![]() ![]() 2週間待つと言われたあの時からすでに1週間。答えはすでにノーと決まっているのに、やってくるメールはどれも私を自惚れさせるようなものばかりだった。例えば、週末にどっかいかないか、というメールがやってきたり。もちろん、返事はノーだった。まごうことなくノーだった。どう嫌だとか忙しいとか返事を返しても返ってくるので最終的にはスルーしてやった。デートにしても何にしても私が跡部くんの隣に立つ度胸なんてないし、行ったところで待ち合わせ場所には誰もおらずな展開が難なく予想されるからだ。それに出かけるようの服なんてもっていない。せいぜい部屋着くらいしかない。かわいい服は太った女の子用には作らないのだ。また、他にも変な出来事が合った。向日くんが何を血迷ったか知らないが私に話しかけてきた日のお昼、隣で弁当を食べていた向日くんが顔面を蒼白にして携帯を見つめていた。そしてちろりと視線を私によこしたのだ。朝、すっかり打ち解けたというかそこまで向こうが私に話しかけることを戸惑っていなかったので「なに?」と視線だけ送り返すとぶんぶん!と勢いよく首を振った。あまりにも挙動不審だったので何事だ、と思いながらも彼の視線を追うとギラリと彼を見ている跡部くんの姿が。見ているというよりも睨んでいる、の方が正しかったようだが、本当に恐ろしい顔をしていた。マジで。彼のパートナーである忍足くんもこっちで弁当を食べていて、またアホなことしたんやろ、とか呆れた視線を彼に投げかけていたが、向日くんはいたって違げぇよの一点張り。ただ、気になったのは視線がどうも私と跡部くんの間をちろちろしていることで嫌な予感が否めなかったので後日聞いてみると彼は別に何もない、とは言っていたが明らかに顔がひくひくしていた。考えたくはないがどうも私が関係しているようだ。 それでも、私にも心境の変化が合った。デートの誘いを断ったときだって、もし私がもっとかわいければなんて考えるようになった。それと同時に変わってみたい、とも。同じ系統の子としかまともな会話ができない自分の将来が改めて不安に思うのだ。社会に出たらきっとそれなりの社交性を持って生きていかねばならないだろう。誰だってコンプレックスや負の状況に立たされることがあるだろうが、自分はあまりにも外見に対してコンプレックスを抱きすぎていて、周りに馴染めることが特に不得意で、このままの性格を持ったままいくと社会に適応できない情けない人間になってしまうのではないか、と。変わりたい、とここまではっきりと明確に思ったことは初めてのことだ。 「これを買うべきか、買わざるべきか。」 きょろきょろと本屋さんの雑誌コーナーをうろうろする私。いつもはもう1つ向こう側にある漫画コーナーで堂々と立ち読みこそするのだが、今回は一回もその場に立ったことすらない場所に立っている。ファッション誌のコーナー。本当に、恥ずかしすぎて死にそうである。そのもう1つ奥の音楽雑誌コーナーなら頻繁に通っているのに、どうもこちら側のきらきらとしたかわいらしい表紙は苦手だ。手に取ることすらいけないことのような気がしてううううん、と悩んでいるとポンと後ろから肩を軽くたたかれる。ぎゃ、と蛙をつぶしたような濁った声が出てきたのはそれだけ私が緊張しているということを表していると思ってほしい。いやむしろそう思ってくれ。 「いきなりたたかないでよ、向日くん。」 「悪りぃ、でもなにやってんだ?」 振り向いたら最近、なぜだかよく挨拶されるようになった向日くん。活発で素直なイメージ通り、明るくてやんちゃな人だった。割と物事をはっきり言ってくれるので男の人なのに話しやすくて、隣である間は何かとお世話になっている。友達から完全に孤立された場所だから授業中にグループとか近いところで組まされるとホントに困ってしまうのだが、そういう時は助けてくれたりしていた。感謝してもしきれない。でも、叩かれたことは痛かったのでちょっと強めに返してしまった。でも、なにやってるんだ、と問いかけられてはっとなる。そうだ、ここは女子の神聖の場、ファッション雑誌のコーナーで間違っても私が興味ありげに見てもいい場所ではないし、そんなものを買おうとしているところを誰にも、特に同じクラスの人には見られたくなかったというのに。あはははは、と誤魔化し笑いを浮かべてそろそろと漫画コーナーへ移動しようと足を一歩前に動かした。 「あれ、これ買うんじゃねえの?」 「や、別にそれは必要ないので!本命はこっちの漫画なの。」 あは、と笑みを浮かべながらも心の中では溜息をついていた。見られたくなかった、と後悔の嵐。もうちょっと周りの目も気にすればよかった。せっかく勇気をだしていたというのに。向日くんはふーん、と口だけで返事をしていたけど視線は雑誌に惹きつけられたまま。そして、おもむろにとんでもない発言をかましてくれた。 「はどの雑誌買ってんの?さっき熱心にみてたじゃん。」 「や、特に。」 「へえー、そっか。」 1人で来たのか、と話題を変えれば、彼は忍足くんと芥川くんと跡部くんも一緒だと言っていた。跡部、という名前にぎくりとしたが、彼は奥の方の洋書コーナーにいるから心配すんなと言ってくれた。どうも向日くんにはなにか私と跡部くんの間に起こっていることが漏れているような気がするが、面と向かって言われてこないのであえてそこには突っ込まないでおいた。そうか、跡部くんもこの場にいるのか……。