ねえ、知ってる?、なんて言葉の続きに出てきたのは、一度くらいは聞いたことのある有名な名前。少なくともこの学校で知らない人はいないじゃないかと思われるくらい知名度の高い名前だ。何せ彼は現生徒会長さまでいらっしゃると同時に、あのイケメン勢ぞろいのテニス部を統括していらっしゃる部長さまである。200人もの大群引き連れてコート上ではなにやら他校で噂になるほどのパフォーマンスをされるのだとか……あ、こんなこと予備知識に値しますか、すいません。私ことはそんな有名な彼と同じ教室で共存しているのでございますよ。かといってそれほど仲が良いわけでもなく、言葉こそ数回交わしたことがある程度の、ゆっるーい関係なんですけど、ね。こちらとしてもお近づきになるよりも彼は遠めで観察しているほうがどれだけ地球に優しく、人体に優しいことかと思っている最中でして。下手に近づいてしまうと、ホラ、あの親衛隊さん?とかファンクラブさん?とかが、がー!っと押しかけて来ちゃいますからね、ええ。ポッキーをぽくぽくと口に咥えながら耳を傾けると、友人の口からは「新しい彼女は隣のクラスのあの人で…。」なんて言葉が出てきて、ソレを聞いた他の友達は「ええ!ショックー!でも仕方ないか、美人だもんなあ…。」なんて切り替えしていた。女というものは何時の世でも噂をしたりカッコイイ男の子をチェックしたりするのが好きらしい。もちろん、私もそれにもれてはいないが…実のことを言うとさ、やっぱり跡部ってカッコイイわけで、……好きよりもっと上くらいの、大好きってくらいの感情はあるからさ、あんまり話に乗らないことにしてる。まさか自分が跡部に相応しいとは思っていないし、実際に付き合いたいとかそんな感情は…ちょっぴりくらいしかないにしても、好きだから故に傷ついたりする気持ちはちゃんと存在するから。 「、きーてんの?」 「はああい!聞いてるよ、跡部のことでしょ?」 「そうそう。ねー、もショックよね。跡部くんに新しい恋人できちゃった、なんて。」 「いやいや、ま、そろそろかなーとは思ってたよ。結構久しぶりだし。」 こうやってさも興味ありませんよーっていうフレーズを吐くのももう何度目になるだろうか。ショックを受けてるなんて、そんなことを言葉で返してしまったらどれだけ深く自身に突き刺さることか重々承知だから、ここは淡白に切り返すのが一番と過去の経験でしっかり認識済み。「あ、そっか。は跡部くんはタイプじゃないんだっけ。」とか返ってきたけど、あえてソコはにこにこ笑顔でスルーさせてください。間違ってもそんなNO!だなんて言えないし、言うつもりもない。口にしないことでやんわりと誤魔化すことにももう慣れた。 跡部が前の彼女と別れたなんて言葉を耳にしたのはずっと前だった。多分、1年くらい前。結構女遊びが激しい人かと思ったら案外そこはきっちりしてて自分が本当に気に入った人とか認めた人としか付き合わないまともな人だった。誰と比較して、とは敢えて言わないことにする。でもさ、跡部みたいな人だったらやっぱり、こう、もてもてで女には不自由しないって感じでしょ。あ、実際不自由はしてないと思うけど、ちゃんと1度彼女になったら大切にしてくれるんだ。廊下とかですれ違ったりしたときもこーなんていうか、「ああ!昼真っからあまあま光線出さないで下さい!」って感じだったし、なによりまだ高校になって跡部の彼女という話題で噂された人って1人くらいしかいない。…今回含めて2人目、か。目立つ人だからたまにガセネタとか入ってくるけど、その間もしっかり彼女とらぶらぶしてる姿を見るし、「まーた嘘なんだな。」なんて日にちが経つとみんな忘れちゃう。そんなとき、私の胸はチクンチクンって煩い。