昨日の夜から、私の調子は最悪だった。何があったのかは知らないが、兎に角だるい。学校についてから3時間目の授業の間に段々と頭を上げるのも辛くなってきた。そういえば数日前から喉痛かったっけ、なんて思ったのもすでに遅し。次の時間は体育だったのだ。こともあろうか私の大大大大好きなバドミントン。何で好きかってそりゃあボールが打てるからですよ。バレーみたいにあっ、て思った瞬間地面にバシンと落ちちゃう酷なスポーツではないからですよ。というわけで、私はそのあとの体育に出席したのだった。その後は流れでサボるのもあれだし授業を受けて帰った。さすがに家に帰る頃にはしんどさも頂点に達していたので、晩御飯も食べずにベットに転がり込み、一気に眠気に誘われてそのまま眠りに落ちた。これで次の日、朝起きてみたらもうすっかり全快で余裕で学校へ行ける状態になっていればめでたし、めでたしなのだけれど、期待に反して私の顔は真っ赤に染まっていた。そう、どうやら私は本格的に風邪を引いてしまったようだ。根源は帰ってから手洗いうがいをしなかったせいと、自分の寝相の悪さだろう。朝起きたら布団が床に落ちていた。これで風邪をこじらせない人がいたらお目にかかりたいものだ。かくして、私は体温計と母の証言から学校を1日休むことになってしまったのである。

 ピピピ、と聞きなれた電子音が鳴る。脇の間に挟んだ体温計を抜き取ると38.4度。まだまだ熱は高い。お医者さまに連れて行こうか、と尋ねてきた母に断りをいれたのもそれは今日が母にとって重要なプレゼンがあることを知っていたからだ。前から大して若くもないのに貫徹を繰り返して頑張っている姿を知っていたから。どうしても無理ならタクシーを呼んでいきなさいと言われたが、どうもこうもそこまでして動こうという気力にもなれない。ガンガンとする頭に冷ピタを貼り変えてぼふん、と重いベットに潜り込んだ。あああ、つらい。点滴を打ってもらったら楽になるんだろうけど、病院にいく仕度をするのもつらい。

「どっちにしたって辛いってことに…変わりはないのよ。」

 気がつけばまだ10時でもう一眠りしたら案外楽になっているかもしれないと思い、ぐぐっとミネラルウォーターを口に含みごそごそと体を丸めて寝る体制に入った。風邪薬などには副作用として睡眠効果があるので、割合簡単に眠ることができたのは不幸中の幸いであろう。なにしろ、頭痛のあるときは寝たいけれど眠れない状況が長く続くものである。

 それから何度か寝起きを繰り返し、気がついた頃には日も沈む夕刻だった。暖かくしてぐっすりと寝ていた成果もあり、37.2度の微熱に収まっている。改めて人間の治癒能力の素晴らしさを実感しつつも、熱が収まったとたんに襲われた食欲にリビングに下りて冷蔵庫の中から食物を物色しようかと降りる準備をしていたところ、ちかちかと緑色に光る携帯が目に入った。お母さんだろうか、そういって手にとり中身を覗いたところそこには珍しい名前が表示されていた。

「跡部から着信……おわ、すごいことになってる。」

 跡部とは私の通う学校の通称キングだ。もちろん、自称もキングである。そんな彼は実は私の……まあいってしまえばただの友人である。だが、私にとってはただの友人ではなく片思いの相手だったり…いや、うん、するんです。そんな彼からの着信、数えてみるとひーふーみーよー、…11件。跡部からでなくともみたこともない着信履歴だ。約一時間おきということは休憩時間のたびに電話を掛けてくれていたのだろうか。じんわり、と胸が暖かくなった。一見冷たそうな印象を与える彼だが、友人や家族など彼の大切な人に対しては優しいという一面を私は垣間見ている。時にそれは捻くれた愛情表現としても捉えられるのだが、ここまであからさまなのは初めてなので顔がにやけて元に戻らないかもしれないなんて思ってしまう。そして、せっかくの跡部の着信に気がつかなかった自分に惜しいことをしたと本気で残念に思った。明日、朝あったら普段の倍以上に元気いっぱいに挨拶して、きちんとお礼の言葉を伝えよう。そう思いぎゅっと携帯を握り締めてずぼんのポケットに入れ、すきっぱらを収めるためリビングへと繰り出そうとしたとき不意打ちにお尻辺りのものがブルブルと震えた。

 もちろん、着信は跡部である。おそらくこの時間帯だと部活が終わったころだろう。私は震える手でぴ、とボタンを押した。

?生きてるか?」
「……生きてるよ。何、生存確認したかっただけなの?」

 もっと心配そうな声色を期待していたが、思いの他冗談まじりの言葉だった。それでこそ跡部、ともいえるのだが不満が残ってしまったのでいささか冷たい声になってしまう。私の拗ねたような声に跡部がくす、と笑った。

「それだけ無駄口叩けるなら、平気だな。熱は?」
「うん?もうだいぶ下がったよ。微熱程度。」
「そうか。」
「うん。あ、何回も電話掛けてくれてありがと。着信履歴見て驚いたけど、なにより愛を感じたね!」

 無口な態度がなんだか可愛いなあ、と思わずにはいられない。そしてうずうず聞きたくてたまらなかったことを口にしてみた。そこを突かれると思ったのか若干、返事がもたついておりいつものようなはけがない。恥ずかしがっているのだろうか、と思うもそれさえも告げてしまったらあとが恐ろしいのでからかうのはここまでにしておこう。罰の悪そうに咳払いをした跡部がホントに好きだなあと改めて感じてしまった。優しいんだ、結局彼は。

「………ちゃんと消しとけよ。」
「気が向いたら消す。……うそうそ!ちゃんと消しますって!」

 電話の向こうからバキバキと不審な音がしたので、あわてて訂正した。このままだと跡部の最新携帯が壊れてしまう。買い換えるだけの財力は余裕であるだろうが、その原因を擦り付けられては困る。コホン、と1つ私も照れ隠しのために咳をして受話器が音をギリギリ聞き取る程度の音量で囁いた。

「跡部、ありがと。」
「…明日は学校来いよな。」
「もちろん、行きますとも。」

 むしろこれで行かないって方がおかしいです。はい。にやにやしている私の顔をパンとあいたほうの右手で抑えながら、心の中で高らかに誓った。じゃあ、明日、なんて跡部の声に私も明日、とだけ返事をしてそのまま電話を切った。跡部というひとはどこまで私を惚れさせてくれれば気が済むのだろう、そう思いながらも些細な電話がどうしようもなく嬉しいのはやっぱり私が跡部のことが好きだからこれだけ幸せになれるのであって、どこまで好きになっても構わないとすら思う。さて、跡部も明日来いといっていることだし、お腹をいっぱいにしてぐっすりと寝て、明日に備えますか。私は行きかけていたリビングを目指して階段を下りた。






コール、コール、ユー
耳に残った低くて甘い響き。

*090314   ( title by.ラインズマン