![]() ![]() はあ、とゆっくり深呼吸をした。心臓から伝わる音がこれでもか、というくらいにどくどくどく、と響いている。タン、と足音を大げさにつけて立ったのはいつかの屋上。私の中でぐるぐると今までは考えもしなかったような気持が駆け巡ったり、またそれと同時に新たなことを考えさせられたりしたことの始まりがおこった場所だ。すでにそこには先客がいた。跡部くんは今日も待っていてくれた。私の答えを聞くために。すう、と息を吸い込んだ。 「跡部くんに告白されてから私はいままでどれだけ諦めていたかというのを改めて感じた。ブス、デブとか日常的に感じていた言葉だけれど、それは私自身のあり方によっていつでも変えることができるんだよね。そんな努力もしないまま、こんな姿だから…って捻くれてちゃ、ダメなんだってこと。そんなすぐには変えられないし、根本的にもう人格は出来上がってるから変わらないのかもしれない。けど、いい方向に進んでいく勇気っていうのをもらえた気がする。感謝してるんです。」 そこまで、一気に言ってまたはあと息をついた。恥ずかしいすぎると内心苦笑しながら、けれど、伝えるべきことを私は伝えなくてはならないと思いこの際いらぬ羞恥心は捨てようと決心してまでここにやってきたのだ。スカートのすそを握りしめて、ぎゅ、と力を込める。綺麗にアイロンがけされたそれはくしゃりと私の内心を表すように歪んだ。 「それで、いろいろと跡部くんと関わっていく時に、正直、私は隣にはいられないと思った。嫉妬、やっかみという面もあるんだけど何より一番私が跡部くんの傍にいたくない…いや、跡部くんの隣に私がいるなんて勿体無さすぎる。」 「俺が、隣にいてほしいと望んでもか。今まで散々伝えてきたつもりだ。俺はお前がいいのだと。」 「それは嬉しいけど、私には無理だと思う。なにより、実際跡部くんと一緒にいたとき楽しかったけれど同時に怖くもあった。」 「何が。お前がいっているのは所謂世間だろうが。周りの目だ。何も変わっちゃいない。つまるところ、そういう感情を抜きにしてお前は俺に対してどういう感情を抱いている?好きか、嫌いか、その二択だ。」 いい加減にしろよ、と彼は吐き出した。今まで見た中で一番キレ度が半端ない跡部くんを見て、一気に後ずさりしたくなった。けれど、ここで逃げてどうするのだ。はっきりさせなければならないのではないか。素直な気持ちを全て伝えることが私が跡部くんにできるお返しなのではないのだろうか。告白される以前、私は確かに跡部くんのことを遠目から見ていてもかっこいい人だと思っていた。もちろんそれは、彼の有名具合からして恐らく予想範囲内における感情だろう。中にはそういう人が嫌いだという人もいないわけではない。しかし、私の場合は行動力は並み以上で自分に自信を持てていて、まっすぐな跡部くんを正直すごいと思っていた。あそこまで極端にああなりたいとは思わなかったがほんの一部でも行動力が私にあれば…と羨んだことがないとは言い切れない。この感情からして少なからず私は彼を好いていた。段々と距離が近づいて、その上言われたこともない言葉を何度も何度も言われて、されたことないような扱いをしてくれて、それでどうして好きにならずにいられることができるのだろうか。ごくり、と喉を鳴らした。まっすぐに彼の目を見た。 「好きだよ。」 その気持ちは彼の狙い通りしっかりと私の心の中に芽生えていた。 「でも付き合えない。ふざけるな、なんて言葉を言われることは承知の上で言ってる。けど、私自身が今の私のまま跡部くんと付き合うのは納得できない。優しくされたくない。だから、……ごめんなさい。」 他に好きな人がいるわけでもないのにこの選択は不可解だろうか。跡部くんのことが好きな女のこはこの世に何人もいるだろうがその人たちが聞いていたら理解できない話なのかもしれない。けれど、これは私が最初から最後までずっと考え続けていたこと。途中の気持ちを付けたした上で出した結論なのだ。次にくるであろう罵倒にぎゅと目をつぶった。 ![]() 「……、随分身勝手な話だな。」 思いのほか静かに跡部は口を開いた。かたくなに否定する彼女の一つ一つのしぐさや行動に最初から跡部に自信があったわけではない。まさかあそこまで否定されるとは思いもしなかったが、きちんとした気持ちを直視することなく自分の気持ちを偽りだと思ったまま断られることは癪に障るので期限を引き延ばしその分深く彼女に触れ合おうと努力してきたつもりだった。その上で少しずつでも彼女に好かれているという自覚を持ち始めていて、万が一でもという期待を持たずにはいられなかったというのに予想外の答えではあった。けれど、心の奥底まで彼女の気持ちを理解できることなどあるはずもなく。そこには跡部が体験したことのない感情が渦巻いているのだろう。好きならばなぜ付き合おうとしないのか。けれど逆に好きであったら必ずしも付き合うという選択をしなければならないということは一切ない。彼女の決断も多くある選択肢の中に紛れ込むことができる結論なのだ。その上、まっすぐに、初めて彼女を意識した時のように決心したような表情でこちらを見つめられては……どうこうその結論を怒鳴り散らそうなどと考えもしなかった。ただ、無性に悲しさだけが心に募る。