やんわりと風に撫でられる頬。私は今、人生で一番輝いている瞬間に立ち会っている。真っ白に染まったウエディングドレスに身を包んだ花嫁は、にっこりとこちらに最高の笑みで微笑んだ。、と名前を呼ばれて私も微笑み返す。綺麗!、と声をかければ恥ずかしそうに微笑んで、そのしぐさもなんともいえないくらい可愛らしい。 「おめでとう!」 「ありがとう、。」 ふわふわの装飾がついたドレスはまるで彼女の心を表しているよう。素直でかわいらしい彼女らしい。 「こんな可愛い子があんな奴に取られるかと思うと、私は悲しいよ。」 「あんなやつって……、の友達でしょ?」 「そうだけど、なんていうの、もう子を送り出す親気分になってる感じ。ぐす。」 「ちょ、なんでがなくの?!」 ゆるいウェーブをかけた髪がまとめあげられていて、その代わりに白のレースが揺れる。私が涙をこぼし、目もとを隠すように撫でると、あは、と彼女は笑った。長年の親友である彼女が今日、人様のものになる。加えて、友達の中でも一番に結婚式を挙げてしまう。周りに集まった同級生たちも、ちょまだ早いから、まだ控室だからという突っ込みが飛んできたけどそうもいかない。私はホントに彼女が大好きだから。それと同時に憎くてたまらないあいつも大好きだから。 「ほら、旦那さんが来たよー。」 くすくす、という声と共に現れた本日の主役2人目。照れたように振り返った彼女に、ほけら、としたアホ顔をさらした後に興奮を抑えられないようにゆっくりとこちらへ近づいてきた。自然と私たちは彼女から遠ざかる。二人だけの空間が出来上がってるから。 「めっちゃ、もうめちゃくちゃ綺麗や!俺ホンマ生きてて良かったー!」 「ちょ、ドレス崩れるから今はやめて!」 「あ、あかん!そうやな、綺麗な姿、親御さんにも見せたらなあかん。」 「……ふふ、ありがと。」 幸せそうに微笑む2人を見て、またうううと嗚咽が漏れた。私のうめき声にはっと顔をあげた本日の主役2は、彼女にやんわりと断りを入れてこちらへやってきた。忍足侑士。私の大切な人の一人。最後に見たときよりも随分と大人びて私の瞳に彼は映っている。とろけた顔をきゅ、と引き締めて私の前に立った。けれどすぐにだらけた口元を手で押さえる。 「…ぷ、何泣いてんねん。」 「うっさい、悔し涙よ。あんたにあの子が取られると思ったら自然と出てきたの。」 「そりゃ、えらい愛されとるな俺の嫁さんは。」 「当たり前でしょ!」 親友なんだから、と言ってボスン、と彼のぱりっとしたタキシードを殴った。この胸にすがっていた若かった時の記憶が脳裏を駆け巡る。お互い、中学生だった。あの時はあの時なりに私は彼を愛したし、また彼も愛してくれた。それは変わることのない事実。今では胸の奥にずっと残っている大切な記憶だ。緩みそうになった涙腺をきゅ、と引き戻して今できる精一杯の笑顔で微笑んだ。 「……おめでと、よかったね。」 「ああ、おおきに。……きてくれて、ホンマにありがとな。」 「ばっか、私がこないわけないでしょうが。大好きな2人の結婚式だもん。」 そんなに緩んだ顔をこちらにさらさないでほしい。涙がこぼれてしまいそうになる。ぐじゅ、なりかけたところをカタン、と硬い足音が遮った。途端にざわめく室内。忍足がお、と呟いた。彼の昔ながらの付き合いがある1人、跡部景吾だ。 「人のもん泣かしてんじゃねぇよ。」 「人聞きの悪いこと言わんといてや。が泣き虫だだけやん。」 「また、いいタイミングで入ってきたわね。」 強がってそう返すと、馬鹿、といってハンカチを渡された。そんなに泣いてないような気もするけど、どうせ必要になるんだし、とありがたく頂いておく。過去を知っている跡部はどんな気持ちが私がここにいるのか、ここに来たのか、少しだけわかってくれているようで、くいと私の肩を寄せた。