模様のようにガラスの向こう側に張り付いた雪。一つ一つが結晶となって集まって、小さな塊を作る。そして、今度はその小さな塊がガラスにぴったりと張り付いて模様を生み出すのだ。私はマグカップを両手で抱えて暖を取りながらふと外の様子を眺めた。真っ暗な闇の中に降り注ぐ白は冷たそうには見えなかった。夏で言う蛍のように、光って見えた。触ったら暖かそうだ、と思ったがそんなことを口にしたら目の前に座っている幼馴染に変な顔をされるだろう。お前、馬鹿か。風邪引くに決まってんだろうが。なんて、思いきり人を貶したような言い方で鼻にかけて笑うに違いない。だから口に出す代わりにきゅうとそれを飲み込んで視線だけを彼に投げかけた。 私が学校帰りに跡部家に寄ることはそう頻繁に起こりうる出来事ではない。幼馴染であるが故にこうして行き来すること自体は不思議ではないのだが、こうやって年齢を重ねた十代半ばを過ぎてからは滅多にする機会などはなかった。それは、何より跡部の傍に女の影ができたからである。いくら幼馴染といえども頻繁に跡部家に出入りすることは失礼なことであると承知している。なので、しばらくぶりに訪れた跡部の部屋。これが何を意味するのか彼は理解しているのだろうか。飲みかけのキャラメルマキアートをテーブルの上に置いて、私は小さく息を吸い込んだ。緊張する。こうして2人きりで向かい合うこと自体が久しぶりだった。特別何か共通の趣味を持ってるわけでもない自分たちを繋ぎとめるものは、幼いころからいつだって距離だった。それも物理的な距離。ただ自然と傍にいるからいつの間にか幼馴染になっていただけで、ただ跡部が小さいころは優しかったから友達よりも若干近い存在になっていったのだ。だからこそ、年を重ねていくと自然と精神的な距離が生まれてしまった。 「冷めるぜ。」 低い声が響いた。瞑想にふけっている間に手の中の飲み物がおざなりになっていたようだ。跡部にせかされて再びマグカップを口につける。跡部の家の飲食物は、さすが、お抱えのシェフがいるからかどの食べ物も私を満足させていた。中でもお気に入りだったのがこのキャラメルマキアート。どっぷりとした甘さの中にもすっとした飲みやすさが備わっている。久しぶりに訪れてもこうして大好きだったものが出てくるのは嬉しい事実であった。 「今日ね、告白されちゃった。」 「…へえ?」 「誰にとは言えないけど。」 「大体、想像はつくからいい。」 跡部の声は驚くほど冷静だった。昼間に垣間見た姿は長身で笑顔のさわやかな彼だった。見たことがあるな、と思っていたがどうやら跡部と同じ部活に属しているらしい。そして、跡部もその彼が私のことを想っていたというのは知っていたようだ。時計の針は黙々と秒針を刻む。いつまでたってもぐじぐじしている私を急かすように。 「生まれて初めて告白されて、すごくびっくりした。相手の子もすごく緊張してた。かっこよかったし、一生懸命な態度がひしひしと伝わってきて…うん、私にはもったいないくらいだったけど。」 「けど?」 「私にも、好きな人がいるんです、っていったの。」 「好きな人、ね。」 そう、好きな人。私は復唱するように囁いた。生まれて初めての体験は、少なからず彼女の価値観を変えさせた。一歩踏み出すための勇気をくれた。首を振ったときはくしゃりと泣きそうな顔で微笑まれたけれど、優しい口調で励ましの言葉を与えてくれた。 「それでね、彼に影響されたっていうわけじゃないんだけど、私もこのままじゃ嫌だなって思ったんだ。考えれば、私ずっとその人のこと好きだったんだよ。でも、想ってるだけで行動できなかった。」 気がついたら彼は他の人のものだった。くるくるとローテーションしてその対象は瞬く間に変っていっていたけれど、ぴたり、とやむことは無かった。そしてそこでようやく彼の恋愛に対する価値観を知る。私はそれからこの幼馴染というぬるま湯に自ら望んで浸ることを決心した。崩れてしまうにはあまりも容易かったからだ。私たちをつなぐ幼馴染という糸も切れ掛かってはいたけれど、少なからず、彼の周りの一部には属していたはずだ。けれど、逃げてばかりはいられない、と思った。こうやって一途に思っていることが悪いわけではないけれど、白黒はっきりつけたかった。だから、私は今日ここにきた。まっすぐな視線が投げかかる。 「で、どうしてそれを俺に言うんだ?」 「わかってくるせに。跡部はそうやって人をいたぶるの好きだよね。」 「性分といえ。それに…きちんと言葉にして言うんだろ。とろとろしてるから、背中押してるだけじゃねぇか。」 くす、とお互いどちらともなく笑いが漏れた。けれど果たして私は笑えているだろうか。ぐ、とこぶしを硬く握って佇んでいた彼もこんな気持ちだったのだろうか、と改めて思う。 「私、跡部が好き。ずっと好きだった。」 肩の力を抜く。やっと、言えた。安心したのは最初の5秒だけ、あとからは羞恥心が込みあがってきてこの場の沈黙がいたたまれなくなった。急いで付け足すように言う。 「返事は、また今度でいいから!」 「…、」 「今日はもう遅いし、かえる。うん、かえる!」 「ばか。答えなんてはじめから決まってんだよ。」 マグカップはかたりと机の上に置かれ、そのまま手をひっぱられた。跡部の呼吸が聞こえそうなくらい近い距離に、さっと頬が朱色に染まる。冷たい指先が私の唇を撫でた。私はそのときとろけるくらい優しい跡部の笑顔を初めて見た。 *080601 ( title by.エナメル ) |