手に入れたいと本気で思った人が、すり抜けるようにして自分を通り過ぎていく。痛かった。 「優しくされたくないなんて言われたの、初めてだ。だが、意外と芯が強くて発言を曲げないところとか、そういうところがすごく好きなんだ。だから。」 すっと跡部は目を細めた。案外、早く気持ちが固まった。もしかしたら、当初から予想していたのかもしれない。心のどこかで無理なのではないか、と。けれど、それで止まるような気持でもない。本当にここまで自分の気持ちを一人の女性に支配されたことなどいままでありはしないというのに、と自嘲の笑みを浮かべた。 「今回は諦める。」 震えるまつ毛を思い切り上にあげ、驚いたようにぱちぱちと目を見開いた彼女は理解できないと訴えるような表情をしていた。彼女の想像の上ならきっとここで跡部なら怒るかどうにかして、それならいい、と言って二度と言葉を交わすことなどない未来が待ち構えていたに違いない。はあ?、と言わんばかりの表情にいつかの日のことを思い出して苦笑いした。 「覚えていないかもしれないが、俺がお前を意識し始めたのは高校に入ってすぐのことだった。2年越しなんだ。おいそれと忘れることのできる感情じゃないということを自分が一番理解してる。…今がダメなら未来ならもしかしたらいいってことだろうが。なら俺はそれまでずっと待ち続ける。身勝手な話はどちらも同じだろ?」 困惑した表情を浮かべる彼女。ケリをつけられると踏んでいたに違いない。けれど、……これは自分の身勝手だがこのままでは終わりたくない。諦めるということをここではしたくない。そう強く思うのだ。だから、好きなだけ長期戦でいかせてもらう。嫌か、と聞けば、戸惑ったようにそれでも横に首を振った。そして、涙声でこういった。 「…待ってて、ください。」 彼女の涙を見たのは初めてだった。大きな目からぽろりとこぼれ落ちるそれを人差指でとらえてできた筋を撫でる。ぴくり、と肩を震わせる様子を見てたまらなくなって「抱きしめていいか。」、と問いかけた。 「友達は普通そんなことをしないでしょ。」 「…友達、ね。まあそれでもいい。でも時と場合によってはありだとは思わないか。」 「…………、今回だけなら。」 長らくの沈黙の後にあきらめたように吐き出したその言葉に初めて自分の腕の中に彼女を収めた。思った通り柔らかくてふかふかしてて、腹筋の辺りにぽよぽよとした物があたったときには少し笑いが漏れた。甘いにおいのする髪の毛をさらりと撫でて、目を閉じた。 「好きだ、。」 できることなら早く自分に納得できるようになってほしいと願いを込めてずっと請いていた彼女にもう一度言い聞かせるようにつぶやいた。 ![]() 「で、結局跡部とはお友達でいましょうってなったわけかー。」 さらりと説明を始めたときの彼女の言葉には驚き以外のなんの言葉もでなかったけれど、選択の仕方は彼女らしいとは思えた。向日の結論からするとくっつくであろうと予想こそしていたが。でも、跡部が本気になることなんてあるものなんだなあとそこだけが意外すぎてあとの結果などそれに比べればまだ許容の範囲内だ。ただ、跡部の報われなさには同情を持たずにはいられなかった。好きな人、しかも今までにないくらい本気で好きだと思える人にそんなことを言われては自分だったらへこむ以上の辛い心境になっていただろう。しかし、強い気持ちだからこそ待ち続けるとああもすぐさま言えることができたのだ。苦笑いしながら、でも、ぽんとの頭に手をのせた。 「お疲れさん。」 「ありがとう。」 律儀に関わっていた向日に報告を伝えに来た彼女はにこ、と微笑んだ。初めてみたときはなんて冴えない奴だ、と思っていたが今では一人の友人として跡部の想い人として気にしている存在になっている。隠された独自の魅力を持つ彼女を一層に引きたてたのは他にもない跡部だった。いつか、2人が並んで歩けるときがくるといいんだけどな、とまるで心配性な親のような気持ちを持つようにもなっていた。 「これからもっと跡部くんのことを知っていって……私も、過去の自分を追いこした先にある私でいれるようになりたいんだ。」 「跡部は強引すぎるから、それくらいが丁度いいだろ。」 「あは、そいうこといえるの、向日くんだからだよね。」 私は絶対言えないと笑いながら言った後に、あのね、と言葉を濁した。 「私…跡部くんに告白したら言おうと思ってたんだけど。」 「なんだよ?」 「差し出がましいことだとは思うけど、……向日くんと友達になりたい。」 え、と向日は一瞬言葉を失って、そしてはあ、と大きな溜息をついた。恐らく彼女のことだから1人の友達を作るにも一苦労なのだろう。クラスでもなかなか気の合うやつが見つからない。それは外見を気にしすぎていたというせいもあり、近づこうしていた人ともどこか距離を置いてしまいがちだったからだ。俺はとっくにダチのつもりだったけど?、と呟けば意外そうにぱっと顔をあげてでも柔らかく微笑んでありがとう、と返してきた。ますます跡部のことが不憫でならない。きっとこの先の道のりは遠いだろう。でもだからこそ、それを乗り越えたときがもしも来たならば自分は盛大に祝ってやろうと小さく心に決めてに微笑み返した。 *091029 Thank you for reading:) |