my dear 10 title

☆「俺の嫁描いてみた」を「俺の嫁書いてみた」にしてみました。名前を出さずに相手キャラを描写するというお遊びです。各タイトルにマウスをあてるとジャンル名がでてきます。番号の横を反転すると相手のキャラクター名がわかります。年齢操作、現パロ、シリアス有り。好きキャラがいるよ!という方は是非私とお友達に!

01 どうして僕は君でないとだめなのか  02 幸福のいくつか  03 ただし君に限る  04 その孤独をおひとつください 05 初恋はどうしてきれいなまま  06 わたしはあなたにはがたたない  07 いのちみじかし、あいされよおとめ  08 狼は眠らない夢を見る  09 夜明けの落下  10 けれど恋路はまだ遠く 

( title by.LUCY28 / image by.ルルルレコード )












01  
KAITO(ボーカロイド)

 一つのコンピュータソフトが我が家にやってきた。完全なる私の趣味で購入した音楽ソフトだが、どうやらとんでもない欠陥品だったらしい。ボーカロイドというそのソフトをパソコンにインストールしたと同時に、見慣れない小さな窓が開いた。インストール完了のお知らせとはどこか違う。黙ってそれを眺めていると、突然綺麗な水色をした背景から肌色の手がにゅっと這い出てきた。青く染められた爪が印象深く私の視界に映る。何かを掴むように空を切った手、腕、肩と確実にこちらへと向かってきていた。3Dにしては出来すぎている。私はあまりにも非現実的な現象だったので、声を出して驚くことを忘れていた。何かよくわからない人のような物体が出てくることを眺めていることしかできなかった。

「初めまして!マスター」

 その時目にした場違いなほど爽やかな笑顔を私はきっと一生忘れないだろう。

 彼は、幽霊でも妖怪でも宇宙人でもない、普通のプログラムらしい。何故パソコンから這い出てきたのか、それは自分でもよく解らないと語っている。しかし、プログラムに元々そのようなものは組み込まれていないのは確実だそうだ。私は欠陥品として送り返そうかと思案していたのだが、美青年にそれだけは止めてくれと悲痛な表情で懇願された。自分の身を危惧していたからだろうか、目に涙を浮かべて訴えてきたのだ。大の男に泣きつかれるのはさすがの私も気持ち悪い。若干引く。よく考えた上で、別に害を与えるようなものではないし、本来の彼の仕事である歌を歌うということは申し分なくこなせるので仕方がない、様子見で置いてやることにした。

「マスター、サビの音程どうです?」
「うん。大丈夫。けどAメロの一部がちょっと不安定かな」
「あ、ここですね。もう一度歌いましょうか」
「お願い」

 私の趣味である音楽の世界を実現するのに、彼は思っていたよりもよく働いてくれた。泣き虫な性格だということは出会い頭の騒動から読みとれたので当初はどうなるかと思ったが、自分が求められていることに対してはあの泣き顔は嘘だったのではないかというくらい真摯に打ち込む。積極的に自分から私の意向をくみ取ろうと問いかけてくるし、答えようと努力してくれている。

 もちろん、私生活では子供っぽい一面も多い。キャラクターの個性というか一種のアイデンティティーの表れというか年がら年中首にマフラーを巻き付けている上に、アイスがこれでもかというくらい大好きだ。繰り返そう、大っ好きだ。本来なら人間のように食べ物を口にしなくても生きていけるようだが、アイスだけは別物。お高いメーカーのものから、100円以内で買えるどんなアイスでも欲しい食べたいと反応を示す。

 そんな無類のアイス好きである彼は、内向き思考が基本である私にも「マスターマスター!」と懐いてくれていた。購入者、つまりは持ち主ということで懐くべき存在であるとインプットされている性だろうが、人型であり感情や情緒を持っている彼に懐かれるのは嫌な気はしなかった。それどころか、一緒に暮らしている内にだんだんと彼との生活を好ましく思っていたのだ。一人暮らしが長かったために、他人と同居することに一種の嫌悪感があったが、それを見事に壊してくれた。

 一度、彼に問いかけたことがある。ボーカロイドは何も彼一種だけではない。他にも様々な種類が存在する。私がもしも他のボーカロイドに目移りしてしまったとしたらあなたはどうするかとなんとも意地悪な質問を投げかけたのだ。きっと今までのように構うことは少なくなるし、いつかインストールしたことも忘れてしまうかもしれない。そうしたら、いくらマスターには従順に従うようプログラムされている彼でさえ、嫌になってしまうのではないか、と。随分と捻くれた問であった。彼は内心は呆れていたのかもしれないが、きょとんとした後に苦い笑いを浮かべてこう答えた。

「基本的にマスターを嫌うようなプログラムは施されてませんから。相性というのが存在するのは確かですが」
「じゃあ、貴方は黙ってそれに耐えるの?いつかは思い出してくれるはずだろうと」
「いえ。そうなったら、素直に引き下がるのが正しいボーカロイドが取るべき態度です。けど、俺はきっと泣きついてでもマスターに縋ると思いますよ」

 泣き落としは自分の得意分野ですから、と羞恥を隠さずに言った。私は彼のそういう真似できない素直さが好きだった。私が持ち合わせていない部分だからだ。音楽づくりのパートナーであるという面も大きいのだが、なにより、私は彼に惹かれている。私はこれから先も彼を手放したりはしないだろう。新たなソフトをインストールすることはあったとしても、彼を使うことを止めることは絶対にない。

