![]() ![]() こんな私のことを好きになってくれる人がいるはずがない、と思っていた。私は小さい頃からよくいえばぽっちゃり、悪くいえばデブという体型だった。視力も悪かったので厚い眼鏡を掛けていたし、丸顔でおしゃれなんか楽しめるような体型ではないとコンプレックスに思い、どんどんドツボにはまっていくような性格だった。太っている自分しか知らないので痩せている自分というのは夢のまた夢で、想像なんかできなかった。また、痩せようという気力はあったが元々忍耐力がないので途中でいつも脱落してしまっていた。友達も同じような雰囲気のクラスでも浮いた人ばかりだったし、そんな私を好んで近づいてくる男の子なんてましてや恋人としてのポジションを望んでくる人なんているはずがないと思っていた。もし、私が自分のような男の子を好きになるかといえばそれは全くもっていいえ、である。けれど、この状況はなんだ。夢でも見ているのではないか、と自分で自分を疑うくらいのことが目の前で起きている。 そもそも、一日の始まりからしておかしかったのだ。突然、学年一、むしろ学校一有名であると思われる跡部景吾という人物から呼び出しがかかった。お昼の校内放送で呼ばれたので委員会関係のことかと思いきや生徒会室に入ったらそこには跡部以外の誰の姿も見えず、一言、着いてくるように、といわれだけ。そのまま跡部の後を追って屋上まで来たら今度は趣味の悪い冗談まで言われる始末。なめてんのか、コラ、と本気で言いたくなった。 「俺と付き合ってくれ。」 目が点になるというのはこの時の様子をいうのだと後から改めて思った。しかしながら、私は昔からこの手の冗談という名の嫌がらせを幾度か受けてきたので冷静を装って聞き返した。 「どこの罰ゲームか知らないけど、やめてくれませんか。」 昔から、特に中学の頃はこういうのがひどかった。まさか高校生にもなってこんな幼稚なことをする奴がいるのかと驚いたくらいだが……しかも、跡部景吾。見た限りではこういった変な冗談とか言わなそうな感じの大人っぽい人であるというのに。仲の良い友達にならわかるがなんの接点のないただのクラスメイトにそういう嫌がらせをするような人ではないことはわかっている。せいぜい罰ゲームか何かだろう。どこのだれが言ったんだか知らないけど悪趣味なやつがいるものだ。心の中でそうぐちぐち呟いていたら、眉間をいっぱいに顰めて嫌そうに跡部が言い返す。 「ぶざけんな。冗談で俺がこういうことをいうと思うか?」 「だって、ありえないから。それとも、はいという返事がもらえるところまで指令が出たんですか。」 「……マジでむかつく。」 なら、言わなければいいのに。イライラとした空気が流れる中、冗談でもなんでもあの跡部景吾が告白したのだからイエス、という返事以外受け付けないつもりだろうか。私はそのとき、密かに尊敬……というよりも、好きに近い気持ちを跡部に対して持っていたので少なからず、からかいの対象にされたことがショックで冷静な判断がかけていた。思い返せば、跡部が自分から告白したなんて噂を聞いたことは今までなかったはずなのに。 ![]() 向日は驚いていた。否、驚くと通り越して固まっていた。いつものように昼時に屋上で忍足とジローと3人で並んで弁当を食べていた。その間、忍足は途中で教師に呼ばれたとかで抜けていき、すでに食べ終え静かに熟睡しているジローを見ながらさて自分も陽だまりの中ひと眠りするかとごろんと横になったところ、がちゃりと屋上へと続く扉が開く音を耳にした。滅多にここへ上がってくる人がいないため、誰だ、と何の気なしにちらりと見てみれば跡部と同じクラスで名前も不確かな……おそらく、とかいった女子生徒だった。当初は、女のほうから跡部に告白か……無謀なことをする奴だ、跡部かわいそー、なんて気楽に思っていたのだが、次に出てきた言葉に度肝もを抜かれることとなる。 「俺と付き合ってくれ。」 向日は目を何度も瞬かせた。そして、自分の耳がおかしくなってしまったのではないかと疑った。どうみても、は跡部の好みの女ではなかったし、外見から判断してとてもじゃないけどあまりお近づきにはなりたくないタイプの人間だった。に彼氏がいたとしたら、そんな物好きが世の中にはいるもんなんだな、と思ってしまうくらい。もどうやら同じ気持ちだったようで、冗談はやめてくれ、だの、ありえない、など跡部に言い返している。それでも跡部はイライラとはしていたが前言を撤回するようなことはそぶりでさえも見せなかった。自分が信じられないのと同じくらい彼女も信じられないようでいくら跡部が冗談じゃねぇ、とか、返事は、と催促してもかたくなに嫌がらせはこりごりだという反応を見せるだけで埒があかなかった。このままどちらかがぶちぎれしそうな険悪なムードまで進んだ時に、諦めたように跡部はふうと溜息を吐くと少し小さな声で呟くようにこうささやいた。 「信じられないならそれはそれでいい。だが、言っておくが俺は本気だ。2週間待つから、きちんと考えたうえで返事をしてくれ。」 「……わかりました。」 相変わらず嫌そうな表情を浮かべていた彼女だったが、跡部にぐっと睨まれてはそう答える他に仕様がなかったようだ。しぶしぶといった感じでこくりとうなづいた彼女を見て、少し顔を緩ませた後、2人はメアドを交換して去って行った。 「とんでもない光景を目撃しちまった。」 自分の耳と目が正常であったなら、あの跡部が自分から告白した揚句、冗談だと思われ、結局返事を先延ばしにするまで折れた。しかも相手はデブでクラスでも目立たない。ありえないことだらけだった。幸い、2人はこちらがまさか告白シーンを目撃していたとは気づいていないようだったが…。は本気で跡部が悪い冗談をいっているとしか思っていないようだったが、長年、跡部の知り合いである向日は跡部が本気か否かはあれだけで十分わかった。そもそも跡部があんなタチの悪い冗談を言うはずがなく、自分から告白なんてする奴ではない。しかも、別れ際にしぶしぶ頷いた彼女を見たときの少しほっとした表情。あんな顔をする跡部を今まで自分は見たことがない。 「跡部ってデブ専なのか?」 つぶやいた言葉は風にさらわれていった。 *090925 赤也誕生日おめっとさん!← |