ほんの少し見えるさらりとした日焼け跡のない頬。後ろの席の特権だろうか、こうやってするりと視線を逸らせば見える、長い髪の毛。日本人であるが故の艶々とした黒はきっちりと伸ばされていて、サラサラとしている。今までこれといってまとめあげているところをみたことがないのだが、うっとおしくないのか疑問でならない。嫌い、というわけではないのだが。数学の教師がうんたらと公式を赤いチョークで書き綴っている中、ひっそりと跡部は視線を向けた。少なくとも跡部にとっては何の苦にもならない簡単な問題を一生懸命に手を動かしながら、ノートに書き留めている。カリカリと動くシャーペンの動き1つも何故だか目にとまって。時々眠たそうにふあ、とあくびをするのが少し可愛らしかった。

 という女はいたって普通だ。顔が可愛いわけじゃない、勉強がよくできるわけじゃない、特にモテるわけじゃない、いたって一般的な生徒だ。どこが違うかと言われれば…正直言って、あげようが無い。とくに会話を交わした記憶もないし、向こうも自分に対してそれほど意識があるわけではないだろう。けれど、一度、教室の一番後ろの席になってしまったときにふと目に止まった何気ない姿。ちょっと眠たそうにうつらうつらしていて、長い髪の毛がそれに揺られて一緒にふわふわと動いていた。視界にとまった瞬間、その光景がなぜだか脳内に印象強く残った。それから、ふと思い出すたびにちらりと視線を向けるようになっていた。彼女を大勢のクラスメイトの中から見つけ出したときは別段、特別な感情なんて沸いてこなかったが、今となってはどれだけ意識が彼女に集中しているか。それは自分でも分りきっていることだった。

 問題を解くことに嫌気がさしてしまったのかポーンと投げ出されたシャーペン。もしくは既に解きおわってしまったのかもしれないが、それは彼女の数学の成績からしてありえないことだろう。なんせ、平均点の半分以下ギリギリ…つまり赤点すれすれだったらしい。丁度、窓側だったので彼女の興味は黒板からグランドへ離れた。跡部も続いてそちらへ視線を移す。校庭では男子がハードルをしていた。おかっぱ頭が派手に飛び越しているのが見える。相変わらずガキだな…なんて思っていると、くすりと歪んだ彼女の唇。

(……見てはいけないものを見てしまった、な。)

 慣れしたしんだ変わり映えのしないチャイムの音が授業を遮る。説明を続けようとする教師の声を強制的に停止させようとして動き出した教室の音。響くような椅子のなる音にあわせて、彼女もあわただしく立ち上がった。昼飯時だからだろうか、空気もピンと張り詰めたものからどよっとした楽観的な空気に変わる。はっと我に返った跡部はらしくない、と小さく舌打ちした。核心に迫ったわけでものに、心の中にもやもやとした気持ちが広がる。あれくらいのことで動揺してどうする、と言い聞かせても苦虫を噛み潰したような言いようのない不安定な感情が自分を襲った。まさか自分の想い人に更に想い人がいるだなんて考えてみなもなかった。これまでどうしてもっと早く動かなかったのか、と情けなく思う。けど、そんなことを思ったってなにも変わりやしないのだ。気だるそうに跡部は立ち上がった。



 これをナイスタイミングといわないならば、なんといえばよいのだろうか。ガラリ、と開けた扉の先にはいつもの、あの席に腰掛けている彼女。胸糞悪くイライラしていた気持ちもぶっ飛び、途端に言いようのない感覚に襲われる。ぼーっと、授業中と同じようにグランドを見下ろしている彼女の顔が不意にこちらを向いたので、ぎくりと跡部は顔を引きつらせた。表向きにはわからないほどの些細な変化であったので、彼女のほうは気づくはずもなかっただろうが。

「あ、れ。跡部くん、…今日は生徒会?」
「違う。ちょっとした用事だ。」
「そうなんだ。姿見えないから、てっきり生徒会かと。」
「…見てたのか。」

 問いかけるように語尾を上げるようなことはしなかった。それは、先ほどの光景からすると余りにも予測可能な事柄だから。あえて何をと言わなかったのも跡部が何を言わんとしているか彼女には理解できるだろうと踏んだからだ。すると、ゆっくりと彼女は顔を上げた。動揺したように揺れる瞳が見える。図星ってトコ、か…。徐々に朱色地味てくる顔色にそこまでわかりやすい反応を返すのか、と切なさが跡部に降りかかった。

「い、いやそういうわけではなくて!偶々友達を待ってて、1人でぼーっとしてたら目に入っただけ、だから…。」
「そうかよ。」
「うん。…あの、跡部くん、なんだか機嫌悪、い?」
「そう見えるんなら、そうなんじゃねーの。」

 原因は目の前にいるけれど、彼女自身には何の罪もない。フン、と鼻を鳴らしたような苦悩地味た笑みを浮かべる。居心地の悪そうに首を傾げる彼女だけれど、そんなことをしても一向に状況は変わるはずもなく黙り込んでしまった跡部に向って心配そうな表情を訴えかけた。どうやら彼女は機嫌が悪いというよりも、落ち込んでいると取ったらしい。外れてはいないが。

「こういうとき、なんていったらいいか分らないんだけど…、うん。」

 ポンと小さな手が跡部の頭の上に乗る。本当に滑稽な話だ。まさかよりにもよって根源となっている彼女にこのような励ましの言葉を頂くだなんて。駆け巡る昼間の記憶。思い出すだけで、腹が立つ。

、こっち向け。」

 フルネームで呼ばれたせいか、緊張した面で顔を上げた。1歩、2歩と歩み寄り今まで近づいたことのないくらいその距離を縮める。くい、とすべすべとした肌に手を伸ばして固定した。決して逸らさせないように。困惑したような表情で見つめる瞳は今は跡部しか映っていない。他の誰も、この綺麗な目には入り込んでいない。そのことが跡部の気持ちを向上させる。この自分が自ら告白して玉砕するなんてこれほど笑わせてくれるものはないだろう、とこのシチュエーションのあまりの滑稽さに乾いた笑を浮かべた。……そんなこと、あるわけ無いというのに。







君の世界の1パーセント

にでもなれたなら

(…あ、あのおかっぱの子、いつも跡部くんに怒られた子だ。眼鏡の子は跡部くんと同じくらい騒がれてた。もしあそこに跡部くんがいたら、きっと後ろで呆れたようにため息ついてたんだろう、なあ。)

*071229   ( title by.メソン