「これからも、よろしく」

 こちらこそ、と彼が差し出した手を握りしめた。人肌の暖かさを感じる。誰よりも彼の存在を重要視しているのは自分であろうという実感をしながら、彼の透き通った綺麗な目を見つめ返した。



どうして僕は

君でないとだめなのか













02  
跡部景吾(テニスの王子様) 方程式番外
 彼は申し分のない人だ。見た目もよくて、成績も良くて、人望もあって、才能もある。しかし一方で、こんな何一つ取り柄もない私のことが好きらしいから少なくとも女性の趣味に関しては変わっているとしか言うことができない。それでも、私は彼が自分のことを好きになってくれたことを今ではうれしいと受け止められるようになった。彼の私に対する感情は私の意識を変えさせてくれたからだ。見た目だけでも変わりたいと思い始め、行動に移すようになった。私にとっては大きな変化だった。なにより、彼に好きと言われるのはとてもとても私を幸せな気持ちにさせてくれた。表だって口にはできないけれど、そう感じているのは事実だ。

 この世の中には、そういう気持ちを伝えるためのイベントがある。2月14日、バレンタインデーだ。期末テスト前の忙しい時期に挟む込んでくるイベントだが、多くの女の子たちにとっては一年に一度の大切な日であった。この行事に乗せられて告白をしようと試みる人はけして少なくはないはず。私も、その気持ちを彼に伝えられたらいいな、とバレンタインにチョコレートを渡すという人生初の体験をしようと試みていた。

 震える手で差し出した小さめの四角い箱を視界に入れた瞬間に彼の表情は止まった。じっと、鋭い目つきで瞬きもせずにそれを見つめた後、無言のまま受け取ってくれた。ほっと胸を撫で下ろす。断れることがないとわかっているつもりではあったが実際に行動に移すにあたって万が一の最悪の結果が簡単に予想できたために不安で仕方がなかったのだ。私は安心して深く息を吐いた。彼はまだ無言だった。手元から視線が逸れることがない。さすがに私も彼の様子がおかしいことに気がついた。

「どうしたの」
「……いや、もらえると思ってなかったから」
「なんで?」
「お前、こういうの嫌いだろうなと決めつけてた。ありがとう」
「う、うん」

 彼がこんな表情をするなんて。中身を思い出して、今からでもやっぱり返してと言いたくなった。たった今手渡したチョコレートは、恐れながらも自身の手作りだったのだ。お小遣いなんてけちらずにちゃんとしたものを買えば良かった。私の数十倍舌の肥えていそうな人に、総額500円以内に収まる材料でつくったチョコレートを渡していいはずがなかったのだ。口にして不味いなんて思われたら最悪だ。喜んでくれているみたいだから、より一層最悪だ。後悔がじわじわと私の脳内を襲う。

 そこで何かに気がついたように、彼の表情が一変した。厳しい視線が私に突き刺さる。不器用なラッピングに気が付いてしまったのかとそのとき私は冷や汗を掻いた。

「あいつにはあげたのか」

 あいつとぼやかされた表現だが私が彼以外にチョコレートを渡すような人物なんて限られている。赤いおかっぱ頭が目立つ、人なつっこい私の数少ない友達の一人。元々席が隣になってしまったが故に仲良くさせてもらっていたのだが、席替えをして隣でなくなった今でもよくしてくれている、優しい人だ。そんな人に義理チョコを渡したいと考えるのは当然のことだ。彼にはとびきりかわいい彼女がいるから例え義理でも渡さない方がいいのかもしれないと思ったが、義理と本命の区別ぐらいわかるからと言って淡々と受け取ってくれた。彼もこの学校では有名な類に入る。社交性もあるので、特に女の子からしたら声をかけやすい存在だろう。慣れたものだった。

「あげたよ。もちろん」
「もちろん、じゃねえだろ」
「お世話になった友達だから」
「……俺のもあいつと同等の意味で、渡したんじゃねぇだろうな」
「それは、義理ってこと?」
「ああ」

 まさか。私は驚きが隠せなかった。

「違うよ。それこそ、当たり前」
「なら、何か言葉が足りないと思わないか。言ってないこと、あるだろ?」

 言っていないこと、と口先で繰り返す。小さな声を彼は聞き逃さなかったらしく、大きく頷いた。今までの流れに、何かおかしな部分があっただろうか。口にしていない言葉など―ハロウィンじゃあるまいし―なかったはずだ。それとも私が知らないだけなのか。初めてバレンタインの行事に手を出した私には知りえなかった何かがあるのだろうか。ぐるぐると考えても迷宮にはいるばかりだった。頭一つ分上の高さからじりじりとした痛い視線が突き刺さってくるのが尚悪い。私の頭の回転を遅くする。

 けれどようやくそこで彼が私に何を要求しているのか気が付いた。バレンタインの本来の主旨は、女の子が好きな男の子にチョコレートを渡して、告白をするということ。つまり、私が言葉にしたくなかったがためにチョコレートを渡すという行為を選んだにも関わらず彼はその言葉をここで告げろといっているのだ。彼は私が真意に気が付いたということを鋭く読みとったのか、一歩分距離を縮めた。と急かすように名前を囁く。そんなの反則だ。体中の血が一瞬のうちに逆流してしまったかのように顔が熱くなった。

「大好き」

 結局、私は気がついたらそう口にしていた。満足そうに彼は口の端をあげる。今更言葉にして言わなくても彼には伝わっていると思っていたけれど、どうやら思い違いだったようだ。誘導されたことにはあまり気分が良くなかったが、それも彼が嬉しそうに笑っているのを見たらどうでもよくなってしまった。