やっぱり、羨ましいんだなあ、て思ってしまう。どれだけ想っても伝わらないって自覚しているからか、そういうことを考えるのは結構悲しかったりする。 ぱくぱくと口に運んでいたポッキーもいつのまにやら空っぽになってしまい、そろそろ帰ろうか、と席を立ち上がった。寒々とした廊下の空気に一斉に肩を縮ませる。早く家に帰ってほわわーんとした暖房の効いた部屋にダイブしたいな、と思いながらマフラーをぐるぐると首に巻きつける。ひんやりとした階段を降りて下駄箱がある玄関に足を進めたとき、前を歩いていた友達の脚が止まった。足元にあった十円玉に視界を奪われていたので、私は思いっきり彼女の背中にぶつかってしまった。ぐえ、と変な声が出る。 「ちょっと、どうしたの。」 「……噂をすればなんとやらってやつね。前見て。」 「…あ、ホントだ。」 ひそひそと言葉を交わしながら目線を前に向ければ、そこにはポケットに手を突っ込んでいかにも彼女待ってます、と言わんばかりの跡部がいた。4、5人くらい居たのでひそひそ話でもそれなりに大きくなるもの。跡部の視線が不意にこっちに移った。うわああ、同じクラスとはいえどもなんだか気まずいよね。私たちはいそいそと靴を出して玄関から出ようとした。そこで、ガシっと腕を掴まれる。振り向けば、ちょっと真面目な顔した跡部が立っていて。きょとん、と首を傾げるもののどうやらそれは紛れもない事実のようで、状況が掴めずにいると跡部が友人たちに向って「ちょっとコイツ借りるな。」と言っていた。…なぜです、か。 「何か、用事です、か…?」 「ああ。…なんだ、その威嚇したような変な顔は。」 「いや、あんまり跡部と話したことないからつい。…で、何ですか。た、単刀直入にどうぞ!」 腕を放してもらおうとぐいぐいともがいたが、思いのほかその力は強くて放してくれない。私はいつも遠めから見ているだけだったからその真っ直ぐで人を射抜いてしまうかのような瞳に見つめられるのは、とても苦手だ。いやむしろ苦手というよりも心臓に悪いといったほうがいいかもしれない。けして嫌というわけではないのだが、続けられるとこちらの体に影響が出そうだった。何を言われるのだろうと疑問に思ったりもしたが、あれこれ考えるよりもまずは話を聞くほうが先だ、と思って続きを催促した。 「好きだ。」 「え、……えぇ?!」 「お前と俺ってあんま接点ねぇし、クラスが一緒になったのも今年が初めてで特に席が近かったわけでもない、が。気づいたら好きになってた。」 「え、ちょっと待って。跡部、新しい彼女できたんだよ、ね?」 「はあ?またガセネタが出回ってんのか。そんなもん、嘘だ嘘。」 むしろそんな根も葉もない噂信じてんのかバーカ、といわんばかりの視線が突き刺さってきた。ぽかん、と間抜けにも口を開けたままの私はどれだけ阿呆面だったのだろう。でも、跡部はそんな私でもじーっと私がこの理解を超えた状況を整理するまで待ってくれた。 「あ、の……。」 「なんだ。」 「人間違いとかじゃないですか?」 「俺がそんな馬鹿に見えるか。」 「見えない。…ってことはやっぱり本当なんだ?!」 うわーうわーって、今更ながらにもたった3文字の言葉の重さが体の中に染み込んでいく。どうやらようやくやっと自分の気持ちが伝わったのだろう、と判断した跡部は続きを促してくる。つまりそれは返事をしろってことで。でも、私の返事なんて聞かなくても、跡部が告白したら大抵の女の子ってこう答えるんじゃないのかな、と頭の隅で考えながらも私はしっかりと顔を上げた。 「ありがと、跡部。私も大好き!」 071230* (年賀状に添付してプレゼントフォーユーしてしまったもの、です!新年早々、お目汚しして申し訳ありませ、ん……!) |