忍足もその様子を見て苦笑する。 「えらいヤキモチ焼きな彼氏さんやな。」 「いーの、ヤキモチ焼いてくれるくらいが私には合ってるから。ね、跡部?」 「昨日から号泣だったくせにこの口が何言ってんだ。」 むぎゅ、とアヒル口にさせられて一番ばらされたくないことをさらっと言われてしまった。でも、これも彼なりの心配と優しさであることはわかっている。ちょい、とこれから夫婦になる人の目の前で頬にキスを落とされると、花嫁さんの方に向って歩いていきやがった。相変わらずやな、と忍足は溜息を添えて言う。恐らく、跡部と忍足は今でもそれなりに連絡を取り合っているだろうが、働き出した身で両者とも多忙なのでそれでも半年ぶりなのかもしれない。私のこぼれかけた涙を簡単にとっぱらってしまった跡部に苦い思いを抱きながらも、私はもう一度忍足に向き合った。 昔の恋人の門出を祝えるくらい、私はおとなになったんだよ、とあの頃の忍足に言いたくなった。 「幸せに、なってね。私も、負けないくらい幸せになるから。」 「には跡部がついとるから大丈夫や。幸せになれる。俺らに負けん位に、な。」 花嫁さんの方を見て、忍足は幸せそうに微笑んだ。その笑みが見れただけで十分、私は胸がいっぱいになることができるんだよ、とは言わないでおく。どうか、どうか、幸せになってください。私の大切な人。 「ずび、うう、もう、止まらん……。」 式の最中もとめどなく涙がこぼれた。一見、クールな顔つきをしているのに私の涙腺は弱いことで有名だ。今日が今日なら尚更。そんな私の横で呆れながらも、ずっと手を握ってくれていたのは、跡部。忍足と別れてから、彼を忘れられなくてぐずぐずしているときに私は跡部にずっと頼っていた。友達の1人だったにも関わらず、気がついたら彼は私の隣にずっといてくれた。それは愛なのか友なのか、当時はわからなかった。忍足に抱いていた感情とはまた違うからだ。けれど、今ははっきりとわかっている。私は跡部を私なりに愛しているのだと。忍足とは違って当たり前なのだ、人が違うので同じ感情を抱くわけがない。今日、私がここに来れたのも隣に跡部がいたというのはかなり大きなウェイトを占めている。感謝してもしきれない彼には。 「まだ集合写真があるんだぜ。ブス顔のまま写るつもりか。」 「ブスいうな。しかし、止まんないのは、しょうがないでしょ、ぐす。」 「たく、仕方ない奴。」 ぐいと抱き寄せられてポンポンと頭を撫でられる。 「お前は俺が幸せにするんだから、もう、あいつのことで泣くな。」 「……あとべぇ。」 それは更に私を泣かせる言葉だっていうことを彼はわかっているのだろうか。手にしたハンカチがもう涙で洗濯してしまったかのようにぐっしょぐしょになっていてもう新たな水を吸い込み切れず、抱きしめられた跡部の高そうな服にしみ込んでいる。それを見ながら、またばか、っていいながらでも彼は綺麗な笑顔で笑った。それはきっと、今泣いているのは彼らのことが原因じゃなくて跡部の言葉のせいだってわかっているから。過去のことを思い出して泣くのは最後にしよう。彼らは幸せな笑みを浮かべて、今日という日を迎えている。私も精一杯それにこたえなくては。ぎゅ、と思い切り自分から跡部に抱きついて、ゆるく目をこすった。今度は私が跡部とあんな風に微笑みあえたらいいな、と心の中で思いながら、ゆっくりと顔をあげて彼に向って微笑み返した。 愛してる、とありがとう。 *091004 (「Empire of ice」さまへ献上の企画夢。長らく時間が空いてしまって申し訳ございません。このような素敵な氷帝企画に参加することができ、嬉しい限りです。ありがとうございました! title by.埴輪堂 ) |