幸福のいくつか













03  
サディク・アナドン(APH)
 仮面を四六時中つけている彼の本当の顔を見たことは今まで数え切るほどしかない。最初はどれだけブサイクな顔をしているのか、と思っていたが、いざ外した現場を押さえればなんてことはない、ただのイケメンだった。「どうして仮面を外さないの」、と問いかければ、彼は誤魔化すように「顔に出やすいんでい」と苦笑いしながらすぐに仮面を取り付けた。それが彼の素顔を見た二回目の時に交わした会話だ。

 自分より幾分も高い位置にある顔を見上げる。顔半分が隠されているので、どんな表情をしているのかはっきりとは読み取れないけれど、その分、口元だけで彼の喜怒哀楽を察することが得意となった。ぎゅ、と抱きついても困ったように微笑むだけで、真っ向から拒絶はされない。けれど、受け入れようともしてくれない。両腕に力を込めて抱きしめようとするとやんわりと締め付けを解かれるのだ。優しいのか酷いのかどちらかにしてほしい。けれど、今ここではっきりと答えを催促しようならきっと彼は否定の言葉を口にするだろうから、私も生ぬるいこの位置から動こうとは思えなかった。

「なんか用かい、お嬢ちゃん」

 低くて少し掠れた声が鼓膜をくすぐる。彼の暖かみのある低い声が私はすごく好きだ。くるっと後ろからへばりついていた私の腕をとり正面へ向かせて、視線を合わせるように腰をかがめた。子供扱いされているようで癪に障る態度だけれど、背が高いことで余計に威圧感を与えてしまわないようにという彼の配慮だということはとっくに気付いている。今は私に向けられているから優しくて甘い声色なのだけれど、彼のこの声が、全く違う様に変化するということがあるということも知っていた。昔のことだけれど、今も必要があればそうするのかもしれない。そのせいか彼は女子供に接するとき、必要以上に優しい声を出す。

「なんにもないよ。ただ、貴方の後姿が見えたから」
「だから、抱きついたってのかい」
「迷惑だった?」
「いいや。けど、いきなり抱きつくのはやめてくれ。吃驚するだろ」
「はあい」

 大きな手でぐりぐりと頭を撫でられるのは嫌いというわけではない。彼の暖かさをてっぺんから感じることができるのは酷くうれしいものだ。抱きつく、という行為もそうだけれど好きな人と触れ合うことが私はとても好きなようだ。恥ずかしさが勝らないのは恐らく彼が私のことを子供のようにしか思っていないとわかっているから。ぺたぺたひっつくのは気持ちがいいが、それが余計に彼の中で私の好きがどんな意味を含んでいるのか困惑させているとも感じている。ゆるゆると両腕を開放し、代わりに右手をん、差し出した。

「手、繋ご」
「……こんなおっさんのどこがいいんだか」

 彼はため息交じりに左手を差し出した。節くれだって堅い豆ができている手が私のほそっこいそれを包む。かさかさとしていて決してさわり心地がいいとは言えないが、触れた瞬間になんともいえない暖かさが胸を占めた。こんなことでいちいち喜ぶ私を見て、「おっさん好きとはちゃんも物好きだねぇ」と彼はぽつりと独り言のように呟いた。聞き捨てならない台詞に、む、と眉間にしわを寄せて彼を見上げる。

「私はおっさんは好きじゃないよ」
「へえ」
「貴方だから好きなの。それくらいわかってるでしょ」

 きっぱりとした口調で告げる。内心は心臓が破裂しそうなくらい決死の想いで告げたというのに彼は平然と口の端っこをあげて微笑んだだけだった。少しくらい動揺してくれたっていいのに、と悔しくなり嫌みたらしくぽつりと付け足した。

「年齢的にいえばおっさんどころかおじいさんだし」
「そりゃそうだ」

 くつくつという音に伴って、喉仏が動いた。縮まることのない年齢差をどうしてくれようか。いくら努力しても埋まるはずのない距離ではあったが、私が今まで出会ったなかで彼ほど執着して欲しいと思った人はいないのだから振り向いてくれるまで待つしかない。笑いを抑えようとしている様をむっつりと見上げながら、きゅと握りしめた手に力を込めた。


ただし君に限る













04  
はたけカカシ(NARUTO)
 暗い夜に優しく吹いている風によって銀色の髪の毛がゆらゆらと揺れる。その人は、静かに月を眺めていた。後姿があまりに切なくて、私は思わず小さな声で彼を呼んだ。私がこの場にいたことなど、とっくに気がついているだろうから場を壊したなんてことは考えない。その証拠にくるり、と振り返った彼はやんわりとした微笑を浮かべていた。それはどこか苦笑のようにも見える。私はよっこいしょ、と隣の枝に腰をかけた。

「先輩、お月見ですか」

 見事な満月ですねえ、と彼とほぼ同等の位置からまんまるに光っているそれを見上げた。彼はそうだね、と口だけそう返してまたひょいと顔を上へ向ける。あまりの味気ない返事に、やはり彼はただ月を見上げていたわけではないのだということを悟った。月の美しさをただ眺めるのではなく、考えごとをしていたのだ。過去のことを思い返しているのか、現在のことか、それとも未来のことか。こんな世の中であるから、懸念するべきことは多々存在する。私も他人よりは多少楽観的だと言われるがそれでも行く末の見えないこの里については不安を抱いていた。一般人ではなく、忍だからこそよりことの重大さを肌で感じていた。

