すっかり辺りは静寂になった午前0時過ぎ。仕事が思いの他長引いてしまい、家に帰ってくるのが遅れてしまった。それでも、部屋に入ればストーブで暖められたリビングに、彼女の少し眠たそうな笑顔。「珍しく起きているんだな。」、と呟けばちょいちょいとテレビを指して彼女は言う。「このドラマ、新しいイケメン俳優くんが出てるんだ。」、…なんてちょっと嬉しそうな顔をしながら言われても。取り合えず、跡部は自身の体のようにくたくたになったスーツを脱ぎ捨て、風呂に向った。この間のクリスマスプレゼントにやけに駄々を捏ねて欲しいといっていた液晶テレビはまさかこれの為だったのか…?、と疑わずにはいられないほど画面に噛り付いている彼女の後姿に一言、「ほどほどにしろよ。」と掛けてからリビングを後にした。 きっと彼女も入ったばっかりだったのだろう、思ったよりも湯船は暖かくて。仄かなピンク色に染まったお湯に全身たっぷり浸かる。こうしていると、自分も年を重ねたと思う。このふよふよと漂う気持ちよさはコートを駆け回っていたあの頃には特に感じなかった感情だろう。ガシガシと水分を含んだおかげでぴったりと張り付いた髪の毛を拭きながら、今だ明かりの点いているリビングの扉を開いた。 「おー、上がったかー!」 「…まだ寝てねぇのか。」 彼女が夜に弱いことは知っている。ところかまわずトローンとして、デートの最中で幾度寝られたことか。今だってこっくりこっくりと今にも膝小僧に顔がぶつかりそうになっているのだから、相当無理をしているはずだ。首を傾げながら質感のいいソファにとすん、と腰を掛ければこすこすと目を擦りながら彼女は笑みを浮かべた。 「録画しておけばいいのに。」 「や、私は跡部を待ってたのよー。ドラマはまあ、ついで!」 「……ッハ、どーだか。」 「むー信じてないなー。」 酔いが回ったように子供みたいに語尾を伸ばした独特の口調で呟き、ぷーと頬を膨らませる。そして、猫のようにごろんと跡部に抱きついた。自分の体にも染み込んだ撫子の花の香りが漂う。先ほどのお風呂の入浴剤が確か、撫子だった。珍しい香りに新鮮な気持ちになりながらも、ぎゅうぎゅう強いくらいの力で抱きしめてくる彼女の髪の毛に指を入れてさらりととかした。風呂上りの暖かい体温がじんわりと伝わった。 「なんだ、さっきから。何かあったのか?」 「何か無いと、こーいうことしちゃいけないの。」 「そういうわけじゃない。」 けれど、こうにも積極的な彼女は本当に稀にも見ることはできなくて。照れ屋でどちらかといえば受け入れることしかしようとしない彼女の態度に慣れてしまった跡部には、何か特別なことが彼女の中で起こったとしか思えなかった。柔らかに遠まわしに問いかけてもみるも、その口を割ろうとはしないのでされるがままに抱きしめられていると、もぞもぞと彼女の体が動く。横から圧し掛かるような体制では少しきつかろうと、ちょいとその体を動かしてまるでコアラの親子のように抱きあう体制にしてやれば落ち着いたように目を閉じた。ふう、と短い息が跡部の服に掛かる。 「…跡部の心臓の音、落ち着く。」 自分が安心する場所はここだ、と言わんばかりに目を閉じてそう零した。眠気が入っているせいか、もう意識は半分も無さそうだ。ほとんど夢の中という顔をしながら、きゅう、とより一層体を跡部に預けてとくとくと深い眠りに入っていく。そっとその背中を赤子にするようにポンポン、と叩いてやりながら、跡部は苦笑した。こんなになるまで何があったのか。話さないので、それは自分にはわからないが、彼女の安らぐ場の1つとなっているのならば悪い気はしない。全部思ったことを吐いてしまえば楽だというのに、こういうところは自分にもよく似ていて人に話そうとしない。それは恥ずかしさ故が、プライド故か。それは跡部も解せぬことではあったが、こうするために苦手な夜更かしまでして自分を待っていた彼女には正直に愛しさが込み上げてくる。段々と明日に備えての休養を取ろうとする彼女が曖昧な認識力しかないのを狙って、そっとその頬に口付けた。 「隠そうとしてもバレバレなんだよ、バーカ。」 自分が今どれだけ甘ったるい顔で微笑んでいるのか、それは自身でさえも全く自覚が無いものだった。囁いた跡部の言葉に呼応するように、は「むにゃむにゃ…。」といったありきたりの寝言を呟く。本格的に寝に入ってしまったようで、すうすうといった規則正しい寝息が聞こえ始めた。ふ、と帰ってきたときに確認した時計を再び目にすればもう1時30分をまわっていて。自分も明日の仕事が待っていることだし、そろそろ寝るか、と彼女を横抱きにして立ち上がった。 「……俺の身体貸してやってんだから、明日にはちゃんとした笑顔で笑えよ。」 「ばか。」とこぼしながら、とさ、と同居する際には必ず欲しいという彼女の言葉から買ったダブルベットの壁側に降ろして。意識がないのをいいことに、御でこ、瞼、鼻、頬、口にキスを落として自分も毛布に包まった。自分の服を掴んで放そうとしないその左手が愛おしい。仕事帰りの疲れた体でどうもなにかまいっている彼女を甘やかしたつもりではあったが、跡部自身も何故だか甘やかされた気分になっていた。たまにはこんな珍しい日も悪くは無いだろう、とじんわりとやってきた眠気に答えながらゆっくりと目を閉じた。 笑ってくれていたらいい たまには思いっきりぎゅって抱きついて、甘えたくなることだってあるんだ、よ! *080101 ( title by.レイチェル ) |