から発せられた言葉自体にずいぶんと火照ってしまって。トクントクンと骸の早くなった心音に耳を傾けながら、「これは夢なのかな。」と本当に思ってしまった。 *071216 (「酸味革命!」さまに献上します。骸さんを書くのは初めてなんですが、とっても楽しかったです!こんな素敵企画に参加させていただくことができ、本当に嬉しかったです。ありがとうございました…!) |