 その場の空気が固まってしまったかのような静寂に包まれる。しばらく月を眺め続けていたが、ほどほどのところでゆっくりと腰を上げた。今日は引き揚げた方が良さそうだ。

「風邪引かないようにしてくださいね」
「あれ、行くの」
「お一人の方がよろしいでしょうから」
「そんなことないよ」

 元部下だった私に気を使ってだろうか、彼はひらひらと軽く右手を横に振った。口先だけの言葉なのか、それとも本意なのか、一瞬立ち止まって考えてしまった。顔のほとんどを布で隠してしまっているが故に、常に顔を合わせていた時期でさえ彼が考えていることや本音はよくわからなかった。悟らせないように積極的に本人が隠していたせいもあるだろうが。ただ、彼の背中を後から眺めるのがいやだったからこうして声をかけたという私の感情はまぎれもない事実。引き留められてしまえば、安易にもう少しここに居たいという気持ちがわいて出てくる。

「邪魔じゃありません?」
「ないよ」
「では、あともう少しだけここに居ます」
「うん。ありがと」

 ぽんぽん、と隣に座るように促す彼の指示に従ってもう一度そこに腰を下ろした。

「先輩、はやくいい人見つけて結婚してくださいね。そうしたら、傍にいてほしいときにきちんと先輩の隣にいてくれますから」

 彼がこうして一人で月を見上げているときは、大抵傍に誰かが居てほしいときなのだよと彼と同期であり、私のもう一人の先輩である人が生前に教えてくれた。そして、付け加えるように、彼は弱い所を好んで見せようとしない人だから周りが注意深く見ていないとそれに気がつけないとも言っていたような気がする。今までずっと忘れていたけれどふとそれを思い出した。

「にそれを言われるとはねえ」

 後輩で、しかも未婚の女にそんなことを言われるとは思ってみなかったのだろう。唯一見える右目を大きく見開いていた。驚愕が伺える。彼はくす、と軽い笑いをこぼしながら口元に手を当てた。私自身もまさか七つも年の離れた男の先輩にそんな忠告をするはめになるとは思わなかった。言えるのは見るからに寂しそうな彼をこれ以上見ていたくはないと言うことだ。私程度の人間でよければいくらでも付き合う覚悟はある。けれど一生は無理だ。だから、できるだけ早く、そんな切なそうな背中を後輩である私に晒さないようになって欲しい。口にできない言葉を喉に押し込んできらきらと光る満月に視線をやった。


その孤独を

おひとつください













05  
黄天化(封神演義)
 
 思い出話をしよう。年齢を数えるのに片手で足りていたほど幼い頃の話だ。その頃私は周という国に住んでいた。殷周易政革命が起こった時とほとんど同年に生まれた私は、周が力を付け始めた頃の激動の時期をぼんやりと過ごしていた。私の親は恐れ多くも先祖代々周家に使えてきた一家であり、幼い頃に王朝へ出入りした経験がある。さすがに王室辺りをうろちょろはできないけれど、料理人であった父の職場の前―つまりは、調理室付近―に幾度か足を運んだことはあった。ある時、私は城の中で一人の戦士と出会う。その人は私の初恋の人となった。

 その時私は父に会えると思って出かけた調理場の道のりの途中で迷子になっていた。どうして父の仕事場へ母も連れずに一人で出かけようとしたのか、その理由はよく覚えていない。おそらく、暇つぶしに父の職場へ出かけてみようと気軽な気持ちで行動に移したのだろう。子供は自分が仕出かす事の大きさを知らない。

 案の定迷子になってしまった私は、途方にくれて泣いていた。子供特有の甲高い泣き声はしんとした辺りに響くばかりで誰も気がついてはくれなかった。すんすん、と泣きつかれて涙も枯れてきた頃に、ごそりと栽培されていた桃の木が揺れた。上からすたっと何かが落ちてくる。桃ではなく人だった。

 鼻にまるで一と書かれているかのような傷をおっている、若い男性だ。強面ではなく、どちらかというと親しみやすい顔つきをしている。私はどちらかというと人見知りな方で、ひくり鳴らしていた鼻の音を止めて警戒するようにじっと彼を見つめた。黒くてくりっとした瞳と視線が合う。ずんずんと無言で近づいてくる彼に後ずさりをしながら距離を取った。怯えているのが解ったのか、彼はそこで立ち止まり困ったように微笑んだ。

「俺っちは怪しいもんじゃないさ。ここに客人として招かれてるもんだから危害は加えないぜ」
「客人?姫昌さまの?」
「そーさ。お嬢ちゃんは、見たところ迷子ってところか」

 人なつっこい笑顔に気を許した私はこくこくと頷いた。腰を屈めて目線を私と同じ程度に揃えてくれたことや、言葉遣いが一つ一つゆっくりで優しげだったということも簡単に気を許した大きな要因だった。彼は幼子の相手に長けていた。年の離れた兄弟でもいたのかもしれない。とにかく、私はここにきた経由を支離滅裂ではあったが一つずつ説明していった。全て話終えると、ははっと彼は吹きだした。

「一人で出かけるとは案外お転婆なんだな、ちゃんは」
「探検するのが好きなの」
「好奇心旺盛なのはいいこった。けど、ひとつ忘れてることがあるさ」
「忘れていること?」
「お母さんにきちんとこの事を伝えてきたさ?」
「あ……言ってない」
「お母さんが知ってたら絶対にちゃんを止めるはずさ。なんせ周の城は大人でも迷子になるほど広い。小さな子供が簡単に近づいてはいけないところさ」

