変わらない自分、変えたい自分 



、なんか変わったね。」

 ポツリ、と零された友人の言葉。彼女は同じクラスになってから仲良くなった、このクラスの委員長である。当初は委員長と役名で呼んでいたが思いのほか気が合ったので委員長からと呼び捨てで呼び合うようになった。お弁当をつつきながらぽそぽそと会話を交わす。私の席は端っこから2番目で、お昼の時間にはもう1人のメンバーがわざわざ遠出してこちらまでやってきてくれる。がポツリとつぶやいたそれが次第に広がっていった。

「あ、私も思ってました。メガネ外したら印象変わるな、て思いましたし。」
「うん、恋でもしてるのかなーって思っちゃった。」

 約一名はなぜか敬語。生まれが良いのか自宅でも常に敬語らしい。このメンバーは全てメガネっこだったにもかかわらずそこから一抜けした私を不思議そうに見ていたのはやはり友人たちが一番だ。すっきりしてていいじゃん、といってくれたのも彼女たちだけれど。しかしながら、の言葉にはっと身を固くする。なんか今恋とかなんとか聞こえてきましたけど、なんですか、この若さでもう耳が遠くなってきたんですか。

「恋……なんてそんな私に縁のない言葉。1ピコグラムも存在しないよ。」
「ホントですかねえ。さん、結構隠しごと多いですしねー。」

 ほら、いつの間にかテニス部レギュラーの肩書をもった向日さんとも仲良くなっていたじゃないですか、と黒ぶち眼鏡をあげる彼女。テニス部レギュラーはこの氷帝内では有名人の集まりと称されていてかなり人気が高い。知り合いになれたらめっけもん。それだけで嫉妬の波が押し寄せる。私たちのように地味で平穏に暮らしている人間からすれば近づくべきではないと思っている存在。けれど、私はいつの間にか向日くんとは仲良くさせてもらっていて、1日に一言二言は会話をする仲。それも、席替えの時期がきたらすぐ終わってしまうと思うけれど。私に嫉妬の波が押し寄せないのは彼には公認の彼女がいるということと、私なんかが何億分の一の確率でもそういう対象になりうるはずがないと思われていること。たまにはこのくそ堅そうなで誉めるところが何もない外見も役に立つものだ。自虐的な瞑想にふけっていると、反応を示さないがまあいいけどね、隠しててもとポツリと零した。

「でも、みてたらかわいくなる努力っていうの、いいなって思った。」
「ああ、そうですね。前と全然とはいいませんが、確実に印象よくなってますよ。私も眉毛くらいそろえてみようかな、と思い始めたところです。」
「改めてしよう、ってなかなか決心付かないもんね…。」

 普段は偏差値がどうのこうの、数学のあの問題がどうのこうの言いあっている堅い話題の中に初めて女の子らしい話題が持ち上がったような気がした。それぞれ照れくささがあるのか、誰にも聞こえないように小声になり、ついには筆談にまで至る。少し、外見に気を遣うようになったからといってこのように話題に上がるなんて思いもしなかった。このメンツが変わる瞬間、一緒に変わっていけたらいいなとこのときどれだけ思ったことか。

 そういえば、私が変わりたいと思いそれを突き動かしたのは一体なんだったのだろう。初めは外見にあまりにもコンプレックスを持っている自分から段々目をそらしていくことが苦痛になってきたから。それどそもそものそのきっかけは?―答えは一つ。跡部くんからの告白を経て、当初はからかうなと腸が煮えくりかえる想いを抱えていたが、もし自分がそうではなかったら。とびきりの美人とはいかなくても、普通にすっきり痩せててかわいい服も袖を通るような女の子だったらこんなに捻くりかえった考えを持たず、一度真剣に受け止めることができたのではないか、と思ったのがきかけではなかったのだろうか。後押しをしてくれたのは、向日くんの言葉。昨日の跡部くんのイライラとした表情を思い出して、胸がつんと痛んだ。もし彼が万が一、本気で私のことを、想ってくれていたとしたら今の私の態度はかなり失礼なのではないだろうか。それにも関らず、彼はメールをくれたり散歩に同行させてくれたりしている。しかし、だからといってまだ彼のことを完全に疑っていないというわけではない。心の奥にしみついた嫌な記憶が知らず知らずのうちに私をそうさせていた。もし、万が一、とその仮定が頭の中に浮かぶたびにぐじぐじと胸が痛んだ。







