じりじりと焦げ付くような真夏の視線。日焼け止めをいっぱいいっぱいに塗りたくっているものの、全身に浴びているそれはまさしく染み・そばかすの原因である。太陽の光を吸収し、ねっとりとしたアスファルトが跳ね返す熱さも同時に浴びながら近所のコンビニへ駆け込んだ。夏休みだから、こんなお昼近い時間であってもぞろぞろと部活帰りの中学生がたむろっている。アイスのコーナーはたちまち占領されしばらく雑誌コーナーで時間をつぶすしかなさそうだ。なんといっても、野球部のようなゴツイ体の男子達がいくら年下とはいっても群がっている中に入り込む勇気はない。そういえば、新刊が出たんだっけ、とファッション雑誌を1つ手に取りパラパラとめくった。今年の夏は長ワンピがはやり…みたいでモデルの子はこぞってくるぶし近いワンピをきれいに履きこなしている。うん、涼しそうだなあ。私ももうちょっと足が長かったらきれいに履きこなせただろうに……うん、そうそう隣に立っているお兄さんとか外人並みに足長いし。これくらいすらっとした長い足を持っていたらスタイル抜群だって。それにしてもこのお兄さんの足が雑誌読んでる隙間からでもちらちら見えるってどんだけ近い位置にいるんだろう。あと、なんだか視線を感じるのは気のせいか?隣から痛いくらいの視線を感じるのは気のせいなんだろうか。思い切って横目でちらりと隣の人の雑誌を覗きこむと週刊テニスと書かれていた。そしてそこのページでインタビューされている人の写真も同時に見えた。 「………見覚えのある顔だなあ。」 「当たり前だろう。本人が隣にいるんだから。」 聞き覚えのある声が聞こえてきてはっと顔をあげる。そこにいたのは忘れもしない、高校時代の同級生の跡部景吾だった。私は思いがけない人の登場に口をぱっくりと開けてしまった。跡部景吾といえば、高校時代はもうそりゃあ大がつくほどの人気っぷりで生徒会長を務めており、だれしもが跡部景吾を知っているというそんな有名人だったからだ。クラスが2回ほど同じであったのでそれなりに面識もあるし話もするがそれほど親しいというわけでもないただのクラスメイトだった。 「おお、久しぶり跡部くん!元気にしてた?」 とりあえず、出てくる言葉はたわいのない挨拶だ。ついでにポンと目線よりも上にある肩をたたく。恐らくこのような挨拶を跡部に対して行うのは数が少ないだろう。女の子ならなおさら。でも私は跡部に対して間違っても「憧れ」以上の思いは抱いておらず、なんていえばいいのだろう……一人の傍観者として彼を観察していたような奴だったから自然と扱いもナチュラルになってしまった。 「ああ。こそ、元気そうじゃねえか。県外の大学に通ってるって聞いたぜ?」 「うんそう、ちょっくら一人暮らし始めてみました。今は帰省中なんだけど…そういや跡部くんってイギリスの大学にいったんじゃなかったっけ?」 「そうだ。今、あっちも休暇だから久しぶりに帰省というわけ。」 「うわーお、すごい。そういえばなんかイギリスの香りがする。」 「どんなだよ。」 くつくつと彼の喉が鳴った。中学の頃から知っているが、随分と顔が大人っぽくなったもんだ。笑顔が以前はかわいいという印象だったのに今はすごく穏やか。これはこれはもしかしていい恋でもなさっているんでしょうか。イギリス人だったらぼんきゅぼんなかわいいブランドの女の子とかいっぱいいそうだしなあ。本人から聞いたことはないが跡部自身もハーフかもしくはクォーターかなにかなので外国の血が混ざっている。目が特に蒼で冴えてて綺麗なのだ。あと髪の毛も染める染めない以前に自然な茶色でうらやましい限りだ。 「テニス雑誌ってことは向こうで受けたインタビュー?まだテニス続けてるんだね。」 「当たり前だ。そういうは?まだ音楽続けてんのか?」 「それがバイトやらゼミやらで忙しくてね、中途半端になるのはなんか嫌でお稽古はやめちゃった。」 私が根っからの音楽っこということはピアノを通して跡部に知られてしまった。しまった、といえばちょっと後悔が含まれるような意味合いがあるがそれは決して間違いではない。跡部のピアノはすごく綺麗でその面では私は彼に憧れを抱いていたから自分の演奏に関心を持たれているというのは多大なプレッシャーでもあったのだ。しかし、今でもそのことを覚えていてくれたというのは若干嬉しくもある。 「でも、たまに思い出して弾くのが楽しいかな。楽器が学校内にしかないからあまり弾けないんだけど。」 「そうか。確かに一人暮らしの部屋にグランドピアノはおけねえよな。」 「いや、うち元々電子ピアノだから。跡部家と比較しないでくださーい。」 全くグランドピアノなんてうらやましい家庭で育ったものだ、と一つ態とらしくため息をつくとくつくつと彼はのどを鳴らして笑った。そりゃ悪かったな、なんて返してきたけれどそんなことこれっぽっちも思っていないに違いない。それでこそ、跡部景吾なのだけれども。一見、すごくクールっぽくて普段の表情でも怒っているように見える彼の笑顔というのはとてもきれい。しかしながら、テニス部の連中とかと馬鹿笑いっていうのだろうか、男子がよく集まって話しているときに漏れる笑みっていうのは意外と跡部も頻繁に披露していてそういうところは変わらないなあ、と懐かしんだりもした。そのとき、不意にコンビニの奥にあるアイスコーナーが男子の群れから解放されオープン状態になっているのが目に入った。 「おっと、じゃあ私はそろそろ買うもの買って帰るね。」 達者でな!なんてにっこりと笑顔で返して、トン、と雑誌を元の場所へ戻す。どこか名残惜しい気もしたし、もっと跡部としゃべっていたい気もしたが、そこまで深い関係ではなかったし共通の趣味がピアノ以外にあるわけでもない。きりのいいところでおいとましないと後味の悪いことになる、とくるりと方向転換をしようとしたところで、肩をつかまれてこちらをぐいっと向かされた。ちょっと照れたような顔でぼそっとつぶやいた跡部の言葉に私は目を見開いてしまった。 「連絡先。」 「……うん?」 「……教えて欲しい。」 目をぱちぱちしていると、黒いスライドの携帯を出されて赤外線でいいか、なんて問われて私はあわててズボンのポケットから携帯を取り出した。というか、うんともいやとも返事をしていないんだけど交換することになっているのはもう跡部さまマジックってことでいいんだよね。別にいやとかいうわけでもないのだけれど。 「いつまでこっちに?」 「えぇっと、とりあえずは……9月末まで。」 「わかった。」 何がわかった、なんだろうか。私の脳内はクエスチョンマークでいっぱいで不審な表情を隠しきれていなかったと思う。それよりもなぜ私を連絡先を、そしてなぜ私の夏休みの予定を聞き出したのだろう。理解に苦しんでいる私に対してちょっと苦笑したような呆れたような、そしてどこか恥ずかしそうな顔をした跡部がとたんに無口になってしまった私の瞳をまっすぐ見て、こう口にした。 「偶然再会したなんて思ってんじゃねえよ、ばか。」 探してたんだ、と真実をさらけ出した彼の言葉に、いつかの休みにかかってきた忍足からの謎の電話の理由を悟った。 離れて気付く恋心 *090828 ( title by.cathy ) |