 彼に怒られていることはきちんと理解していた。怒鳴られたり、厳しい視線を向けられたりしたわけではないけれど、彼の言葉は重みがあった。ここが来てはいけないところなのだということがはっきりとわかる。反省の言葉を口にするとしゅんと頭を垂れた私の髪をぐりぐりと撫で回して、逞しい筋肉のついた肩に乗せてくれた。普段と全く違う視界の高さに興奮している私に向かって、送ってやるさ、と彼は言った。私はてっきり父の職場まで送ってくれるのかと思ったが、彼は反対方向の私の家まで送ってくれた。仕事中の父の手を煩わせることを懸念したのかもしれない。それだけならただのいいお兄ちゃんだが、私が初恋として意識したのは最後にぽつりと彼が口にした言葉が理由だった。今でもずっと印象に残っている。

「お母さんに心配かけちゃいけねぇさ」

 彼は懐かしそうに眼を細めて笑いかけた。その時の私はどうして彼がそのような表情を浮かべているのか全くわからなかった。口元はきゅっと上がっているのに、何故か瞳は悲しそうに見えたからだ。思い出すたびにきゅっと胸が締め付けられそうになる。どうしてそのような表情をしたの、ともし彼に会えたら問いかけたかった。美しく、悲しいなんともいえない表情が網膜に焼き付いている。

 結局、その一度しか会うことが出来なかったので理由を知るすべはなかった。しかし、私の中ではとても大切な思い出である。忘れることが出来ない初恋。時々思い出してはひっそりとその時の感情を忍ばせている。



初恋はどうして

きれいなまま













06  
ロイ・マスタング(鋼の錬金術師)

 近頃、セントラルの花屋には噂になるほどの美男子が訪れる。すっと通った鼻筋に、涼しげな目元は通りがかる人の目を引く。聞いたところによると、性格もフェミニストらしく女性を楽しませることに長けているらしいから相当人気があることだろう。その彼が訪れる花屋でアルバイトをしている私も幾度か接客を行ったことがあるが、目の保養になること間違いなかった。しかし、何度もここに足を運ばせるということは花を頻繁にあげるほど愛しい人が存在するということ。いい男は一歩引いて遠くから眺める方が最も楽しめると言っていたのは誰だっただろう。案外うちの店の店長かもしれない。彼女も私と同じく面食いなので、ぽつりとお客さんにそのようなことを零していたのを耳にしたような気がする。そういうわけで、私は彼のことを仕事の合間のささやかな楽しみという見方で捉えていた。

 ところがそのオアシス的存在の彼はあるときからぱったりと姿を現さなくなった。恋人と別れてしまったのだろうか、と複雑な思いに駆られる。世の中の彼を狙う女性からしてみれば大変うれしい事実ではあろうが、花屋が彼との唯一の接点である私にとっては切欠がなくなってしまったのでむしろ残念極まりなかった。よっしゃあと軽く拳を握って喜ぶことなどできるわけがない。

 彼の訪れが遠のいてから、この国も段々を不穏な動きを見せるようになった。軍の目的なんて一般人にはよくわからない。けれど、街に軍人が行き来していることが多くなったという事実からは何かしらこの国で良くないことが起ころうとしているのが読み取れた。不安に感じているのはそれだけではない。とあるお客様から最近見かけない彼が軍人であるということを教えてもらったからだ。もしかしたら、この花屋に来なくなったのは恋人と別れたからではなく、軍に収集されて戦禍が続いている土地に赴いているからではないのだろうか。恐ろしい憶測だが、それがただの私の想像であるとは言い難かった。ここのところの軍の動きや、他の地方で戦が増しているということからその可能性がないとは言い切れないのだ。

 数ヵ月後。私の心配は無駄に終わることになる。再び黒髪の彼がうちの花屋に訪れたのだ。

「どうも、こんにちは」
「お久しぶりです」
「おや、私のことを覚えていてくれたのかな」

 頬がやつれたような印象を受けたが、口を開けば以前のような柔らかい物腰で応対してくれた。ほうと心の底から安堵する。目立った怪我もなさそうだ。いつの間にか彼の存在は仕事の合間のオアシスから大切な人へと変化していた。叶わない恋ではあるけれど、偶にはそういう想うしかない恋もいいだろう。彼の注文に従いながら、普段通り花束を作る。ピンク色のリボンで仕上げたそれは、いつもより幼い印象を与えた。以前彼が通っていた時はどちらかといえば彼に釣り合うような大人の女性を連想するような選択が多かったからだ。相手が代わったのかな、それとも恋人ではない人にあげるのかな、などと余計なことを考える。邪念を膨らますだけの行為を無意識のうちに行っている自分が少し情けなかった。きゅ、と見栄えを整えて彼にそれを手渡した。

 しかし、すぐさまその花束は代金と共に私の手元に戻ってきた。気に入らなかったのだろうか。首を傾げて彼を見上げれば、綺麗な笑顔が私の目に映った。

「これは、さんに」

 思いがけない言葉に躊躇していると、私の手を取りきちんと花束を握り締めるように促された。

「赤いチューリップの花言葉はなんだか知ってる?」

 楽しそうに彼は私にそう問いかけた。長いこと花屋でアルバイトをしているので、ある程度花言葉には精通している。彼もそれをわかってのことだろう。なにより、チューリップなんて定番の花言葉は初心者でも知っておくべき事柄だ。