 しずまった教室内。誰一人として自分の他には誰もいない。私だって普段なら率先して帰路についているころだ。部活動にも参加していない私にとって放課後とは塾へ通うもう一つの学校の時間帯だった。けれど今日は塾も休み。放課後補修も休みである。そんなフリーの一日を家でゆっくり過ごそうと思った矢先、に頼まれた委員長としての仕事。彼女は成績もすこぶるよくその裏ではやはり塾に通っており、仕事と塾が被ってしまったのだ。その話を聞いて代役を頼まれたのが私。こんなもう一人の副委員長は部活かなんかでさぼり。もうそろそろ引退の時期なので気合の入れどころが違うだろうので、そんなに不満はいつつもりもないが果てしない量だった。いつもこれを毎年こなしていたには感服する。よく頑張った。今度の学会で使用するプリントをもくもくと折る作業。これは毎回ごとクラスの担当が決まっており、1年に1回まわってくるそうだ。そんなこんなですでに空は真っ黒に染まり、ちらちらと星が輝きはじめていた。よっこらせ、と出来上がったものの一部を持って立ち上がる。あとはこれを生徒会室にもっていかなくてはならない。この量だと4往復は確実だろう。ガラリ、と生徒会室くらいしか明かりがついていないのではないかと思うくらい真っ暗な廊下を進みその扉を開けた。

「……?」

 失念していた。この学校の生徒会長って誰だ。跡部景吾だ。周知の事実だったはずなのに、今の今なんで思い出したのだろうか。すらすらと何かを書いていたのだろう、手が紙の上でぴたりと止まりシャーペンを持ったままちらりと視線をあげた彼と目が合った。あわわわわ、と思ったが正当な理由が合ってここにきたことを思い出す。とりあえず、しびれるくらい抱えたソレを下さなければ。

「資料、持ってきました。」
「…そこの右端に置いておいてくれ。」

 よたよたとそれを運びながら、とさ、とそれを右端の机に戻す。生徒会室にはまだちらほら生徒が残っていた。結構な重量だったそれにふうと息をこぼせば、後ろから声がかかる

「委員長に頼んだはずだが、と佐々木は?」
は塾で、佐々木くんは部活に。……あとまだ3倍くらいあるんだけど、もう生徒会室閉めたりする?」
「ああ。もう遅いしな。」

 じゃあ、急いで持ってこなければ、と駆け足で教室へ戻ろうとしたらかたんと立ち上がる音が聞こえた。隣に並んだのは跡部くん。一瞬、思考が固まってしまった。これは……もしかして手伝ってくれたりするのだろうか。足まで止まってしまった私はすでにおいてきぼりをくらっている。目の前をスタスタ歩く跡部くん。意外だった。なんとなく、自分から雑用をするのって嫌いそう……というイメージがあったから。教室に入れば、3つの山の二つをいっぺんに持ち上げてくれた。私は残された1つをつかむ。黙ったまま軽々と運ばれて本日の任務、完了。ようやく帰れると思ったところで生徒会も切り上げたらしい、ところどころからおつかれですーという声が飛び交う。さて、私も帰ろうかと仕事をやり遂げた満足感いっぱいになって生徒会室を出ようとした。けれど、忘れていた一言を思い出してそのまま跡部くんの方へ向いた。

「手伝ってくれてありがとう。また明日ね。」

 思えば、私が彼に笑顔を向けたのはそれが初めてだったのかもしれない。気がついたら口が孤を描いていた。あんまり笑うと顔がぷっくらしてブサイクになるからあまり人前ではにっこりとは笑わないようにしていたのに。は、と跡部くんは何か言いかけたがそのままふいと視線をそらして別に、と小さくこぼす。

、送るから……玄関で待ってろ。」
「え、別にいいのに。」
「仮にも女だろうが。一人で帰らすわけにいかねぇ。」
「や、私を襲うような物好きなんていないからホントに平気なのに。」
「……お前、ホント、なんていうか。」

 はあ、とそこで溜息をこぼされる。がたん、とそのまま鞄を持って立ち上がり手を引かれてしまった。え、と生徒会室を振り返る。そこにはポカーンと口をあけている後輩の女の子、男の子たち。なんていうか、明日学校に行くのが怖くなった。





*091010   変わらない自分=内面の捻くれた自分。変えたい自分=最初から諦めていた自分。