そう思うと、自然と口が動いていた。 「あのさ、率直に聞くんだけど。」 「ん、何?」 「私みたいなのがこういう雑誌買ったりするのって、変じゃない?」 「……なんで?」 びっくりしたように、向日くんは目を見開いた。 「だってさ、こういうのって可愛い子が買うべきでしょ。私なんかが買ってたらおいおいマジでこいつこれ買うのかよーとか思ったりしない?」 「……。」 「服とかだってこの雑誌に載ってるやつって私、入らないもん。買っても意味なくない、とか思わない?タイプ違う、とか。」 固まってしまった向日くんに、本音をぶつけすぎたかなと思った。返答に困っているもしくは、実はそう思っていてなんて切り返していいかわからないのどちらかだろう。ぴとりと閉じてしまった口元に自分で質問をぶつけておいて虚しさを感じた。 「なんつか、結構捻くれてるんだな、。それって所謂諦めだとおもわねー?そういう風に思う奴らもいるかもしんねーけど、そこまで性格悪いやつあんまいねーよ。なによりさ、みたいなタイプがそういう雑誌買ってるのみたら、ちょっとおっ!て思うぜ。」 「…え、なんで?」 「だって、それって可愛くなりたいっていう意思表示じゃん。」 女はそういう雑誌を見て自分をもっと可愛くしたいとか磨きたいとかそういう意味で買ったりするんだろ、とあっさりと彼は言った。そういうものか。あんまりにもあっさりと言われてしまったので拍子抜けだった。そういうものなのだろうか。変じゃないのか。私があまりにもコンプレックスに思っているだけなのだろうか。うううん、とまた瞑想にふけっているとぶ!、と彼は笑った。 「可愛くなりてーんだ。」 「……悪い?」 「悪いなんていってねぇぜ。いいじゃん。」 「半笑いで言われても説得力ないんですけど。」 でも、なんだか心が軽くなったような気がする。意を決して雑誌のなかの1つを腕の中に収めると、会計にいってくる、と告げた。彼はおう、と笑って送り返してくれる。さっきみたいな馬鹿にした笑みではなかった。それがなによりの救いになる。 「ありがとう、向日くん。」 「相談料はCDのお礼ってことでチャラにしといてやるよ。」 にかっと笑った笑顔はかわいらしい外見によく似合っている。精神面で私はまだまだ弱いのだな、と再び自覚させられたし、なによりちゃんと受け止めて話を聞いてくれた彼にはまた感謝でいっぱいだった。いつか友達になれたいいな、と厚かましく思ってしまうほど。初めて触ったファッション雑誌のつるつるした素材に私は若干の照れくささを感じた。 ![]() 「なんや、岳人はどこへいったんや。」 部活の帰り、跡部は書店へ訪れていた。先日、予約していた洋書が届いたとのことでついでに用があると言っていた忍足、岳人、ジローの3人と共にだ。自分は他にも新書が出ていないか、ぐるっと奥の方を回り、忍足は文庫本コーナーへ行くのが横目に見ていてた。ジローは真っ先に漫画コーナーへ行っていたし、岳人も恐らくそれについていったのだろうと思っていたが、レジで忍足、ジローと顔を合わせたときにその姿はなかった。忍足は呆れたようにはあ、と溜息をこぼしめんどくさそうに携帯に手を伸ばした。空気を読んでさっさと集まれ、とこのとき跡部と忍足は同じことを思っていたに違いない。 けれど、そんな跡部の思考は一瞬にして取り払われた。奥の雑誌コーナーから近づいてくる目立った髪の毛と、見間違えはしない彼女が仲良く歩いてきたからである。いち早くそれに気がのは自分だけではなく、携帯を手にしていた忍足も同じであった。 「あ、岳人と…誰や?」 「さんだよー、こないだ岳人のクラスにいったときに隣にいたし!」 「ああ、なんや、仲ええんやなあの2人。意外やわ。」 「そうだねー、少なくとも俺はタイプじゃないかもー。」 呟いていた言葉が聞こえたのか否か、ははっとこちらに視線を寄せものすごく嫌そうな顔をした。それと同時に岳人の方に少し寄ったのを跡部は見逃さなかった。この間、席替えで彼女と岳人は隣の席になったのは知っている。どうしてこの自分ではなかったのか、とも思ったがあまりにも近づきすぎることはよくないというのもわかっているのでそこまで気にしなかった。しかし、日に日に目に見えて仲良くなっていく2人に多大な焦燥を覚えたのも確かだ。気づいていたのは自分だけだと思っていたのに。簡単に笑顔を見せる彼女にもどうしようもないことだとはわかっていてもイライラが募っていた。 「遅くなって悪りぃ、跡部達は買い物済んだのか?」 「ああ。」 「じゃあ、帰ろうぜ。俺は元々買うものねぇし。」 急かすようにそういう岳人に違和感を感じたのは跡部だけではなかったはずだ。忍足もジローも、あらぬ想像に花を咲かせている。けれど、ここは公衆の場なのでここでどうこう言うつもりはなかった。変わりにじろり、と岳人と彼女に視線を投げてからさっさと跡部は出口へ足を運ばせた。そのときのほっとしたような彼女の表情ときたら、イライラもピークに達しそうになる。わかってはいた。彼女が拒むであろうことも。それでも、自分を抑えきれなかったのは自分の落ち度なのだ。焦らなければいい。ゆっくり認めさせればいい。そう繰り返していたが、隣でじゃあな、と空気を読んでいるのか不明な岳人が彼女に向って手を振ったときはさすがに忍足の足を踏みつけてしまった。 *090930 跡部の感情がらしくない。忍足がこういう役なのはご愛敬で。 |