「愛の告白、ですよね」
「その通り」

 本当にキザな行動が似合う人だ。その辺りに転がっていそうな男の人がやっても到底様にはなりやしないのに、彼が行うとむしろ自然に見えてしまう。にこにこと見つめられながら、私は花束を自分の胸に引き寄せた。それが精いっぱいの返事だった。目を細めれば、暖かい涙がそこから耐えきれないといったように溢れだした。



わたしはあなたに

はがたたない













07  
長曽我部元親(戦国BASARA)

 は小さい頃から病弱であった。床に伏せている時間が多く、外にでる機会が極端に少ないせいで肌がとても白かった。青白い血管が見えるほどだ。自分も幼い頃は男であるというのに姫のようにしおらしく育てられていたので、彼女の遊び相手として付き合うことが多かった。それを苦とは思わなかった。境遇が似ていたので気が合ったのだ。彼女は症状が酷かったので、自分が通う一方であったがそれでも関係は続いた。彼女は自分が足を運ぶと喜んでくれたし、自分も彼女の力になりたいと考えていたからだった。

 月日は流れ、姫君のような麗しい着物に袖を通していた自分は大きな船を動かせるほどの男に成長していた。育て方はどうあれ、やはり男だったのだ。体が大きくなるのと同時に体力がつき、見事なまでの筋肉もできあがった。もう誰も自分のことを女のようだと馬鹿にしたりはしない。なにより、部下たちからは慕われているという実感がある。それだけの誠意を込めて、自分が彼らに接しているからである。
 
 急成長を遂げた自分とは正反対に、彼女は幼い頃から変わりはしなかった。体は大きくなったが、女性特有の丸みもなく痩せ細っている。顔色は常に青く、ここのところは外に出ることもなくなった。けれど、彼女は生きているのだ。宣告された時は10年だった。それがもう20歳に成ろうとしている。彼女は必死にこ自分の生にしがみついていた。

 彼女を見舞うときに、必ず持っていくものがある。一輪の花だ。外の世界をあまり知らない彼女は、さまざまな種類の花を一つずつ持っていくと、とても喜ぶのだった。からり、と自分が戸を開けると具合がどんなに悪そうでも、ぱっと口元を緩める。微笑んでいるような表情を作るのだ。自分もそんな彼女の顔をみて、名前を呼ぶ。「調子はどうだ」、と決まり文句を聞いて、「ぼちぼちです」と彼女もまた変わらない答えを返す。そして、手元に握らせるように一輪の花をそっと置くのだった。

「これは、なんという花なのですか」
「摘んできたのは初めてだったっけか。撫子という花だそうだ」
「とてもいい香りがしますね」
「が一番好きな花を持ってきてあげられりゃあいいんだが、時期じゃないんだ。それで勘弁してくれ」
「そんな。とても綺麗ですよ」

 ふっと彼女は薄桃色のそれに鼻を近づけて香りを嗅いだ。秋の訪れを意味するその花は彼女が最も好きな霞草となんとなく似ている。だから、選んで帰った。幸せそうに細められた目を見て、ほっとした。どんな花を持ち帰っても彼女は絶対に喜んでくれるとわかりきっていても毎回ひやひやするものである。彼女が笑顔を浮かべたくとも、浮かべられない状況のことを想像してしまうからかもしれない。彼女の寿命はもうきっとあまり残されていない。宣告された余命より10年も多く生きている分、いつ死んでもおかしくはないのだ。しかし、まだ彼女は生きている。それを実感させてくれるのが、この瞬間だった。緊張して当然である。いつか見れなくなってしまう笑顔だと知っているからこそ、できるだけ喜ばせたいと考えてしまう。

 どうにもならない切なさが表情に出ていたのだろうか、彼女はずっと撫子に夢中だった意識をふっと自分のところに戻した。

「霞草は、また来年見せてくださいませ」

 鈴のような可愛いらしい声でそう告げた。来年も、自分が野原からそれを摘み、見せられる日がきますようにという双方の願いが込められているのは明らかだった。彼女の欲のない願いに「ああ」と深く頷いた。淡い白の霞草は、彼女によく似合うであろう。その姿を想像しながら口元を緩めた。


いのちみじかし

あいされよおとめ













08  
竹谷八左ヱ門(落乱)

 しゃらりしゃらり、と床を擦る着物の音が響く。城勤めの女房たちは、どうしてこような下手をすれば鉄製の防具よりも全身を戒める布切れを羽織っているのだろう。変装して女房職に就くたびに疑問に思って仕方がなかった。動作が限られてしまう上にとんでもなく体力を使う。一介の忍であるが故に、体力や筋力には自信があるとはいえ、全身にのし掛かるような力の掛かり方はとても特徴的で慣れるのに苦労した。同時に、新人であるためにある程度の不慣れな一面を長いこと続けなければならないので、それにも労力を割かねばならない。劣った演義をするのは得意でないのだ。

 この城に身を偽って勤め始めてから半年が過ぎていた。今回の任務は随分と慎重に進められている。それだけ我が主にとって影響力のある人物であるということだ。失敗をすることがないように、私も普段の倍以上の集中力と慎重さをもって自分に与えられた役割をこなしていた。

 時は熟した。城は外部から突然の進入を許す。門番は不審者に気がつかなかった。仲間は警護の合間をうまく縫って進入を果たしたのである。私は、そのとき城の中の空気が変わったことに気がついていた。予定通りに始まった、と。血の香りが敏感に私の鼻を刺激した。

「おい」

 女房の部屋の天井裏から声が聞こえた。周りには私一人だけだ。これも意図して作り上げた状況である。聞き覚えのある声に、外に誰もいないことを確認してから小声で答えた。

「大丈夫」
「問題なく終わった。後はお前だけだ」
「了解」

 しばらくしてこの城は火の海になる。それまでに抜け出せということだ。戦禍のどさくさにまぎれて、跡形もなく消えたように。信頼のおける同僚である彼の言葉に頷いて私の動きを制限していた重りを脱いだ。中からは着込んでいた忍び装束が現れる。久し振りにこの格好をした、と身の軽さを喜んだ。異性の脱衣を平然とした表情で見ていた彼は、脱ぎ終わるや否や逃げるぞと急かした。私は彼を無言で一瞥した。出る前に一つ問いかけていたい事があった。二人きりだから聞けることだ。

「あの方はどのような言葉を残したの。殺ったのは貴方なんでしょ?隊長さん」
「……何も。言葉を紡がせない様に喉を切ったから」
「そう。優しいね。苦しみを与えず、殺してあげるなんて」
「誉めてんの、貶してんの」
「どっちも。変わらないなあ。結局貴方は生きて居るもの全てに優しい」

 口元に笑みを浮かべた。この城と私たちが勤める城は長い間戦を重ねてきた。自らの領地を荒らされ、多くの民を失い、そして私は多くの同胞を失った。それが全て彼一人に責任があるとは言わないけれど、私たち忍隊にとっても彼は敵であったのは間違いがない。苦しめて、貶めて、甚振って殺してやることもできたはずなのである。けれど、彼はそれをしなかった。痛みを与えないよう一瞬のうちにとどめを指したのだ。

 彼と同郷で育った私は、彼がこの世界におそらく一番向いていないであろう人種であったことを知っていた。だが、彼はその感情を隠すこともなく立派に忍として生計をたてている。さすがとしかいいようがなかった。忍なのに、優しさを兼ね備えている。私にはとうてい真似できない事柄だ。天井からのぞく銀に近い髪の毛を一瞥した。彼は早くしろ、と急かした。思いっきり床を蹴り、天井裏に飛び移った。隣に並んだときに彼はぽつりとこぼした。

「俺は優しいわけじゃねえよ」

 ただ怒りに任して人に手をかけたくないだけだ、と。暗い闇の中でその時はよくわからなかったが、月が彼の顔を照らしたときに、赤く充血した目と確かに視線が絡み合った。たった一瞬のことであったが、恐ろしい位の憎しみをその瞳から感じ取った。



狼は眠らない夢を見る













09  
スペルビ・スクアーロ(復活!)

 白いシーツの波にもぐりこむようにして、素肌を隠した。空調の効いていない部屋はとても寒く、ひとたびその冷気に触れれば身が縮みあがってしまうほどだ。茹だる様な暑さに比べればまだ引き締まる様な寒さの方がまだ耐えられるが眠気と重なってしまうとより暖かいものにひっつきたくなってしまう。寝ぼけ眼で暖の代わりとなるものを探すけれど、そこには何もなかった。彼の名前を呼ぶ。もちろん返事はなかった。

「……つまんない」

 もう、任務に行ってしまったのか。瞼を閉じる前は確かにそこに、うっとおしいほど長く髪の毛を伸ばした男が寝転んでいたはずだが。すすっとシーツを撫でるように指先を伸ばして確認するが、温もりの欠片も残ってはいなかった。一抹の寂しさが胸を襲う。彼と一夜を越した経験など手に数えるほどしかない。それは、マフィアという特殊な機関に自分も彼も所属しているが故に仕方のないことではあった。中でも彼は極めて重要なポジションに立っていた。私はいつか彼が死ぬとしたらそれは戦闘に敗れて命を落とすのではなく、仕事を詰め込んだ末の過労死であると信じている。それほど、彼はよく働いていた。本人に断言もしているのだが、彼の仕事量が減ることはなかった。私の一存で決められることではないので仕方がないけれど、好きな人の最後が過労死なんて考えたくない。さっさと引退してしまえばいいのに、なんて彼が聞いたら怒りだしてしまいそうなことを常々本気で思案している。

 もそり、と身体を起こした。詰まらないことを考えていたら、すっかり目が覚めてしまった。私の任務時間まであともう一眠りはできるのだけれど、うとうとと眠りに落ちるために必要な暖もここにはない。寝るのは諦めよう。のそのそとベットの下に散らばっている衣服を集めて、身につけた。

 普通の恋人同士の様な関係を望んでいるわけではないが、偶にそれを渇望してしまう。口に出してしまうことができないので、ただひたすら胸の内で現実に成りえないことを想像するだけだったが。自分には不相応なことを考えているだけで、とんでもない過ちを犯しているようにも感じていた。以前はそんな甘ったるい関係など望むことなど無かった。しかし、不思議と今の彼にはそれを求めてしまっていた。年を重ねたせいだろうか。世間の冷たさを嫌ほど知って、人の優しさに付け込んで甘える術を身につけてしまったのかもしれない。甘えることの心地よさを教えてくれたのは他でもない彼だけれど。

 一緒に夜明けを眺めてはくれないくせに、変なところで私を甘やかすのが上手な彼が憎らしかった。

「馬鹿鮫」

 口にした言葉は静寂に吸収されていく。寒さで白く曇った息の行く末を見届けてから、私は彼の部屋を出た。



夜明けの落下













10  
不破大地(笛!)

 は先日からストーカー被害に遭っていた。自意識過だよ、と軽く笑われてしまうかもしれないが決まって下校中に跡をつけられているような気配を感じるのだ。話しかけられたことはないが、今後どのように発展するかわからない。自然消滅してくれないだろうかと割と軽く考えていたが、中々止むことはなかった。

 今日も例にもれず背後から気配がする。ちょうど目の前の脇の路地に止まっている車のミラーがあったので後ろの人影を盗み見た。本当に変な人だったらどうしようと恐ろしかったのだが、数日も被害にあっていると慣れというものができ割合あっさりと覗くことができた。姿を確認して、驚いた。自分より五メートル程度の間隔をあけてつけてくる男がまだ若い学生であったからだ。なんとなくストーカーとは中年男性という先入観がある。ちらりと見えた顔の半分に更に目を瞬かせた。はその顔を知っていた。ストーカーの犯人は同じ学校に通っている男子だったのだ。名前は知らない。同い年であるかどうかもわからない。

 の学校でサッカー部は注目の的だ。弱小クラブだったのが、都大会出場とその活躍の場がどんどんと広がり一気に注目度が上がったからだ。彼はそのサッカー部の一員だった。あまりはそのことに関心を示さなかったのでせいぜい顔を知っている程度である。

「あの」

 タイミングを見計らってくるり、と振り返った。勢いのまま話しかける。同じ学校の生徒なら―それも、最近注目を浴びているサッカー部の生徒なら―下手なことはできないだろうと踏んだ上での行動だ。は彼がどのような反応を示すのか興味深げにじっと観察した。振り返ると共に彼の歩みはぴたりと止まり、よりも幾分も高いところにある二つの目がを見下ろした。しばし、視線が絡み合う。驚愕というような表情は見られなかった。それどころか微動だにしない。まるで人形のような印象を与える人だった。

「ねえ」

 もう一度、今度は強めに話しかける。すると彼はぴくりと瞬きした。まるで自分に話しかけたのかと言っているようだった。その仕草にまどろっこしさを感じ、単刀直入に話を切りだしてみた。

「ここ数日、私の跡をつけてきたのって貴方?」

 なんのことだ、と彼は首を傾げた。心底不思議そうな表情をする。ぱっと見その行動に偽りなどは感じなかった。というか彼の場合は感情の変化が酷く解りにくかった。

「尾行をしていたつもりはまるでない。ただ俺の行きたい方向にがいるだけだ」

 彼はきっぱりとそう言いきった。あまりにも堂々とした態度だったので、嘘をついているとは思えなかった。ただの自分の勘違いだったのだろうか。それならとても恥ずかしい。同じ学校の話したこともない生徒にストーカー容疑をかけてしまったのだ。先ほどの勢いはどこへやら、おろおろとしていると今度は彼の方が口を開いた。

「誰かにつけられていたのか?」
「うん、最近変な視線を感じて。というか、私の名前知ってるの?って」
「ああ」

 どうして知っているんだろう、とは疑問に思った。自分は特に学校内で目立った役割を果たしているわけでもない、どちらかといえば大人しい生徒なのである。彼と同じクラスになったことがあるならまだしも、の記憶ではそのような事実は残っていない。しかしこれ以上失礼なことを口走ってしまうのも申し訳ないので喉まで出かかった違和感を呑み込んだ。

「途中まで一緒に帰ってやろうか?」
「え」
「どっちの方向だ」

 突然の申し出には目をぱちぱちと開閉させた。目の前の道は二車線の道路を挟んで二手に分かれており、これから人ごみの少なく街灯もほとんどない路地に入るところなので願ってもないことだったが流石に彼に頼むわけにはいかない。してもらう義理もない。「いいよ大丈夫だよ」と首を横に振ったが、彼は思ったよりも強く反論してきた。

「大丈夫という根拠はどこにある。納得がいくように百字以内で論じろ」

 まるで国語の答案のような強烈な返しにしばしぽかんとしてしまい、答えることができなかった。脳内で返答を探している間に彼は一歩前にでて、「左か右かどっちだ」とやや乱暴に送っていくことを決定していた。

「こっち」

 諦めたような力のない声では左側を指さした。彼はそのまま家につくまでずっと数歩後ろを歩いてくれた。会話はほとんどしなかった。何を話していいかわからなかったということもある。なにより初対面の人と会話をすることはとても労力を割くことで、苦手だった。ただ送ってもらっているという恩があるためできるだけ退屈しないように珍しく自ら話しかけてみたものの、返ってくるのはほとんど一言で会話が全く発展しない。正直言ってあまり居心地はよくなかった。ストーカーにつけられているという不安に比べれば大したことはなかったけれども、こちらも拷問のようにきつい。

 ようやく玄関前まで辿り着く。神経が大分すり減った気がした。

「上がっていきますか。お茶くらいなら出せるけど」
「いや遠慮する。……被害が続くようなら警察に届けた方がいいと思うぞ」
「明日も違和感があったら届けてみる。送ってくれて、ありがとう」
「ああ」

 先ほどまであまりにも彼が無症状であったため伝わってこなかったのだが、なんだかんだ心配してくれていたようだ。最後に釘をさすように「それと暗くなる前に帰ることと、いざという時の対処法は……」等変質者と出会った場合の対処法も教えてくれた。歩いている間に教えてほしかったなと先ほどの無言の時間を思い返す。

「それじゃあ、またな。」

 彼はそのまま踵を返して、今歩いてきた方へ進んでいった。先ほどの分かれ道から自宅までは一本道。つまり、彼の家との家は全く逆だったのだ。言ってくれればよかったのに、と後悔が押し寄せるがそれも彼の優しさなのだろう。見かけによらず親切な人だ。彼の不器用な暖かさに触れて、心が少し煩くなった。



けれど恋路はまだ遠く